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Alternate Arrivals -異能バトル-  作者: かたくりこ
第三幕
5/5

愉悦の王 【後編】

前回投稿からかなり期間が開いたので・・

epi.4までの登場人物をさらっと紹介します。


※前話までのネタバレになるのでご注意ください。



epi.1に登場:『裸体の男性』(らたいのだんせい)

・特徴/足が臭い ・能力/足クサ ・目玉の悪魔に食される/死亡。


epi.1に登場:『謎の金髪美女』(なぞのパツキン)

・性格/とても優しい ・能力/不明 ・生死/不明


epi.1.2.3に登場:『瞳の悪魔』(めだまのあくま)

・特徴/人を食べる ・能力/不明 ・正体/不明


epi.2.3に登場:『石原美夏』(いしはらみか)

・特徴/可愛い生意気 ・能力/スナッチ ・生死/不明


epi.2.3に登場:『高辻正紀』(たかつじまさき)

・特徴/イケメン ・能力/Detect a lie ・生死/転落死


epi.2.3に登場:『砂糖?健太』(さとうけんた)

・特徴/甘い男 ・能力/パーフェクトキーパー ・生死/生存


epi.2に登場『天號宗十郎』(てんごうそうじゅうろう)

・特徴/天輪神響道の教祖 ・能力/マインドブレンダー ・生死/出血性ショック死


epi.2に登場『竹内裕未』(たけうちゆみ)

・特徴/性悪 ・能力/ドミネーター ・生死/即死


epi.2.3に登場『岸和田義雄』(きっしー)

・特徴/現内閣総理大臣兼シリニスト ・能力/無能力者 ・生死/生存


epi.2.3に登場『石原美冬』(いしはらみふゆ)

・特徴/謙虚な女 ・能力/インビジブル ・生死/仲間を守り戦死


epi.4に登場『上代葱沙狗』(かみしろきさく)

・特徴/自他共に認める天才 ・能力/無能力 ・生死/不明


epi.4に登場『山崎敬之助』(るーぺ)

・特徴/まじめ ・能力/fire starter  ・生死/生存


epi.4に登場『浅井美代子』(あさいみよこ)

・特徴/クラスのマドンナ ・能力/無能力 ・生死/生存


epi.4(異世界編)に登場『ジョン・ハンコック』(じょん・はんこっく)

・特徴/転生者、職人 ・能力/無能力 ・生存


epi.4(異世界編)に登場『ヴィヴァリス王104世』(ヴィヴァリスおう)

・厳格な国王陛下、騎士から功績を積み重ね、104代国王まで成りあがる 


epi.4(異世界編)に登場『ドワーフ王』(どわーふおう)

・職人気質で強くて偉い・魔人に一矢報いるも戦死


epi.4(異世界編)に登場『亜人種』(あじんしゅ)

・猫耳とか、もふもふとか ・絶滅


epi.4(異世界編)に登場『巨人種』( きょじんしゅ)

・お腹空くと怒る・絶滅


epi.4(異世界編)に登場『天狗』(てんぐ)

・古の神と交信していた・生き残りが異世界転移を果たす


epi.4(異世界編)に登場『フェルオラ王』(ふぇるおらおう)

・魔導の探求者・魔人との戦いで力及ばず戦死


epi.4(異世界編)に登場『神聖樹』(しんせいじゅ)

・超古代の兵器・神様のおもちゃ


epi.4(異世界編)に登場『ジャガ・イモゥ』(ぽていとぅ)

・大地の女神イシスによりもたらされた植物・まいう〜


epi.4(異世界編)に登場『魔人flow』(まじんふろう)

・新たな魔人?無口、残虐・生存


epi.4(異世界編)に登場『暗黒龍フェリム』(あんこくりゅうふぇりむ)

・伝説のドラゴンで最強種・過去の勇者により討伐される


epi.4(異世界編)に登場『英雄十傑』(えいゆうじゅっけつ)

・人間種最強の十名・今後の活躍に期待


epi.4(異世界編)に登場 『フェンリ=ルイ』(ふぇんり=るい)

・SS級冒険者で強さの探求者・冠位争奪戦で勝利し九の英雄となる


epi.4(異世界編)に登場『ハルディアナ=フィリア』(ふぃりあ)

・天然素材・貴族出身の予言の聖女・天啓真言をマスターする


epi.4(異世界編) に登場『古の魔王???』(いにしえのまおう)

・不死者の王・伝説の存在で最強の魔王・出番がまだない


epi.4(異世界編)に登場『ファサ』(ふぁさ)

・教会の信徒であり聖女の専属従者・フィリアを娘の様に感じている48歳未婚女性


epi.4(異世界編)に登場『シエラ=ハンコック』(しえら=はんこっく)

・勝気で美人・右目が魔眼・魔杖(マガツイ)の使い手


続々と登場人物が増えています!

是非あなたの推しキャラを教えてくださいね!


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『数十年ぶりの大雪の日、ふと小説を思い出しPCをさわったのがきっかけ。

とりあえず投稿じゃぁ~っと勢いよく殴り書いたのが今回のお話です。

少しずつ修正を加えているので1年後に読んだ方が良いかもです。(笑)』



何者かの襲来を察知したシアラ、彼女は聖女フィアナとファサ達の寝所を抜け出すと、再び闇に紛れる・・・そこからの続きとなるお話です。(更新遅くてすみません)



では、引き続き本編をお楽しみください。





 闇の中を、一つの影が滑るように疾走していく。

その影は完全に気配を消し去り、騎士団の野営地から誰にも察知される事なく抜け出す事に成功した。


 影は驚異的な速度を保ったまま、荒地を囲む高台へと一気に駆け上がっていく。常人ならば足を取られるような荒れた斜面すら、まるで風のように駆け抜けていた。

既に騎士団の野営地から三キロメートル以上離れているが、ここまで到達するのに三分ずら掛かっていない。恐ろしいほどの速度である。

 高台へと到達した影は、ようやく走るのをやめて立ち止まった。そこは荒地全体を俯瞰できる場所であり、無数の木々と草叢が茂り、暗闇に紛れて身を隠すには絶好の地点でもあった。 

 

 高台の上で立ち止まった人影は、暗闇の中で深く被っていたフードをそっと外した。続いて左眼を覆っていた眼帯に手をかけ、静かに取り外す。

 眼帯の下の右目は閉じられていたが、やがてスッと開かれる。その瞳は黄金にゆらめき不思議な光を放っていた。

人影は高台から、聖女が居る中央のテント、野営地周辺、そして離れた森の奥まで改めて視線を巡らせる。不審な動きが無いかを確かめるためだ。黄金に輝く右眼にとって、距離も暗闇も意味をなさない。その視界は、全てを見通すように澄み切っていた。

 月明かりは、生い茂る木々の隙間から影の正体を露わにし、その姿を浮かび上がらせた。その人物は、先程まで騎士団の野営地でファサと話をしていたシエラであった。彼女は月の光を受け、キラキラと輝く金色の髪をかき上げると、その美貌を露わにした。煌めく双眸の左目は蒼く静かさを漂わせており、右目は対照的に黄金色の光を放ち、その瞳の奥には不思議な紋様が浮かび上がっている。神々しさすら感じさせる美しさである。周囲を静かに見渡していた彼女(シエラ)は、野営地に不穏な気配が無いことを確かめると、そっと右目を閉じて眼帯を掛け直し、深くフードを被った。そして闇に溶け込むように草叢へ身を滑り込ませると、気配を完全に消し去ってしまう。彼女もまた、英雄十傑とは異なる立場にありながら、勇者として人知を超えた能力を秘めているのだ。



「グオォッー!」

 

 突如、魔獣の咆哮が空気を震わせ、荒れた大地に響き渡った。魔大陸に(そび)え立つ崖の狭間から、騎士団の野営地にめがけ巨大な翼竜の影が一直線に飛来してくる。

地面を揺るがすほどの轟音に、見張りの騎士達は慌ててドラを打ち鳴らし、緊急事態に備えて駆けだした。


「敵襲!東方の山岳地帯より巨大魔獣――ドラゴンが一体、急速接近中!

全隊、戦闘隊形へ移行せよ!魔獣ドラゴンとの交戦に備え、直ちに配置につけ!」


 騎士団長『モーリス・カーン』の号令が野営地に響き渡ると、場の空気は一瞬にして引き締まった。

混乱していた陣営は、瞬く間に統制の取れた動へと変わる。騎士達は迅速に配置につき、迫り来る敵との交戦に備えて態勢を整え始めた。

 

 崖の狭間から飛来するドラゴンの体躯は、伝説の暗黒竜フェリムを彷彿とさせた。

遠目からでも、その異様な巨大さは明らかである。あんな化け物に人間が勝てるはずがない――その場に居る騎士団の誰もがそう思い、全身の震えを抑えられずにいた。

 そんな中、騎士団長モーリス・カーンだけが豪快に笑った。

 

「皆の者、何を恐れ、何に怯むか!我らは女神イリス様の恩寵を受けし、聖女様のご加護を賜わっておるのだぞ!


あの程度の獣、我ら王国騎士団の鉄壁なる防御の前では羽虫も同然よ!


王国騎士の誇りにかけ――派手に成敗してみせようではないか!」


 大きく両腕を広げ、声高らかに周囲を鼓舞する騎士団長モーリスのスキンヘッドが、月光を受けてキラリと光った。その豪胆な姿に触発され、騎士団の士気は一気に最高潮へと駆け上がっていく。


 いよいよ騎士団が一致団結し、興奮も最高潮と達したその時――ー

「グゥワァァォッ!」、「グギャァァォッ!」と、大地を更に震わせる咆哮が二度響き渡った。

 同時に、北と西の方角からも巨大なドラゴンの影が姿を現し、こちらへと迫って来る。

そのシルエットは東の空に浮かぶドラゴンと比べても決して劣らぬ程の巨体であった。


「さ、流石は魔大陸であるな……あのような化け物が同時に三体現れるとは・・。」

若干腰が引けているモーリスは、周囲に居るはずの英雄十傑を探してきょろきょろと挙動不審になっていた。


 突如、モーリスの背後から、威勢の良い若い男の声が響く。


「ハハハッ!こりゃいいぜ、やっと盛大な祭りになってきやがったじゃねぇか!」


 カシャン、と金属の触れ合う音が響き、モーリスが慌てて振り返る。その視線の先には、派手な装飾が施された白銀の槍を肩に担ぎ、仁王立ちする英雄十傑が一人『参のザギル』が、威風堂々と立っていた。


「おぉ、ザギル殿……よく来て下さった。」

ホッと肩を撫で下ろしたモーリスの目には、薄く涙が滲んでいるようだった。


「してザギル殿。壱と弐の英雄殿は、今どちらにおられるのかな?」


 いかつい表情で滲む涙をごまかすようにスンッと鼻を鳴らすと、モーリスは大袈裟に辺りを見渡した。


 ザギルは大股でモーリスの前へ歩み出た。

手にした白銀の槍を高速で回転させ、自在に振るうと、ガシャリと地面へ柄を突き立て、ぶっきらぼうに言い放つ。


「――あぁ、あの二人なら――ちょっと野暮用があってな。今ここには居ねぇよ。」


 そう言うとザギルは槍を両肩に担ぎ直し、その上に腕を掛け、ふっと気の抜けたように息を吐いた。


 終始張り付いた笑顔を見せていたモーリス・カーンの額に、みるみる青筋が浮かび上がっていく。


「はぁぁ~んッ!?」


 大口を開けて叫ぶ騎士団長モーリス・カーン。

スキンヘッドの頭には数筋の青筋が盛り上がり、顔は真っ赤に紅潮していた。


「神聖騎士の本懐は、聖女様をお護りする事に他ならぬ!

