夏祭り(前)
一人になって、時間にゆとりができた。そうすると今まで考えなかったことを考え始める。
本当にこのまま一人で良いのか?仕事と私生活のバランスはどうなのか?
未来に不安しかない今、私はどうしたらいいのだろうか?
そして眠れない夜になる。
そんな日はベランダに出る。
夜風は少し涼しく、椅子に座ってミルク多めのホットカフェオレを飲む。
樹々が奏でる音を聴きながら自分を落ち着かせてから眠る。
そうやって孤独に泣く夜もあるが、『甘雨』に救われている日もする。
『甘雨』の常連さんはマスターと同世代が多い。
オープンからのお客様だから必然的に眼鏡教授は『ケイジ』と呼び捨てにされいる。
流石に『ケイジ』と呼び捨てにはできないが、少しずつ馴染んできて『ケイジ先生』と呼べるようになった。
ケイジ先生が声をかけてくれた。
「今週末は夏祭りなので、土曜日に店で常連さんを集めて夕涼みをしようと思っているんです。店の前の通りが歩行者天国になるのでテーブルを出し、簡単なツマミとビールを用意します。良かった遊びにきませんか?」
「ぜひ!」と即答した、お祭りなんて久ぶりだ。
会社帰り浴衣を買いに行った、最後に浴衣を着たのは結婚前だ。
久しぶり過ぎてお店でかなり迷った末、淡いベージュの生地に紫陽花が描かれた浴衣にした。帯は濃灰色で帯締めは差し彩で深紅にした。
何十年ぶりの浴衣だ、動画見ながらの着付けにしては十分な仕上がりとなった。
あとは着崩れしないかどうかだ。
手土産に西瓜を買った。少し重かったけど、叩くとポンポンと瑞々しい音がする。
夏の夕方はまだまだ明るい。
『甘雨』までの道のり甚平を着た子供達の走る姿に、息子幼い頃を思い出し胸が熱くなった。
あの頃は楽しかった。子育てって毎日がお祭りみたいにイベントが盛りだくさん。
退屈も孤独の感じる暇がないほどだった。
子供の成長と共にイベントは減っていった。息子はイベントを友達や彼女と過ごすようになっていった。
お店の前は常連客で賑わっていた。
ケイジ先生を見つけ「こんにちは。」挨拶した。
「いらっしゃい。」いい声。ああ今日はとても楽しそうな声。
「差し入れです。」
「ありがとうございます!冷やして後で切りますね。」
最近は声で今日の調子や機嫌が少しずつ分かるようになってきた。
ケイジ先生の声がとても心地よいので、特に敏感に感じ取ってしまうのかもしれない。
「ケイジさん、こんにちは!」女の子の声がした。
声の主を見ると加奈ちゃんだった。あれ?お互い顔を見合わす。
「悠里君のお母さん?」「加奈ちゃん?」
「あれ二人は知り合いですか?」
「息子の彼女です。」
「加奈ちゃんは従兄の娘で、うちの大学の学生です。
へ~加奈ちゃんの彼氏って佐田君なんだね。水臭いな言ってくれれば良いのに。」
「悠里君とは今はそんな感じじゃないの。」と言って綺麗に微笑んだ。
加奈ちゃんは凄く可愛かった、清楚な色合いの浴衣に長い髪を髪飾りで纏めていた。
キラキラして眩しかった。
「ケイジさんとおば様はどうして知り合いなの?」
「常連さん、いつもお店に来てくれてるんだよ。」
「ケイジさんに女性の常連さんって珍しいね。」
「そうかな、余り気にしてないんだけど。」
と言ったケイジ先生の顔を少し赤かったことに私は気が付かなかった。
最後までお付き合いありがとうございます。
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