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移り香

 ベランダから見える樹々が色付いてきた。

朝夕の風は冷たく、冬の訪れを予感させた。

夏祭りのあの出来事は無かったかのように過ごしている。


 私はパーソナルスペースが近い人が苦手だ、それは男女問わずに。

人の纏う香りや匂いが苦手なのだ、他人の生活が感じさせるから。

多分浮気をした元夫が夜な夜な異なる香水を漂わせて、帰宅していたことが起因となっているのかもしれない。

 丁度妊娠初期で悪阻がひどく、良くも悪くの匂いの強いものが苦手な時期だった。

そんな時、自己主張をする香水とアルコールの匂いをさせて帰宅する夫を受け入れることができなくなった。

夏祭りのあの日、その頃の記憶が蘇った。ケイジ先生と元夫は違うことは分かっていたが、心が拒否していた。


 だから、最近『甘雨』に行ってもどこか緊張している。

それでもケイジ先生の心地よい声を聴くとホッとしている自分がいる。

そして珈琲の香りに包まれると癒される。だからやっぱり通ってしまう。



 最近、『甘雨』で加奈ちゃんに会うことがある。

加奈ちゃんがアルバイトをさせて欲しいと頼む姿を何度か見た。

その度に、ケイジ先生は断っていた。


 「加奈ちゃんに手伝ってもらうほど忙しくないんだよ。」

「でもマスターも最近調子悪そうだし、人手はあった方が良くない?

バイト代なんか要らないし。」

「えっ怖くない?見返りのない親切ってないでしょ。」堂々巡りのやり取りに少しイラついた声のケイジ先生。

「ケイジさんと一緒に働きたいだけだし。」

「いやそれマジで迷惑だし、ここの客層と自分が違うって気が付かない?

はい、この話はお終い。お金は良いから帰りな。

それとそのキッツイ香水の匂い珈琲の香りの邪魔だから、出禁な。」

「ええ~香水は止めるから、お願い!」

「この店にその香水の匂いで来ようと思う価値観を持っている所でOUT。

もっと経験値積んで視野を広く持てるようになってからお店にいらして下さい。」


 コントみたいなやり取りに思わす小さく微笑んだ。何故か加奈ちゃんに気付かれ睨まれてしまった。

 加奈ちゃんは私の前に座った。私は読みかけの小説を閉じた。

「こんにちは、佐田君の()()()()。」

あっなんか棘がある。

「こんにちは、加奈ちゃん。悠里は最近どうしてる?あまり連絡してこない子で。」

「佐田君の部屋には女の子が出入りしてますよ。新しい彼女かな?」

「そう、加奈ちゃんが良かったのに残念ね。」

「でも、私はもっと年上の人が良いです。包み込んでくれるような。」

そう言って目線でケイジ先生へ誘導する。


 牽制されているなぁ、困った。こちらに交戦の意思はない。

「良いわね、若い人達って。私はもうこれからの人生は一人で良いと思っているのよ。」

「えっ!そうなんですか?安心だけど、なんか勿体ないですよ。そんなにお綺麗なのに。」

この娘のこういう所が良いのだ、いくら悪態ついても芯が善人なのだ。どこかケイジ先生に似てる。

「勿体なくなんて無いわ、色恋はもう十分です。もっと別の人生の楽しみ方を探すの。」


「卯月さん、すみません。加奈ちゃん読書の邪魔しない。そういう所だよ、もう少し空気読んで。」

「大丈夫ですよ、加奈ちゃんは良い娘だからお話してても楽しいし。」

「ありがとうございます。取り合えず遅くならないうちに帰って、加奈ちゃん。また連絡するから。」

「絶対よ、ケイジさん約束。」


最後までお付き合いありがとうございます。

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