それを、敬愛すべき聖女様を暗黒大陸の只中に残したまま……貴様ら、何をしようと言うのだぁ!」

 

 怒号を響かせながらザギルに詰め寄るモーリスの額には、更に増えた青筋が浮かび上がっていく。

二人のやり取りに聞き耳を立てていた周囲の騎士達も、ざわざわと騒ぎ始めていた。


「うるせぇよ、このおっさん、やたら声がでけぇんだよ……ちっ、周りに聞こえるだろうが。」


 ザギルは詰め寄る大男の胸板を、面倒くさそうに力任せに腕で押し返す。


「声がでかいのは、主も同じだぞ。」

 

 自慢の分厚い胸を押されたモーリスは、ムンッと大胸筋を誇示するように膨らませ、突っ張るザギルの腕を負けじと押し返した。


 互いに一歩も譲らず、英雄(ザギル)団長(モーリス)が筋肉で語り合っていたその刹那、三頭の巨獣ドラゴンは、まるで空間そのものを押し潰すような勢いで迫り来ていた。

気付けば、巨影はもう目と鼻の先だ。

 

 最初に姿を現したのは、深紅の鱗を纏い、灼熱を孕んだ息を漏らすファイヤードラゴン。続いて、深蒼の鱗が夜気を吸い込み、吐息のたびに白い冷気を吐くブルードラゴン、そして最後に、金色の鱗が月光を反射し、稲妻のような閃光を散らすサンダードラゴンが、空を割るように大きく翼を広げていた。

 

 いずれも伝承に語られる”古き竜”を彷彿とさせるほどの巨体で、その圧倒的な存在感は見る者全ての視界を押し潰すかのようだった。ただそこにいるだけで、地上の者すべてに格の違いを思い知らせる威圧を降り注ぐ。

 

 兵たちは息を吞み、周囲の空気が凍てつく。誰しも身体が硬直しているなか、ザギルだけは覇気を放つ。ためらうモーリスを本気で押し退けると、ビシッと立てた親指を自分へ向け、最高の決め顔で言い放つ。

 

「聖女は必ず護り抜く。だから俺がここに居る――フゥッ!」


 その姿は、三頭の古竜を前にしてなお、ただ一人だけ“戦う者の顔”をしていた。

 ザギルは白銀製の長槍を高く構えると、右へ左へと回転させる。ヒュンヒュンと空を切る風音は、やがて鋭い高音へと変わり、ついにはキィーンと甲高い音を発するほどの速度に達している。

 もはや人間の視力では捉えられぬほどの速さで振り回される槍の風圧により、周囲の土煙は舞い上がり、更に加速した槍は土煙を吸い込み渦を巻き始めた。


 既にモーリスをはじめとした騎士達は、己の身の危険を悟ってザギルから距離を取り、その成り行きを固唾を吞んで見守っている。


 スゥーッと大きく肺に息を吸い込むザギル。身体中の筋肉をバネのようにしならせ上空の三頭のドラゴンに向けて叫ぶように声を放つ。


「キェッィ! セイッ! ウルァ!」


その掛け声と同時に繰り出された三つの槍撃は、空気を巻き込み渦を成し、一直線にドラゴン達へと放たれた。


「先・手・必・勝」


槍を脇に収め、ビシッと左手を前へ突き出し、誰よりも自信満々のドヤ顔で決めポーズを忘れない――それが、英雄十傑のひとり『参のザギル』という男である。


 超高速で振るわれた槍が空気を裂き、放たれた真空の刃は渦を巻きながら三頭のドラゴンへ直撃する。

「ズドンッ」

と鈍い衝撃音を響き、噴煙が空中に広がった。


 衝撃波はドラゴン達の無防備な首元や腹に食い込み、裂けた傷口からは深紅の鮮血が噴き上がる。

その瞬間、三頭の巨体がわずかに揺らぎ、動きが鈍ったように見えた――

だが、三頭の巨獣は怯むどころか平然と飛び続け、こちらへ迫ってくる。むしろ痛みが燃料となったのか、その巨体から怒気が立ち昇り空気が低く唸っていた。


 上級魔物ですら消し飛ぶ渾身の一撃に、余裕で耐えるドラゴン。流石は伝説級といったところか。


ザギルは「ヒュ~ッ」と口笛を鳴らした。

その軽い音色は、伝説を前にしてもなお余裕を漂わせる。


 三頭の巨竜は空中で羽ばたきながら大きく咢を開き、ブレスを溜め始めた。溢れ出すエネルギーの質量に、ドラゴン達の前方の空間が歪む。


 高密なエネルギーが蓄積されていくにつれ、巨竜の前方の空がねじれながら波打つように歪んでいく。まるで空間そのものが悲鳴を上げているかのようだった。

 蓄積を終えた三頭のドラゴンが、巨大な牙が並ぶ咢を更に大きく開くと、収束したエネルギーは激しく唸りを上げながら光の塊へと変貌していく。光は脈動し、雷鳴のような轟きを撒き散らす。光の塊は瞬きするたびにその輝きを増していった。


 空気が震え、地上の騎士達の肌を刺すような圧が降り注ぐ。騎士団は誰一人動けず、その破滅の光景を見上げるしかなかった――。


「ボゥッ!」


――という爆ぜるような音と共に、上空三方向から極大のブレスが同時に放たれた。瞬間広大な荒地一帯が昼間の様に白々と照らし出され、世界そのものが光に呑まれたかのようだった。

光の奔流は、野営地を丸ごと吹き飛ばすのも時間の問題に思われた。


 精鋭揃いの騎士団ですら動揺を隠せず、誰もが息を呑む。緊張が走り、足が地面に縫い付けられたように誰一人として動けない。


 その時――野営地の中央から、眩い金色の光がふわりと広がっていく。

柔らかく、しかし確かな力を感じるその光は、野営地全体を包み込むように広がり、騎士団を優しく包み込んだ。


 まさにそれは、聖女の”真・聖魔法”の力が解き放たれた証だった。

 

 光に触れた者達は、体の奥底から温かな力が湧き上がるのを感じた。恐怖で縮こまっていた心が、身体が、再び戦う意思を取り戻していく。


 そして――まるでその瞬間を待っていたかのように、地上で力を溜めていたザギルがついに動いた。

 

 迫り来る三方向のブレスに合わせ、真・聖魔法が付与された渾身の斬撃を天へと放つ。その一閃は空を切り裂き、三つのブレスと正面から激突した。

凄まじいエネルギーの衝突で、空には巨大な爆煙が咲き乱れる。


「グォォォ!」


 雄叫と共に、爆煙を内側から突き破ってドラゴン達が姿を現した。灰色の煙を纏ったまま迫るその巨影は、まさに災厄が形を成したかのようだった。


 伝説の勇者、初代ヴィヴァリス王は暗黒竜フェリムを討ち倒したと語り継がれている。

だが――目の前のこの化け物じみた巨竜を三体同時に相手取るなど、可能であったのだろうか。


 あんぐりと空を見上げる騎士団長モーリス・カーンの額に、冷や汗が一筋落ちた。それは、まさに”伝説の脅威に直面した”者の汗だった。


 「チェァッ!」

 

 英雄十傑・参のザギルは、湧き上がる力に好機を見出すと、中央のファイアードラゴン目掛けて跳躍した。

掛け声と共に地面を蹴ったその瞬間、ザギルの姿は掻き消え、次の刹那にはドラゴンのいる上空へと到達していた。


 彼が元居た場所には、抉れた地面と渦巻く風が残されている。まるで大砲でも撃ち込まれたかのような衝撃跡だった。

 

 突如頭上に現れた人間に対応出来ていないファイアー・ドラゴン。その巨体の頭部へ、ザギルは容赦なく槍を振り抜いた。


「ゴワンッ!!」


 鈍い衝撃音が空気を震わせる。ファイアー・ドラゴンは意識を刈り取られ、白目を剥いたままその巨体ごと地上へと落下していく。


 ザギルは落ち行く巨体を踏み台にし、アイス・ドラゴンの頭上へと飛び移った。そして槍を真っ直ぐ掲げると、勢いそのままに額へと叩きこむ。


「ゴガンッ!!」


 アイス・ドラゴンもまた白目を剥き、巨体をくねらせながら落下していく。


――ザギルは再び空中へと跳躍した。


 その瞬間を狙い澄ましたように、サンダー・ドラゴンが雷光のブレスを放つ。

空中では回避不能――誰もがそう思った。


 だがザギルは、黄金に輝く槍を構えたまま、下から上へと切り上げた。


 鋭い一閃が雷光真っ二つに裂き、分断されたブレスは空中で爆ぜ散る。


 爆風と槍の勢いをそのまま利用し、ザギルは空中で回転すると、サンダー・ドラゴンの額へ踵落としを叩き込む。衝撃に怯んだ巨体へ、続けざまに槍で打ち砕くような渾身の一撃を叩きつけた。


 サンダー・ドラゴンは悲鳴を上げる間もなく白目を剥き、先の二頭を追うように地上へと弾き飛ばされていった。


 今まさに、参の英雄ザギルの放つ一撃が”伝説級”すら容易く覆す力を持つ事が証明された。

こうして伝説級のドラゴン三体は、まるで玩具のように、あっけなく地上へと叩き落とされた。


 巨竜たちは、空を裂きながら落下し、その速度に翻弄され無様に揺れながら地上へ吸い込まれていく。


 ドォーン、ドォーン、ドォーン――

立て続けに響き渡る轟音に大地は震え、砂塵が柱のように天へと舞い上がる。


 叩き落とされたドラゴン達は身動きひとつせず、折り重なるように倒れ伏している。

 その光景は、まるで荒地の入口を塞ぐ巨大な山脈のようであった。


 ザギルは仰向けの状態で気絶しているサンダー・ドラゴンの腹に軽やかに着地すると、

そのまま身を翻し、まるで舞うような優雅さでヴィヴァリス騎士団の元へと戻っていった。


 例え英雄十傑が規格外の強さを誇っていたとしても、たった一人で伝説級のドラゴン三体を、赤子の手を捻るように片付けてしまった――

その現実離れした光景を、誰一人として直ぐには受け止められずにいる。まるで夢物語を見せられているかのように、場に居る全員が声を失っていた。


 その静寂は、ザギルの声によってあっさりと破られる。


「ハハハッ、マジかよっ! これが真・聖魔法ってやつか。すげぇなんてもんじゃねぇ……いや、反則すぎだろ、これ。」


 ザギルは、自らの槍の一撃で叩き墜とした三頭のドラゴンをちらりと一瞥すると、

呆れたように、しかしどこか楽し気に言った。


「ウォ――ッ!!」


 野営地に騎士達の大歓声が上がり、続けて「ザギル!ザギル!」の大合唱が巻き上がる。

騎士達が大地を踏み鳴らす音が、広大な荒地一帯に響き渡った。

 神聖騎士であり英雄十傑がひとり、参のザギル。その彼の偉業を称える熱狂が渦巻く中、興奮冷めやらぬ空気を切り裂くように、突如として爆炎が天高く巻き上がった。

 

