避難場所
気が付くと季節は巡っていた。 私は孤独に支配されそうになると、『甘雨』へ避難した。
いつもは窓際の席だが、そんな日は敢えてカウンターに座る。
お客さんが少ない時は、マスターや眼鏡教授が話相手になってくれる。
常連客は皆『ケイジ』と呼ぶでいる。私の心の中では眼鏡教授なんだけどね。
なんかあの眼鏡が良いんだよね、眼鏡を上げる仕草も色っぽいし。
眼鏡と教授はセット、切り離せない感じ。
私は当初は個人情報を話題に盛り込むことのない、本当にたわいもない会話を好んだ。
私の根底にはずっとトラウマがある、だからこそそんな会話が癒してくれたのだ。
随分通って、やっと最近少しずつ私個人のことことも話せるようになった。
でも、それはまだまだ小さな日常の出来事だけだ。
マスターはそんな私の何かに気が付いているようだった。
ちょうどお客さんの切れ目で、店内はマスターと私の二人だった。
「お客さんにこんなことを言うのは初めてなんだけど、なんか卯月ちゃんはお客さんっていうより娘みたいなんだよね。だからジジイの遺言だと思って聞いてくれると嬉しいな。」
いつになく真面目な顔でマスターが言った。
「君はきっと過去に辛い経験をしたんだと思うんだよ。
でもね人生はまだまだ長い、きっと君の傷が癒え幸せを掴める時が必ず来る。
その時は最初の一歩を踏み出す勇気を持ってね。」
この時はそんな日は永遠にこないと思っていた。
自分の年齢、しまい込んだ心、他者に何かを求めるには条件が悪すぎる。
カランコロン「ただいま帰りました」買い出しに出ていた眼鏡教授が戻ってきた。
あれ?何故だろう声が怖い。いつもの奏でるような声ではなく、鋭さを含んでいる。
でも見せる笑顔はいつもと変わらない。気のせい?
「お帰り」「お帰りなさい」
「卯月さん、いらっしゃい!」
「お邪魔してます。美味しい珈琲を飲みにきました。マスターの珈琲は私の心の万能薬なので。」
「いいね、その表現。俺の珈琲でそんなに喜んでもらえるとはマスター冥利につきるね。」
「卯月さん、あまり褒めないで下さい。この爺さんすぐに調子に乗るんで。」
店内に流れる穏やかな時間。
今日も私は孤独に支配されることなく一日を終えることができる。
最後までお付き合いありがとうございます。
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