 突然現れた炎の渦は、三体のドラゴンを中心に巨大な円柱となって燃え上がり、気絶していた巨竜たちを瞬く間に焼き尽くしていく。

 ドラゴン達は断末魔を上げる間もなく黒焦げとなり、炎の中で炭と化してゆく。

 その威力は、数百名の魔術師が数時間にも及ぶ詠唱を重ねて発動させる極地殲滅魔法に匹敵する――

いや、それ以上かもしれない。

 

 何者かが放った極大爆炎魔法によって形成された炎柱の熱波は、荒地の空気を歪ませ、遠くの地平線までも赤く染め上げていた。

 

 だが、それよりも驚愕に値すべきは、聖女の唱える真・聖魔法である。

 伝説級の魔獣ドラゴンですら一瞬で焼き尽くす程の超極大爆炎魔法に巻き込まれたヴィヴァリス騎士団だったが、黄金の光はその熱波すらも完全に遮断し、騎士達を安全に守り続けていた。


 燃えカスとなり散りゆくドラゴンの残骸を、ただ呆然と眺めていた騎士団長モーリスと騎士たちは、炎渦の奥で”何か”が動いているのを確かに見た。

 

 黒煙と、絶え間無く揺らめく炎と熱気のせいで、その姿形ははっきりとは視認出来ない。だが、ドラゴンの鱗ですら一瞬で焼き尽くしたあの業火の中を、平然とこちらに向かって近づいて来る影に、誰もが戦慄した。

 

 尚も激しく燃え盛る炎の中から、

異形の”魔人”が一体、ゆっくりと此方へ歩み出て来るのが確認出来たからだ。炎に照らされるその姿は、まるで人の形をしていること自体が間違いであるかのようだった。その歩みは遅いのに、なぜか逃げ場がどこにもないような圧迫感を漂わせていた。


 誰もが呼吸を忘れるほどの緊張が漂い、時間が止まったかのように身動き一つできないでいた。その時、騎士団長モーリス・カーンは数歩前に進み出ると、魔人に向かって勇ましく名乗りを上げた。


「我らは三千年に及ぶ借りを貴様ら魔族に返すべく、遥か遠方の地であるナディリア大陸を出航し、この魔大陸まで遠征に来た!この大役を果たす者、それは我輩、神聖ヴィヴァリス帝国の騎士団長モーリス・カーンである!そこの魔人よ、死にゆく前に名乗るが良い。お主の名を後世に語り継いでやろう!」


 立ち昇る炎柱の熱風により、視界の先は未だに揺らいでいる。炎の中から現れた魔人の姿は、全身漆黒の鱗で覆われ、背には六枚の羽が広がっている。頭部には蛾のように大きな触覚が生えていた。その目は大きな複眼で、そこから何を考えているのか到底理解する事はできない。その姿は、聖書に記されている「醜災のゴルモロ」と酷似していた。


 燃え盛る巨大な炎柱を背に、魔人は地の底から響く呪われた声で話始める。この世のどんな音とも違う、虫唾が走るその声を聞いた騎士達は、五臓六腑を凍り付かせ、知らずに足を震え上がらせた。


「我ハ・・・ゴルモロ・・・人間・ニ・・災イヲ・・モタラス・者・・ヨワキ命ヨ・・我ガ手デ・・・ツイエヨ・・」


 ギギギと鋭い歯を軋ませるゴルモロは、聖女が居るであろう寝所の方へ向き直ると、「其処ニ・・居ルノカ・・臭イ・・・オンナ・・・」と呪いのように呟きながら、ゆっくりと歩を進める。魔人の目には精鋭ぞろいの騎士達の姿など見えていないのかに漫然と進んでいく。周囲の空気が一層重く、冷たく感じられた。

 聖女フィリアが居る寝所へと進もうとするゴルモロの眼前に、騎士団長モーリス・カーンが仁王立ちで立ち塞がる。モーリスは大きな盾を構え、腰の剣をスラリと抜いた。


「騎士の誇りにかけて、ここから先へは一歩も通さん!」


 モーリスの武具にも真・聖魔法がエンチャントされ、身体能力が飛躍的に強化されている。かつてない程の力がその身に宿っているのを感じたモーリスは、先程のザギルの活躍に影響されており、目の前の魔人に対して全く恐れを感じていなかった。寧ろ、倒せるという確信すら抱いていた。


 モーリスのカリスマ性が騎士達に影響を与え、「団長!団長!」というコールが沸き上がる。震え上がっていた騎士達の士気が瞬く間に高まっていく。(モーリスがポージングを繰り返すと辺りは祭りとなった。)


 目の前で仁王立ちする大男を見たゴルモロは、うんざりした様子で進路を変えようとする。しかしモーリスは瞬時に動き、再びゴルモロの行く手を阻んだ。目を輝かせる人間(モーリス)を前に、ゴルモロは諦めたように呪文を唱え始めた。その言葉は人間には理解不能だが、モーリスにはそれが魔法の詠唱で有る事は明白だった。巨大なドラゴンを一瞬で焼き尽くす程の極大魔法の威力を察すれば、魔人の詠唱を黙って放置する事はできない。騎士道の精神には反するが、黙ってこのまま魔法を発動させる訳にはいかないだろう。やむを得ず、モーリスは先手を討つ決意を固めた。


「我が人生、騎士となったその時から聖女様と共にある!女神イシスの恩寵をこの胸に、全てを賭けた一閃を放とう。」


 モーリスは盾を構えたまま、詠唱を続けるゴルモロへとジリジリとにじり寄った。


「我が魂の一撃を持って、貴様を止めて見せる。いざ、()して参る!」


 魔人ゴルモロが剣の間合いに入るその瞬間、白銀で作られた騎士剣が頭上高く振りかぶられた。その剣は、真・聖魔法が付与され黄金に煌めきを放ち、全の力を込めて一気に振り下ろされると、光の軌跡を残す。強化されたモーリスの一撃は音よりも速く、大岩より重い。至近距離から無慈悲に斬り込んだモーリスの一撃は、ゴルモロの身体を肩から斜めに切り裂いた。剣は胸元まで深く斬り込み、その身体を両断するかと思われた。しかし、魔人の硬い鱗に剣は阻まれ、それ以上進まない。「ウォォォオオッ!」と、力強い雄叫びを上げながら剣を握る手に力を込める。この危険な魔人を聖女様の元へ行かせる訳にはいかない。このまま力で押しきろうとモーリスが全体重をその腕に乗せていく。太い青筋が浮かぶスキンヘッドに、二本目の青筋が浮かび上がった瞬間、「バキンッ」と音をたてて騎士剣が砕けた。よろけるモーリスの視界に、ニヤリと不敵に笑う魔人・ゴルモロの姿が映る。完全に両断出来なかったとはいえ十分に致命傷は与えた筈である。モーリスは小さく「化け物め…」と呟くと、砕けた剣を捨て半歩後へと下がると盾を構え直した。

 

 ゴルモロは体が半分になりかけていたが、既に魔法の詠唱を終えている。千切れた上半身はそのままにユラリと手を伸ばすと、モーリスの盾に(かざ)し「ヴァルビャ」と唱えた。その瞬間、バーンと空気が破裂し、騎士団長モーリスはその場から吹き飛び消え去ってしまった。 

 彼の飛ばされた先には、衝撃に巻き込まれ倒れた騎士達が、将棋倒しに重なって微塵も動かなくなっている。当のモーリスは数十メートル先まで吹き飛ばされると、大きな樽に頭から突撃していた。頭は硬い樽を突き破り、両足を天に向けてひっくり返っている。意識が無いのか、死んだのか、ピクリとも動かない。  


 聖女の居るテントまで一本の道ができると、ゴルモロは満足そうに歯を軋ませながら、その道を悠々と進み始めた。ゴルモロの攻撃を受けた騎士達は、気を失い立ち上がる気配がない。慌てて走り寄る騎士もいたが、彼等ではこの魔人の足止めすら叶わないだろう。モーリスの一撃で裂かれたゴルモロの肉体は既に再生が始まっている。その底知れない力に驚愕する騎士達は、剣を構えるも斬りかかることも出来ずにいた。ゴルモロは構わず歩を進めると、囲んでいた騎士達は避けてしまう有様だった。満月をバックに魔人ゴルモロがその肉体を震わせ、「ブシュゥゥゥウ」と息を吐きだした。

 人間ならば即死レベルの傷すらも再生し終え、ギシギシと歯を鳴らしたゴルモロは、真・聖魔法の波動を打ち消すように瘴気を濃く纏うと、聖女の居るテントが視認できる距離まで迫っていた。魔人・ゴルモロが、ブツブツと呪文を唱え始め、聖女のいる寝所に向かって両腕を伸ばした。誰もがもうだめかと思ったその瞬間、足元にズドンと突き刺さる白銀の槍。もう一歩踏み出していたら、ゴルモロの頭を槍が貫いていたのは間違いなかった。


「・・ググ・・何者ダ・・・」


 ゴルモロが飛来した槍の方へと振り向くと、そこには長い黒髪を後ろで束ねた参の英雄ザギルが、斜に構えたまま鋭い眼光でゴルモロを指さしていた。英雄の名に恥じぬクールさを演出できたと本人(ザギル)はご満悦である。

 余計な邪魔ばかり入り、怒りに満ちたゴルモロは視線を(ザギル)にぶつけ睨みつける。しかし、ザギルはそんなゴルモロの視線など意に介さず言葉を発した。


「おい、()()のゴルモロさんよ、一般人倒して満足してんじゃねーよ。ここには英雄ザギル様が居る事を忘れてもらっちゃ困るぜ。」と、クールに言い放ち、ゴルモロに向かって真っすぐ歩を進める。その声には揺るぎない自信と威圧感が漂い、その身体からは魔人が放つ瘴気を吹き飛ばすオーラを放っている。ザギルの登場で周囲の空気が一瞬で変わった。


「ギギ・・醜災(シュウサイ)ノ・・ゴルモロ・・ダ・・」

魔人が訂正する。その声には自尊心が感じられた。


「おい、ザギル。そいつはワシの獲物だぞ、そこをどけ。」

                                                            

 気絶していた騎士団長モーリス・カーンが意識を取り戻すと、全身から血を噴き出しながら、ザギルの肩を掴んで前へ進み出た。モーリスの左腕は力なくダラリと垂れ下がり動かない。しかし熱い魂が宿るその両眼からは、痛みに屈しない強い意志が感じられた。


「おいおいおい、大丈夫かよ、団長のおっさん・・。無理せずに治癒してもらった方がいいぜ。」

 満身創痍なモーリスの状態を見て、ザギルは呆れたようにそう言った。


 モーリスは脱臼した左肩に手を伸ばし、痛みに一瞬顔を歪めたが、動く右手でしっかり左腕を掴んだ。息を深く吸い込むと、そのまま勢いよく外れた左肩を嵌め込んだ。「ガコッ」と不快な音が鳴り、脱臼していた肩は元に戻った。ひとまず動きは取り戻したものの、腕にはまだ若干痺れが残る。しかしモーリスは眉ひとつ動かさずに左腕をグルグルと回し、確認している。


「ふん。この程度で治癒魔法など必要ないわ。しかし醜悪(しゅうあく)のゴルモロよ、貴様のおかげで自慢の剣も盾も粉々になってしまったぞ。」

 

 モーリス・カーンはそう言うと、ひび割れた甲冑を豪快に脱ぎ捨てた。上半身裸になったモーリスは、鼻から大きく息を吸い込み、「ムンッ!フンッ!ヌォッ!」と、その鍛えられた筋肉を躍動させた。左右の大胸筋を誇示するようにバンバンと弾ませた後、「フシュルルゥ」と大きく息を吐き出す。張り詰めた筋肉は傷を塞ぎ、出血を止める。


「わしは、騎士団団長として生涯剣技を磨いてきた。だがな、その本質は素手で語り合うモンクが一番向いておる。ここから先の闘いには、これを使わせてもらうぞ。」


 モーリスはそう言って、ズボンのポケットから白銀製のナックルを取り出し、両手にしっかりと嵌めた。二度三度拳の握りを確認すると、「バシン」と掌を叩く。膨張した筋肉からは湯気が立ち昇り、炎が宿った瞳には強い闘志が漲っていた。

「やはりこちらの方が吾輩にはしっくりくるのぉ」

ガチガチと両拳のナックルを合わせていたモーリスが気合を入れ直し改めて魔人の前に進み出た。


 改めて目前に立ち塞がるモーリス・カーンを見て、魔人ロゴモスは辟易(へきえき)した。面倒臭そうに空を指さし、上を見ろと(あご)で指図する。闘志満々のモーリスが上空を見上げると、そこには一つの人影が浮かんでいた。モーリスが目を凝らすと、大きな羽が生えた灰色と黒の迷彩柄の魔人が上空でホバリングしているのが見えた。その異形な姿は特徴的で、四本の腕を持ち、太く長い尻尾が生えている。額を覆うほどの大きな目は一本の角とともにひとつだけあり、その黄色い縦目が「ギョロリ」とモーリスを見下ろしていた。その姿から、聖書に登場する魔人のひとり「激震のガザダ」であることは明白だった。その姿はロゴモスに負けず劣らずの醜悪さと恐ろしさを滲ませている。モーリスは二体目の魔人の出現を見て、あんぐりと口を開け放心している。


「おいおい、英雄の壱と弐が不在だって時に、魔人を同時に二体相手にするのかよ、こいつは少しばかりキツイぜ。」


 モーリスの背後で上空を眺めていたザギルはそう言うと、その場から一瞬で魔人ロゴモスの前まで跳躍し、鋭い蹴りをロゴモスの腹部に叩きこむ。上空に浮かぶ魔人ガザダを見上げていたロゴモスは不意打ちを喰らい、身体をくの字に曲げて吹き飛び、ゴロゴロと来た方へ転がり遠ざかる。蹴りのポーズのままザギルは地面に刺さっていた槍を引き抜くと、モーリスの方を振り返り言葉をかけた。


「モーリスのおっさん、生き残れたらあんたを英雄十傑に推薦してやるよ。」ザギルは笑みを浮かべながらそう言った。


「ふん、言われなくても生き残るつもりだ。ここで我らが倒れたら、誰が聖女様を守る?小僧、貴様こそ死ぬなよ。」モーリスは力強く応じた。既にふたりの間には気心の知れた仲間のように強い絆が生まれている。


「ハハハ、小僧ね、俺はあんたより随分と年上だよ。」数千年転生を繰り返したザギルは、隣に並ぶモーリスの盛り上がる三角筋をポンポンと叩いて笑った。そして身を屈めると、ググっと脚に力を込めた。


「新手の魔人がどれ程か、試してみようか。」


 覇気を纏ったザギルは、いまだ空中でホバリングしている激震のガザダを睨みつけると、「チェッァ!」と気合いを入れて飛び上がった。

 

 新手の魔人・ガザダが浮かぶ場所まで一瞬にして跳躍するザギルを見たモーリスの瞳が輝く。「大地を押さえつける程のハムストリングス、その力を加速させる大腿四頭筋、張り詰めた腓腹筋とヒラメ筋が大地を蹴り上げる!見事、見事な跳躍であったぞザギル殿!」

 

 モーリスが大声で叫ぶ。その場には英雄の跳躍によって巻き起こった空気の渦が残されている。


「さて、英雄のザギル殿に任せてばかりでは騎士団団長の面目が立たん。わしも本気でいかせてもらうぞ。」

 

 モーリスは両手に嵌めたナックルをガチガチとぶつけて音を鳴らし、マッスルポーズを繰り出すと、身体中の筋肉が紅潮し盛り上がる。熱気で湯気が立ち昇り、周囲の空間が歪む。スーハーと呼吸を繰り返すうちに、徐々に筋肉は黒く変色していった。「ふぅ~っ」と大きく息を吐いたモーリスは、先程までの見た目とは完全に変わっている。その黒光りした体躯は鋼のように硬く、魔法耐性も格段に上昇している。彼等の一族のみに伝わる呼吸法で、体内の細胞レベルを引き上げる技法により、一時的にその肉体の限界レベルを最大までに引き上げる事が可能となっている。この状態のモーリスの強さは十傑に並ぶ程のレベルに達している。未だに彼が英雄の称号を得ていないのは愚直なまでの誠実さが仇となっていると噂されている。モーリスは、ザギルによって蹴り飛ばされた醜災の魔人・ロゴモスが起き上がるのを確認すると、完全に戦闘態勢に入った。


「調質完了・・さて、魔人ロゴモスよ、待たせたな。これからの闘いでは貴様を退屈させんぞ。」


 皮膚が黒く変色し、筋肉が2倍は大きく膨れ上がった騎士団長モーリス・カーンは、これから人生最大の敵との再戦に挑もうとしていた。


 新たに出現した魔人・激震のガザダは、地上の騎士団と聖女の位置を瞬時に把握し、殲滅を目的として攻撃態勢に入っていた。六枚の羽を超高速で震わせると、それにより発生した震動を鱗に伝えていく。鱗から伝わる震動はそのまま四本の腕へと送り込まれていた。全身の鱗は逆立ち、震動を更に増幅させていく。魔人ガザダは四本の腕を真っすぐ前に伸ばし、地上の騎士団キャンプに狙いを定めた。四本の掌が音叉のように共鳴し合い、震動は空間を歪ませる程の強さに達している。ヴィ――ンという甲高い音が周囲の空気を震わせるその様は、ガザダが激震の魔人と呼ばれる所以を示していた。そしてその攻撃を放てば荒地一面が抉られ、全てを無に帰す威力となる。


「滅ベ・・。」ガザダは一言呟く。


 まさに魔人ガザダが溜めた波動を地上に向けて放とうとしたその時、突如として現れた人間によってそれが阻止された。地上から一瞬で空中のガザダの所まで跳躍してきた英雄ザギルは、魔人ガザダに向かって槍の超高速突きを繰り出した。音速を超えるであろうその攻撃に対し、反射的に魔人ガザダは溜めていた震動を槍を受けるために放ちガードをする。キィィーンと耳をつんざく音が響き渡る。魔人ガザダはすぐさま長い尾で英雄ザギルを薙ぎ払うが、空中のザギルは自身の槍を軸に更に高く飛び、尾の攻撃を躱してしまう。そのまま素早く槍を持ち替えると、今度は下になったガザダの頭を目掛け槍を一気に投げつけた。超至近距離から放たれた槍の一撃を魔人ガザダは二本の腕で掴む。これもまた恐ろしいまでの超反応であった。しかし放たれた槍の威力は止まらず、ガザダの胴体を貫いた。魔人・ガザダはあっけなく串刺しとなり、そのまま槍と一緒に地上へと落下していった。


 ザギルに不意打ちで蹴られ吹き飛ばされた醜災の魔人・ロゴモスは、脳震盪を起こし、ふらふらしながら起き上がろうとしていた。下等な人間に幾度も翻弄され、まさに怒りは完全に頂点に達していた。


「ニンゲンガァァ!!殺ス殺ス殺スゥゥ!!!!!!!」


 ロゴモスの身体から瘴気が一気に膨れ上がった。怒りに満ちたロゴモスが悪魔の形相で己を蹴り飛ばした人間を八つ裂きにするべく立ち上がった瞬間、突如現れた漆黒の大男によってガツンと頭部を殴られた。


「グゥガ・・」たまらず声を漏らす魔人・ロゴモスの頭部を左、右と高速で連打し続けるモーリス。彼がモンクであるというのも満更嘘ではないようだ。「ふんっふんっふんっ」と連打を繰り返すモーリスの打撃はロゴモスの頭部を捕え続けている。その連打があまりにも速すぎるため、ロゴモスの頭は左右に傾く事もなく、倒れる事も出来ず直立不動のまま動けないでいた。

「ギョ・ギョ・ギョ・・ギョ・・・」ロゴモスの頭が徐々に薄く平たくなってきている。このままでは頭が吹き飛ばされるロゴモスは、殴打を止めないモーリスに対し、鋭い爪のある手刀で胴体を貫こうと攻撃した。手刀は見事にモーリスの胸を貫通する。しかし、手刀が抜けない。焦るロゴモスが身動きできずにいると、モーリスは構わず殴り続けていた。やがて「ギョパンッ」という破裂音とともにロゴモスの頭部は弾けとび、辺り一面に血と肉を飛び散らせる。目の前で破裂した肉片と血を浴びたモーリスの身体は緑色に染まる。モーリスは首から下だけになった魔人の腕を掴むと、自身の身体から引き抜いた。「ごふっ」と血を吐きだすモーリス。掴んだままの魔人の腕には力がなく、完全に活動を停止しているようだ。不死身の魔人と言えども、流石に頭を潰されれば再生も叶わないだろう。モーリスは霞む意識の中片膝をついた。


 ズドンッという音と共に、離れた位置から砂煙が舞い上がる。行き絶え絶えのモーリスが音のした方を確認すると、地面に刺さる槍に串刺しとなった魔人・ガザダがいた。続いてドンッという音が鳴り、英雄・ザギルが降りてきた。ザギルは瀕死のモーリスと倒れているロゴモスの死体を確認し、すべてを理解したのかモーリスに向かって声を掛けた。


「おい、おっさん良くやったな。けどな、その傷はかなりまずいな、長くは持たないぜ・・。早く聖女のところで手当てを受けろ。」 

 ザギルは言うも、その視線はガザダから決して離さないでいた。

 

「グギギ・・ググ・・ギ・・」

 仰向けで串刺しとなっていた魔人ガザダは、そのままの態勢で四本の腕を使い槍から己の身体を引き抜くと、クルンと回り地上に立つ。


「ググ・・ロゴ・モス・・イツマデ・・アソンデ・・イル・・」

 ガザダが軋むような声で、地面に転がるロゴモスの死体に向かってそう言った。


「おいおい、ロゴモスはもう死んでるぜ。」

 ザギルはぶっきらぼうに言うと、ガザダに来いよと、言わんばかりに指をクイクイと曲げて挑発する。


「グギギ・・」ガザダの複眼にはザギルが幾つも映っていた。その眼からは感情を読み取る事はできない。背の羽が震動を始めると、ツーンと言う音を残し姿を消した。(早い)ザギルの目ですら、消える瞬間のガザダの姿は残像すら見えなかった。そして今この瞬間も、ザギル達の周囲を高速で移動しているだろう、高周波が発する独特の音でそれを理解できていた。ザギルが横目でモーリスを見ると、彼は意識が朦朧としているのか、時折白目となり、フラフラとしていた。


「クソッ限界だな・・。」

 

 今すぐモーリスを聖女の元へ運ばないと手遅れになる。ザギルの焦りをガザダが見逃すはずは無かった。ザギルを中心に超高速移動を行っていた魔人ガザダは、4体の残像を残し上空高くとびあがっている。ザギルの隙を狙って四方から超音波を放つガザダの攻撃まで一連の動作は1秒もかかっていなかった。予想通り愚かな人間(ザギル)は四方からの攻撃を避けるため上空へジャンプで躱した。


「グギギ・・シ・・ネ・・。」

 跳びあがったザギルの遥か上から魔人・ガザダが波動を放つ。四本の腕から放たれた波動は大きさも威力も桁違いだ。槍も持たないザギルはこの攻撃を躱す事はできないだろうし、躱せば仲間を見殺しにする。馬鹿諸共もろとも消しとべ。ガザダは勝利を確信していた。




――――――――――――――――――――――――――ー


 

 大陸最果ての地に聳え立つ魔王城。切り立つ断崖の頂上に立つその城は、かつてこの世界に神々が存在していた頃からあり続けた。この城の主、古の魔王「ゾル・ナーグ」は不死の王とされ、死ぬ事も老いる事もない。その膨大な魔力により、この魔王城は昔と変わらず今も尚、その姿を保ち続けているのだ。そして今宵、闇に包まれる魔王城へ近づく二つの影があった。


 神聖騎士であり、英雄十傑の壱「イクシス」と、同じく神聖騎士であり、英雄十傑の弐「ファルマ」のふたりは、険しい魔王城への道程を苦も無く進んでいた。壱の英雄「イクシス」は、転生を繰り返す初代ヴィヴァリス王その人であり、三千年前の勇者である。当時の強さ、その記憶をそのまま引き継ぎながら、更に鍛え続け知識と経験を継承させている。そして現代の彼の名は「イクシス」であり、再び壱の英雄としてその名を轟かせている。

 同じく弐の英雄「ファルマ」も三千年前の勇者パーティーに所属しており、当時は補助魔法と回復を担当する治癒師だった。英雄十傑の中で唯一の女性であるファルマは、その美貌と実力から非常に人気が高かった。しかし彼女は殆ど人前に姿を現す事はなかったため、ミステリアスな存在として認識されている。三千年の時を転生し続け深淵なる知識と力を求め続けた彼女もまた、人外の強さをその身に秘めていた。


 イクシスとファルマの二人が、古の魔王討伐に向けキャンプを抜け出してから、およそ二時間が経過しようとしていた。道中、様々な魔族によって行く手を阻まれたが、魔大陸深部に潜む強力な魔族ですらも、二人にとって大した足止めにはならなかった。深い森を抜け、険しい山道を越えたイクシスとファルマは、ついに魔王城に辿り着くと、開け放たれた門をくぐり先へと進む。魔王城に入る為には巨大な扉を開く必要があるが、扉は招かれざる客人を拒むように閉じられていた。イクシスは迷わず扉のハンドルを掴むと、重厚な扉を手前に引いた。扉はその重厚な造りを感じさせないほど滑らかに開く。城内は明かりが少なく奥まで見通す事は出来なかったが何かしらの魔法も感じる。ファルマが扉の外から中を覗き込み安全を確認すると、イクシスに目で合図を出す。二人が乗り込もうとしたその瞬間、騎士団の野営地がある方角から凄まじい轟音が響き渡った。


(まさかこのタイミングで聖女が狙われるとは・・・)顔を見合わせたイクシスとファルマは、目配せを交わすと勢い良く扉を開け放ち、一気に城の中へと侵入した。聖女の身が気掛かりではあるが、参の英雄ザギルを残しているので問題は無いだろう。三千年を経て既にザギルの武力はフィジカルだけならばイクシスをも凌ぐのだから。二人は轟音が響いてくる騎士団キャンプへは戻る事はせず、最上階で待ち受けるであろう古の魔王討伐を目指し走り出していた。

 現世で二十代前半であるイクシスとファルマの身体能力は、最高潮に達していた。彼らの装備は軽装ではあるが、白銀製の長剣を腰に携え、同じく白銀製の小振りな丸い盾を左腕に装着している。白銀には魔を滅する効果があり、魔族との戦いには必需となる。そしてふたりのマントには真・聖魔法を固定しやすいように工夫が施されており、白銀が編込まれている。魔法を防ぎ、彼らの力をかなり増幅させる効果も期待できる。


 三千年の時を経て、人類最強の二人が人類の命運を賭け、魔族最強である古の魔王へと最終決戦に挑もうとしていた。その瞬間、世界は静寂に包まれた。まるでこれからの始まる壮絶な闘いを静観するかのように。

 二人の駆ける足音が、静寂な暗闇に響くそのたびに、緊張が一層高まっていく。これから始まる戦いは、歴史に刻まれる壮絶な一戦となるだろう。全人類の希望を背負い、イクシスとファルマは無言で合図を交わすと、魔王城の深部へ向けて更に加速していった。


 魔王城を突き進むと通路のあちらこちらから有象無象のスケルトンやアンデットが湧いて来る。ふたりはそれらを走りながら倒してゆく。フロアを一定の距離まで進むと階上へと進む階段が現れる。迷わず上へと駆け登る二人の行く手にどこからか迷い込んだのか、アンデットから攻撃を受けていた哀れな青いスライムを一匹救出した。ファルマは助け出したスライムを腰のポーチに隠すと、何事も無かったかのように先へと進んだ。やがて二人はフロア全体が壮大な広がりを持つ優雅な広間へと侵入する。そこには辺り一面に散ったスケルトンの骨が無数に散乱していた。二人が近づくと、骨は突如浮き上がり、ひとつの巨大なモンスターへと組み変わっていく。ガチャガチャと音を鳴らしながら、骨はみるみる内に巨大なスケルトンキングへと変貌した。あまりにも巨大な体躯に頭部は天井を突き破り、階上へと顔を出す程だった。スケルトンキングの洞穴のような目には青白い炎が宿り、侵入者のふたりを睨みつける。崩れる階段を駆け上り、更に階上へと進んでいた二人は、崩れた床から顔を出すスケルトンキングを横目に見ながら更に上へと駆けてゆく。慌てたスケルトンキングが階下から骨の腕を伸ばし、二人を捕まえようとするが二人はその手をヒラリと躱すと、取り残されたスケルトンキングを無視し、戦う事なく階上へと駆け登ってしまった。イクシスが新たな扉を開くと、その部屋には埋め尽くす程に高く積まれた黄金の塊があった。しかし二人は金塊(インゴット)の山を前にしても眉ひとつ動かさず、部屋の奥へと進む。すると、金塊(インゴット)がガチャガチャと動き出し、巨大な黄金のゴーレムとなった。先程と同じように無視して先に進もうと走る二人に、鈍重そうな見た目に見合わないほど素早く動いた黄金のゴーレムは、イクシスとファルマを潰そうと両手で掴みかかる。巨大な黄金の拳で掴まれ強く握られたなら、人間などひとたまりもない。しかし二人は掴みかかるゴーレムの腕に絡みつくように登ると、そのまま両腕を伝って走った。肩からゴーレムの頭部へ飛び移ったイクシスは、ゴーレムの頭を踏みつけ天上へとジャンプすると、腰の剣を抜き十字に天井を切り裂く。豆腐のようにその壁は切り裂かれ下へと落下していった。降り注ぐ瓦礫を足場にふたりは軽快にジャンプし高く飛ぶ。イクシスの剣は遥か階上まで切り裂き、魔王城を貫通したようだ。そこからは月明かりが進入し、煌めく夜空が微かに見えている。二人は次々とジャンプし、上へ上へと進んでゆく。どれくらい跳んだだろうか、魔王城の最上階へと辿り着こうという頃、突如星空が落ちて来た。いや、よく見るとそれは無数の死神やファントムがこちらへ舞い降りて来ており、その光る眼がまるで夜空の星々の如く見えたのだ。イクシスが再び剣を抜こうとその手を腰に移動するより早く、後方のファルマが神聖魔法を唱えていた。ファルマは高位蘇生魔法である「聖光の癒し」を広範囲高速連射する。この魔法は味方が受けてもダメージにはならないが、アンデット達には即死効果が得られる。イクシスの目前で次々と光の粒になり消えてゆくファントムと死神たち。その間を二人は軽快に上へと進んだ。最後のアンデットが光の粒となり消えた時、二人は最上階へと辿り着いた。そこは何も無い開けた空間となっていた。床はイクシスの剣技により、おおきく十字に斬られてはいたが、それ以外は特に破壊された様子は見られない。部屋の奥に鉄製の扉を発見した二人は慎重に扉まで歩みよると、イクシスとファルマの二人がかりで扉を押して開けた。ギギギと扉は音を立てて開いてゆく。冷気が中からブワーッと吹いてくる。ここと扉の中では気温が十度以上違うであろうか。イクシスとファルマが慎重に扉の中へと入ると、吐く息が白くなって後方へ流れてゆく。部屋の中は光が届かなく暗い。窓が何も無いのであろう。入って来た扉から星の光が進入し、その筋だけが辛うじて見える程度であった。お約束か、入ってきた鉄製の扉がゴスンと音をたてて締まった。世界は暗闇となり、まるで何も見えない。ふたりは完全な暗闇の中を真っすぐ進む。暗闇の中で見えない影が幾つも動くのを感じた。恐らくシャドウであろう。この者達は、暗闇の中でしか生息できないので、少しでも光が存在すると姿を現す事はない。迷宮や洞窟など暗闇に紛れ冒険者を襲う事も稀にはあるが、恐怖によってパニックにならなければ大した脅威ではない。だが、ここに潜むシャドウは違った。二人に絡みついてくるシャドウ、闇そのものがシャドウの正体なのであろうか、イクシスとファルマは剣や手で振り払ってみたが、振り払うその腕が掴まれる。いや、例えるなら水中でもがき溺れている状態に近いかもしれない。影は弐の英雄ファルマの口や鼻から進入し、呼吸を塞ぐ。これでは呪文の詠唱もできない。体内を駆け巡る影はファルマの身体中に染みわたっていく。やがて血管の中にも浸透するシャドウは、ファルマの脳まで進入し、その意識、身体すべてを支配した。壱の英雄イクシスは、呼吸を止め静かに目を閉じシャドウを拒絶する。イクシスがゆっくりと両手を前に出し指で特殊な印を描いた。そして体内のマナを集中し両手で印を結ぶと、意識と呼吸を同調させていく。突如、シャドウにより支配されたファルマがイクシスに斬りかかる。イクシスは暗闇の中で苦も無くその剣を躱す。暫くその攻防が続くが、その間イクシスは無呼吸を続けており、息を止めているのも限界が近いだろう。幾度目かの斬撃を躱した時、イクシスの背中が柱にぶつかり後ろに逃げる事ができなくなった。飛び掛かるファルマの剣がイクシスの頭上に迫り、「ギンッ」という音と共に火花が散る。一瞬イクシスとファルマの顔が闇の中に浮かぶ。ふたりはこの場でじゃれ合う子供のように笑っていた。暗闇に数度となく剣が重なると、響き渡る金属音と共に火花が瞬いた。ファルマの激しい剣戟により後退するイクシスは、部屋を支える太い支柱を背にすると、迫るファルマの剣は容赦なくイクシスを薙いだ。イクシスは斬撃を素早く上へ跳んで躱すと、「ガキンッ」と鈍い音が響き渡り、続けて轟音と共に崩れる柱。何も見えない暗闇の中、止まらないファルマの剣戟全てをイクシスは躱し続けていた。数十分が経過するも、その間一度も呼吸をせず、ファルマの剣を躱し続ける壱の英雄イクシス。暗闇の中に潜み続け二人の戦いを傍観していたシャドウ達は、いよいよ痺れを切らすとイクシスの耳の穴、鼻の穴から再び侵入を試み成功する。しかし、彼の体内は灼熱の太陽のように熱く明るかった。悲鳴を上げて逃げ惑うシャドウたちは、一瞬で燃え尽きていく。命からがら耳の穴より逃れ出て来たシャドウも居たが、それを無造作に掴むイクシス。掴まれたシャドウには訳がわからない。影であるシャドウには実体が無い。何故この男には自分を掴む事ができるのであろうか(?)。考える間もなくシャドウは燃え上がり灰となった。一瞬の炎の明かりに浮かぶイクシスとファルマの二人は無邪気に微笑み、今を楽しんでいた。一方ファルマの身体の中で、支配していたはずのシャドウ達は混乱していた。先程までコントロール下にあったはずのこの女が、今では全く言う事を聞かない。いつの間にかシャドウ達はファルマの中で流れる水に浸り身動きが取れなくなっていた。水の流れは広大な川になり、シャドウ達は次々と流され翻弄される。気付いた時はもう遅かった。押し寄せる奔流がシャドウ達を飲み込み溺れさせると、暗く冷たい水の中へ次々と引きずり込んでしまう。辛うじて水から逃れ出たシャドウは、ファルマの鼻の穴から飛び出すもあっけなくファルマによって掴まれた。(どこから出てくるのよ・・)二度三度シャドウを伸ばしたり縮めたりを繰り返したファルマはグルグルと振り回し勢いをつけてから遠方へ投げ捨ててしまった。その直後、後方からバンッと勢いよく扉が開いた音がし、漆黒の闇がザザーッと中から外へ向かい逃げるように流れ出ていった。広間は相変わらず暗いままだが、先程までの墨汁の中を進むような漆黒と纏わりつく気怠さは無くなっていた。残された二人は剣をしまうと、振り返る事もなく奥へと進む。広間の奥には更に大きな扉がふたつ設置されていた。迷わずイクシスは右の扉に向かい、木製のドアノブに手をかけると扉を押し開ける。同時にファルマは左の扉の中へと進んでいた。敵の策略によって体よく分断されたのだろう。とも思ったが、入ったらそのまま同じ部屋であった。思わず二人がチラリと視線を重ねる。まぁ、同じ壁にある扉から入った訳だし、同じ所へ出るよね、と思うだろうが、床には次元トラップが仕掛けられており、イクシスとファルマはそれぞれ違うエリアへと跳ばされた。イクシスは、眩い光の後に現れた景色に見覚えがあった。この景色は、かつて彼が暮らしていたナディリア大陸の片隅にある風景だ。確か・・彼の十五回目の転生時代に過ごした思い出の我が家である。そこには、愛する妻と息子、娘の三人が、楽しそうに会話をしていた。懐かしい光景に我を忘れたのか、ぼーっと家族を眺めるイクシス。「ぱぱぁ~」と走り寄る可愛い娘と息子たち。「あなた、朝食の用意が出来ているわ。早く席についてくださいな。」と、優しく微笑む妻の顔。あぁ・・・スマン、名前は確か、カーミラ?ローラ?サラだったかな?イクシスは呟く。妻は怪訝な顔を浮かべるが、朝食の用意に忙しいのか、特に気に留める事はない。イクシスは二人の子供を抱き上げると、テーブルの席にそれぞれを座らせ、自身も椅子に座った。目の前には暖かいミルクと焼いたばかりのパンが用意されていた。焦げたパンの香りが食欲をそそる。イクシスは大好きだった目玉焼きとレタスをパンに乗せると、ガブリとかぶりつく。トロリと口の中へ流れる甘い味。その素朴なおいしさにイクシスの目にキラリと涙が溢れる。二口、三口とかぶりつく。そんな様子を見た妻が、カップの中の減ったミルクを補充してくれた。「どう?あなた、その卵美味しいでしょう?今朝にニワトリ小屋で摂ってきた新鮮な卵なのよ。」と、美しい妻が微笑みながらイクシスに言う。少しの間、食事を貪るイクシスを黙って見つめていた美しい妻は、子供たちの支度をするため再び立ち上がると、驚愕の表情へと変わった。ふくよかなその胸にはテーブルの上に置いてあったパンを切るためのナイフが深々と突き刺さっている。子供達の悲鳴と共に仰向けに倒れる妻、駆け寄る子供達。イクシスは構わずパンを食べ終わると、助けを求める子供達に声を掛ける事もなく家の扉から出ていった。彼は飲んでもいないミルクが()()()()()違和感を見逃す程愚かでは無い。「・・・・・。」イクシスは眉ひとつ動かす事はなかった。一方ファルマは一回目の人生である三千年前の世界へと跳ばされていた。見覚えのある景色はとある宿屋の一室で、そこはファルマの部屋だった。こじんまりとした部屋の中を隅々まで見渡すと、綺麗に片付けられてはいたが、少々埃っぽく、鼻に微かな刺激を感じていた。彼女(ファルマ)は、後に勇者ヴィヴァリス率いるパーティーの一員として活躍する事になるが、修道院で治癒魔法を学びつつ、父が残した魔法書を独学で解読し、数々の攻撃魔法、補助魔法を習得するに至っていた。割と控えめな性格のファルマだったが、突然現れたエキストラという名の魔術師にしつこく勧誘され、勇者パーティーの一員となる。その魔術師(エキストラ)が言うには、これから数日後に魔人率いる魔族の軍勢が、ここナディリア大陸へと押し寄せて来るらしい。恐ろしい魔族達が大軍で国を攻めてくるのに、私が何の役に立つのでしょうか?ちょっとだけ人より魔法が得意なだけの自分に、出来る事なんて限られているのに。本当にこのパーティーに私が必要なのであろうか?当時何もわからないファルマは真剣にそう思い悩んだものだ。ファルマがふと視線を窓の外に移すと、下では稽古をするヴィヴァリスが汗を流していた。その様子を部屋の中から眺めていたファルマは、窓枠に少しだけ積もった埃を見つけると、窓を開けて埃をそっと指で拭き取った。彼女は「ふぅっ」と指についた埃を息で飛ばす。埃は風に吹かれどこかへと舞っていった。すると突如ドアを叩く音がし、続けて少年が朝食の用意が出来た事を伝えてくる。ファルマは少年に聴こえるように大きな声で「すぐにいくわ。」と返事を返すと、「朝食が冷めるので早く降りて来てください。」、とだけ言葉を残して去っていく、少年の足音が聞こえた。少し埃っぽい匂いも、少年の足音も、窓の外から見る景色も全て現実と何も変わらなく、ファルマはいつの間にか過去の記憶が現実となりつつある錯覚を覚えていた。支度を済ませたファルマが階下へと降りていくと、そこには記憶と同じ少女と少年が私を呼んでいた。私の記憶が正しければ、この後二人から私へ花冠をプレゼントしてくれるのだ。まだ勇者パーティーとして活動を始めたばかりの頃、ナディリア大陸の端にある小さな村を拠点とし、修行を兼ねて暮らしていた時期があった。その頃にお世話になっていた宿屋『星見小屋』を営む夫婦の子がその少年と少女だった事を今でもはっきりと覚えている。上の子は名前をシャオと言い、妹の名前はララと言った。ファルマが16歳の誕生日を迎えた昼下がり、午後の陽射しが柔らかく降り注ぐ中、ララは丁寧にシロツメクサを摘み取っている。ララの持つバスケットには茎を長めに摘み取ったシロツメクサが満たされていた。それが上手に花冠を作るコツだと兄が言っていた。沢山のシロツメクサを摘んだララは、嬉しそうに宿屋に走って戻ると、子供部屋へと入っていく。本を読みララの到着を待っていた兄のシャオは、飛び込んできたララの頭を優しく撫でると、シロツメクサが入ったバスケットを受け取った。兄はキラキラと瞳を輝かす妹を前に、花の茎を十字に重ねると、繊細な指でクルクルと輪を作り茎を通した。シャオは器用に二本三本と茎を重ねて絡めると、あっという間に16本のシロツメクサで花冠を編み上げた。(今日はファルマの誕生日、仲間や宿屋のみんなが私を祝ってくれる。そして次の日から旅立つんだよね・・・。)稽古に励むヴィヴァリス達を眺めながら、感傷に浸り木陰に座るファルマ。その背後からそっとララが近寄ると、小さな体で目いっぱい背伸びをし、伸ばした腕でそっと花冠をファルマの頭に乗せてくれた。すると、一斉に拍手が響く。ヴィヴァリスも、エキストラも満面の笑みで祝ってくれた。とても嬉しくて、嬉しくて、ファルマはいつの間にか泣いてしまった。シャオとララを引き寄せると、「ありがとう。」二人に感謝の言葉を言いながら、ギュッと抱きしめた。子供たちを抱きしめていたファルマの身体が突然発光を始めた。その輝きはこの世界を消し飛ばすほどに明るく眩しい。慌てるヴィヴァリスとエキストラが必死に私を止めようとしている。しかし輝きは更に強くなって子供たちも宿屋も全てが白い光にかき消されてしまった。何もない真っ白な世界に取り残されたファルマ。彼女が泊まっていた宿の部屋に落ちていたホコリの量が普段より多かった。綺麗好きな彼女がそんなミスをするわけがなく、ファルマはその違いに気付けるやばい女だった。・・・・・魔王城内へと同時に戻ってきたイクシスとファルマは、そろって部屋から廊下へ出ると、無言のまま奥へと進む。このフロアにはいくつも同じような部屋があり、入っては出てを繰り返していた。どうやら二人は螺旋状構造になっているフロアの中心へと向かっているのだろう。真っすぐに走り抜けていく二人。迷路のように長く続く狭い通路を進んでいると、いつの間にか周囲の壁や天井はクモの巣だらけになっていた。足を止めたファルマが前面のクモの糸に触れてみると、それはまるで鋼鉄のワイヤーのように硬く鋭い。勢いよく触れれば肉が削げてしまいそうだ。糸に付着する粘液は強力な粘着質で、ふたりの動きを止める程に体にまとわりついていた。突如狭い廊下の奥から動物の叫び声が複数聞こえ、こちらに向かって来る気配があった。素早く身構えるイクシスとファルマの元へザザザッと走ってくる音の正体はバスケットボールのように飛び跳ねてくる巨大な人食い鼠「キラー・ローダン」の群れであった。キラー・ローダンは人喰い魔獣として恐れられており、廃墟や地下水路などに生息している。夜間になると集団で行動し、迷い込んだ村人や冒険者を襲い喰らう。一度襲われれば骨になるまで食い殺されてしまうのだ。英雄達まであと数メートルの距離まで迫るキラー・ローダンの鋭い牙がギラリと光る。イクシスとファルマはクモの糸に絡まり思うように身動きが出来ないが、なんとか剣を抜いて身構える。ついに先頭を走っていた一際大きな一匹が叫ぶと同時に飛び掛かってきた。その時、突如側面の壁を突き破り巨大なモンスターが現れた。そのモンスターは体ごとキラー・ローダンの群れに突撃すると、英雄たちへ襲い掛かろうとしていた巨大鼠キラー・ローダンを次々と突き飛ばし、口から糸を吐いて絡めていく。複数の輝く赤い目には狂気が宿り、向かってくるキラー・ローダンには素早く噛みつくと、牙の猛毒であっという間に麻痺させてしまった。巨大モンスターの正体は魔獣「ジャイアント・スパイダー」で、迷宮のラスボス的存在でもある。しかもこのジャイアントスパイダーは伝説の「アラクネ・ナイト・ヴェイン」だった。脅威のSS級と伝えられている。完全魔法耐性と牙の猛毒による攻撃が特徴で、その個体数も希少な事から討伐例は過去の一度も報告されていない。一瞬で獰猛なキラー・ローダンの群れを壊滅させたアラクネ・ナイト・ヴェインは、次に英雄達の方へと振り向くと、ジワジワと距離を詰めてきた。巨大スパイダーの俊敏な動きならば、瞬きよりも早く二人に飛び掛かり猛毒を打ち込む事など造作もない。ましてや自由が利かない今の二人では避ける事も困難であろうか。しかしSS級モンスターを前にしても慌てる様子を一切見せないイクシスとファルマ。剣を構えて身動きしないイクシスとは対照的に、ファルマは剣を鞘にしまうと、パチン、パチン、パチンと規則正しく六芒星を描きながら指を鳴らし始めた。六度鳴らし終えると、目の前に青白い炎が六つ発生し、冷たく揺らぐ。「Ignis, !(イグニス、) obediatur(オベディアトゥル・) voluntati (ヴォルンタティ・)meae(メアエ)!」ファルマがそう呟くと、冷たい炎は分散し周囲の糸へと燃え移る。炎はあっという間に鋼鉄の糸を()()し《・》ながら燃えていく。やがて青白い炎は巨大スパイダーまで到達すると、魔獣アラクネ・ナイト・ヴェインは悲痛な叫びを上げた。完全魔法耐性であるはずの魔獣ーアラクネ・ナイト・ヴェインが一瞬にして青白い炎に包まれる。魔獣の複眼が何度も輝き、魔法を打ち消そうと試みるが青白い炎は一層強く燃え上がる。アラクネ・ナイト・ヴェインは苦しみ悶えながら、成す術無く凍りついてしまった。廊下のあらゆる場所へ張り巡らされていた鋼鉄の糸とキラー・ローダン達の死骸、それら全てが凍りつくと、やがて燃えて塵になっていく。一部始終を静観していたイクシスは手にしていた剣を鞘に納めると、ファルマによくやったと親指を立てる。ファルマは首を傾げ、大した事はないと返す。そして二人は凍りついたキラーローダンの群れが塵となるその間を抜け再び走り出した。二人の背後では塵となって消えていく哀れなアラクネ・ナイト・ヴェインと静寂だけが残されていた。通路を暫く進み、八段ある階段を上がると、其処から先は開けた空間になっており、部屋の中央には禍々しさが漂う扉が一つだけそこにあった。扉へと近づくと、それは幾何学模様と無数の円で造られているのがわかる。その扉をくぐれば古の魔王へと辿り付くのであろう。その証拠にそこから漂う空気はイクシス達も感じたことが無い程の張り詰めたものであった。二人が扉の前に立つと、扉は変形を始め誘うように空間を作りだす。そこから垣間見える景色は草原や海原、山間から空へと変化している。そこには見た事もない動物や種族が暮らし、機械の街や巨大な戦艦が大挙して宇宙を飛び交うそんな世界も見えた。二人は躊躇う事なく扉をくぐると、禍々しい扉は消えてなくなってしまった。扉を潜っても変わらず魔王城の中であるのは感覚で感じられているが、そこは先程の何もない部屋とは違い、代わりに周囲の壁や天井の至るところに古の神々が描かれた神々しい空間へと変わっていた。二人が数歩先へと進むと、突如ファルマの腰のポーチが揺れ、中から小さな青いスライムが飛び出してきた。このスライムは、魔王城に侵入してすぐの、最初のフロアでスケルトン達に殺されかけていた所をファルマが助け出したあの小さな青いスライムだった。スライムはポーチの中で身を潜めながら今までずっと隠れていた。そして助けられた振りをしながらファルマのポーチの中でずっとチャンスを窺っていたのだ。英雄達が隙を見せればいつでも飛び出し喰らい溶かしてしまう算段でいた。しかし、いつまで経っても隙を見せない英雄達に業を煮やしたスライムは、ついに飛び出してしまう。驚いた表情を浮かべるファルマをよそに、一般的な人型で美しいとされる成人女性へと変身していく。(人間の雄は美しい雌に惑うものだ)しかし衣服の擬態をせず、一糸纏わぬ姿で変身したのは青スライムがモンスターであり、人間の営みを理解できなかったからだ。ファルマは目を背けながらも慌ててイクシスに見てはダメと後ろを向かせてしまった。狡猾なスライムはその隙を逃さなかった。全裸女性(スライム)の両腕を一瞬で剣に変形させると、目を逸らしているファルマに斬りかかる。ファルマのマントに切っ先が到達した瞬間、後ろを向いていたはずのイクシスがファルマを庇い引き寄せ躱した。「よく躱したな・・」悔しそうな全裸女性(スライム)は距離を取ると、全身に無数の口を出現させる。「これならどうかなぁ」ニヤリと笑う多口は様々な魔法を詠唱し始めた。スライム女子の全身から放たれる多重詠唱は凄まじく、魔法を凄まじい速さで連発してくる。しかしファルマとイクシスは小さな丸い盾とマントだけを駆使し軽々と魔法を防いでしまうと、魔物は悔しそうに歯軋りを始めた。そして無数の口がニヤリと笑うと、ぐにゃぐにゃと再び変身を始め、この魔物本来の姿である「アンブロシア・スライム」へと変身した。それはスライムの進化最終到達地点であり、不死の存在でもある。かつて神々がこの地に君臨していた頃、アンブロシア・スライムは不死の魔物であるが果物(デザート)であり、重宝されていた存在でもあった。古の神々に供物として身体の一部を提供していたのだ。アンブロシア・スライムの特殊能力は体内に取り込んだ生物の生命を吸い自身の命へ転換する事が可能で、取り込んだ魔族以外の種族を魔族へと記憶ごと変身させる遺伝子組み換えもできる。アンブロシア・スライムは不死であるが故どんなに切られても燃やされても死ぬ事はない。どんな相手であろうがその体内へ相手を取り込めば負ける事など決してありえない。この間抜けな人間の英雄二人もそのまま体内へと取り込み、溶かしてしまおうと襲いかかった。素早くアンブロシア・スライムの攻撃を躱したイクシスは、抜いた剣に魔法炎を纏わせると、勇者ビヴァリスが転生を繰り返し三千年をかけて練り上げた剣術、灼炎剣武(しゃくえんけんぶ)の奥義、「無限刃舞・終の型」絶技「幾星連断・追憶」を繰り出した。幾万の星を断つこの剣筋は、一瞬でアンブロシア・スライムを数万の細切れにしてしまった。切り口は魔法炎によって薄く燃え、米粒ほどのスライムは再生することができず燃えていく。それらを黙って見ていたファルマは、(おもむろ)にポーチの中から小瓶を取出すと、鼻歌混じりに小さくバラバラに刻まれたスライムを素早く拾い集めてはガラスの小瓶へと入れていく。その小瓶は異次元収納が可能であり、拾い集めた大量のスライム全てが収まってしまった。(後で美味しくいただきます♪)小瓶の中でひとつに戻った青いスライムがそこから出せと騒いでいるが、ファルマは何事も無かったように小瓶に蓋をすると、ポーチの奥へ大事そうにしまった。ファルマは小走りでイクシスの元へ戻ると、共に部屋の奥へと歩みゆく。遂に二人が古の魔王が待つ扉の前まで来ると、そこには巨大な地獄の番犬が眠っていた。近づく二人の気配を察知し、地獄の番犬ケルベロスがむくりと起き上がる。地獄から抜け出したと言われる魔獣の大きさと威圧感は圧倒的な迫力である。イクシスが剣を取ろうと動いたその時、ケルベロスは既に上空へと移動し、三つの口から獄炎を放った。この炎は一度燃え移ると、それが燃え尽きるまで決して消える事はない地獄の炎だ。イクシスとファルマは左右へと跳び躱すが、獄炎は床に当たって跳ね、周囲へと飛び散った。消えない獄炎は床も壁も焼き、一気に周囲は炎に包まれる。全てを燃え尽くすまで決して消える事はない。それはこの魔王城とて同じだ。しかし、魔王城は古の魔王が存在する限り永遠に在り続ける。となれば、この城は永遠に消えない業火の城となるのであろうか。獄炎はやがてこの大陸全てを燃やし尽くし、やがてこの世界全てをも焼き尽くすかもしれない。イクシスとファルマにとって獄炎など大した問題でもないが、後でいろいろ問題になると困るので取り合えず消して置こうか。ファルマが天に向かって祈ると、室内なのにどこからともなく雨が降り注ぐ。地獄の業火が通常の雨で消えるはずもなく、ケルベロスはニヤリと笑いながら降り注ぐ雨を蒸発させるほどに獄炎を強く撒き散らした。イクシスとファルマは渦巻く獄炎を紙一重で避けながらケルベロスへと徐々に近づいてゆく。刹那、ケルベロスがその図体に見合わない程の速度で二人を嚙みちぎる。が、それは残像であった。次の瞬間には高く跳んだ二人がケルベロスを左右から挟みこんでいる。二人は空中で剣を抜くと、そのまま横へ薙ぐ。ゆっくりとケルベロスの二つの首に筋が入り、ズレ落ちていく。イクシスとファルマはケルベロスの首を意図も簡単にく()ねてしまった。ゴトリと床に転がるケルベロスの首がふたつ。残された中央の首は怒り狂い、尚も獄炎を吐き出し攻撃を繰り返す。イクシスは炎を躱しながら高く上へと跳ぶと、剣を下に向かって払った。そのまま真っ二つに割れるケルベロス。同時にファルマが神聖風魔法を唱えると、噴き出すケルベロスの血が空へと舞い上がり、天より降り注ぐ雨に混じって燃え盛る獄炎を消してゆく。やがてファルマが降らせた雨が止むと、そこには何事も無かったように静寂が戻っていた。(決して消えない獄炎も、ケルベロスが放つのだから、その血で消火すれば良いだけさ。)雨の中しばし黙って見つめ合っていた二人の背後から、突如斬り落としたケルベロスの二つの首が、イクシスとファルマに向かって動きだし襲い掛かった。完全に虚を突かれた二人はケルベロスにその身体を噛まれてしまう。イクシスは咄嗟に反応し、ケルベロスの咢を両手で抑え噛まれるのを防ぎはしたが、咢の力は凄まじく、イクシスをもってしても抑えるだけで必死である。一方ファルマは上半身を噛まれダラリと首を下げて動かない。首だけになった二頭のケルベロスは目から血を吹きだたせ、最期の力を振り絞った。イクシスを凄まじいまでの力で咥えたケルベロスの首は、そのまま魔王の部屋の扉まで突き進むと、そのまま扉へと正面からぶつかっていった。イクシスはケルベロスに咥えられたまま扉に激突し、背中を強く打ち付ける。「ぐはっ」咢を抑えていた腕が軋む。「うぉぉぉぉっ!」イクシスは叫び、全身の筋肉に力を込める。ミシミシと音を立ててケルベロスの口が裂ける。バンッとケルベロスの咢は裂かれ目が飛び出すとそのまま息絶えた。血塗れになり肩で息をするイクシス。ファルマを咥えたまま振り回していたもう一つのケルベロスの首は、ぐったりとしたファルマを咥えながら全力で魔王の扉へと駆けていくと、そのまま勢いよく頑丈な扉へぶつかりグシャリと潰れた。扉や床には潰れたトマトのように肉片が飛び散り、血だまりだけが残されている。しかしそこにはファルマの姿は見当たらない。美しかったファルマの原型がわからないほどに潰れてしまったのであろうか・・?すると影から死んだはずのファルマが音もなく近寄って来た。彼女はケルベロスに噛まれる瞬間身代わりの術を使い安全な場所へと移動していたのだ。ケルベロスは文字通り犬死にだった訳だ。イクシスが安堵すると今暫(いましがた)ケルベロスの首が激突した魔王の部屋へと続く扉がスゥーッと音も無く開いた。その扉は、何千年もの間開いた形跡すらなく、降り積もった埃がふわりと舞った。ファルマは横に居る血塗れた姿のイクシスを見かね、すぐさまクリアの魔法を唱えると、フワフワと光の粒が二人を包む。粒は二人を包むように渦を巻いて回転を始める。粒が赤や黒く染まり地に落ちていく。全ての粒が床に落ちると二人の汚れは綺麗に落ちて衣服も新品のように輝いていた。不思議とハーブの香りも漂う。(ファルマの好きな香りをトッピングで・・らしい)さっぱりした二人が魔王の部屋へと侵入すると、その部屋は大きな天窓から星空の光が降り注ぎ、思った以上に明るかった。不思議なまでに荘厳な気配が漂っている。特に魔物の気配もなく、動く物もない。足元には赤い絨毯が入口から奥へと向かって敷かれ奥へと続いている。その先は高い天井から吊り下げられた重厚なカーテンで閉ざされており、その奥から隠しきれない魔力が感じられる。恐らくカーテンの向こうに古の魔王が居る事は間違いないであろう。二人が慎重に歩を進めると、左右に設置された悪魔の石像がガタガタと震えだす。その石像には角や羽があり、手には三叉の槍を持つガーゴイルだった。恐らくこれが最後の守護者(ガーディアン)となるのだろう。その強さは計り知れないが、相手にとって不足はない。身構えるイクシスとファルマの視線の先で、ただの石像だったガーゴイルに生命が宿る。禍々しさを顕現したかのような二体のガーゴイルは、二人の英雄を睨みつけると物凄い声量で吠えた。空気が震えて暗黒城が軋んでいる。ビリビリと肌に伝わる威圧は英雄達に緊張をもたらせるに十分だった。それは今まで出会ったどの魔物よりも凄みがあり、壱の英雄イクシスですら肌がひりつく感じを覚えていた。ここに至るまで数々の伝説級モンスターを軽々と撃破してきた英雄のふたりが、ここへ来て初めて険しい表情を浮かべる。イクシスがガーゴイルに意識を集中させたその時、二体の悪魔(ガーゴイル)は視界から消えた。速い、今までの魔物とは桁違いの速さだ。ケルベロスも早かったが、イクシスには余裕で目で追える程度の速さであった。しかしこのガーゴイルは違った。イクシスとファルマの目の前で本当に消えた。咄嗟にしゃがみ前転で回避行動を取るイクシスとファルマ。同時にドーンという破壊音が遥か向こうの壁から聞こえてくる。ガーゴイルの攻撃が衝撃となって向こうの壁に激突したのであろう、大きな粉塵が巻き上がっているのが視界の片隅から見える。すぐさま態勢を立て直した二人は素早く腰の剣を抜くと、未だ姿の見えないガーゴイルの気配を追う。「!!」頭上から二体のガーゴイルが襲い掛かる。イクシスとファルマは気配だけでそれを察知し、丸盾を頭上へと構え防御する。イクシスに飛び掛かってきたガーゴイルは鋭い鉤爪で盾を鷲掴みすると、見た目以上の腕力でイクシスを振り回す。全身の力を込めガーゴイルに抗うイクシスだが、その合間にも牙や鉤爪で襲い掛かるガーゴイル。その鋭い牙や鉤爪で人間を切り裂くのは、紙をナイフで切るように容易い事だろう。右へ左へとガーゴイルの攻撃を辛うじて躱していたイクシスだが、その目の光は消えていない。手も足も出ないかに見えたその実、密かにガーゴイルへの攻撃タイミングを計っていた。尚も鋭い牙をガチガチと鳴らしながら執拗に噛みつきを繰り返していたガーゴイルは、掴んだ盾を力一杯振り回した。一瞬バランスを崩したイクシスの喉元を食い千切らんと大きな口を開けて飛び込んでいくガーゴイル。しかしイクシスはその一瞬のタイミングを逃さなかった。バランスを崩したかに見せ、誘ったのはイクシス。一際大きな口を開けて飛び掛かって来たガーゴイルの口の中へと素早く剣を突き立てた。その剣がガーゴイルの喉元へと深く突き刺さるかと思われた瞬間、それも全てガーゴイルの誘いだった。ガーゴイルはイクシスの剣を鋭い牙で軽々と咥えて止めると、首を振り回して剣を奪い取ろうと暴れ回る。別のガーゴイルと交戦中だったファルマは、イクシスのピンチを見ると初級魔法のファイヤーを数十発無詠唱し援護した。初級魔法のファイヤーならば発動までの初動が速い。それに数十という炎を束ねればそれは既に上位魔法に匹敵する威力となる。しかしそれをほぼ無詠唱で同時にて発動させるのは英雄十傑の弐ファルマだからこそ可能であるのだ。収束された炎は渦を巻き鋭い槍となり、尚もイクシスに纏わりつくガーゴイル目掛けて突き進む。魔法が当たる寸前にガーゴイルは上へと飛びのき回避すると、そのまま高い天井へ張り付いた。恐ろしいまでの身体能力も見せるガーゴイルである。ファルマの意識がイクシスの方へと向かったことで、彼女に隙が生じてしまう。ファルマの盾を掴んでいたガーゴイルは彼女を力任せに投げ飛ばした。ガーゴイルの腕力に今まで耐えていた事すら不思議だったファルマだが、一瞬にして数メートル投げ飛ばされると、何度も床へと叩きつけられる。ドン、ドン、ドン、と数度バウンドしながら後方へと転がり続けるファルマは、その勢いを殺さず回転すると、猫のようにバランスをとって床に着地した。しかし、この魔王の部屋の床や壁は今まで通って来たどの部屋の物とも違い強度が高く、とても硬かった。ファルマは体中の打ち付けた箇所に強い痛みが走るのを感じていた。ファルマを投げ飛ばしたガーゴイルは、ニヤリと笑うと追撃のため走りだすが、それをイクシスが剣で制して阻んでいた。(ふーん、まぁまぁやるじゃない)小さく呟きながら立ち上がったファルマは、イクシスとガーゴイルに向かって歩を進めながら詠唱を始める。「Corporis(コルポリス) Fortitudo(フォルティトゥード) et(エト) Accelerat(アクセララテ)io(ィオ)」身体強化の詠唱だ。ファルマは元々補助魔法が得意であった。光のベールに包まれたファルマが突如歪むと残像となった。その場すべての視界から彼女が消えた事を誰もが悟ったその時、イクシスの脇を一陣の風が通り抜けた。突如ファルマを襲ったガーゴイルが遥か向こうの壁まで一度も着地する事なく吹き飛んでいった。ドーンという音と共に壁にめり込む程に激しく背中を打ち付けられたガーゴイルは、口から液体を吐きだすと、そのまま前のめりに倒れ込む。一瞬意識を失ったガーゴイルだったが、思い出したように衝撃が津波のように全身に伝わると、あまりの痛みに床の上を転がりのたうち回った。一方イクシスは、目の前から吹き飛んでいったガーゴイルには目を向けず、天井に張り付いたままのもう一体のガーゴイルを見上げていた。天井に張り付いたガーゴイルは、暫くこちらの様子を窺っていたが、天井をまるで床のように素早く移動している。イクシスは何か閃いたのか、装備していた丸盾を左腕から外すと、ブーメランを投げるように天井を移動していたガーゴイル目掛けて投げつけた。ガーゴイルは迫る盾を避けるため天上から支柱へと飛び移るが、イクシスが投げた盾はガーゴイルの動きを先読みしていたように大きな弧を描きながら柱に捕まるガーゴイルの腹に命中しめり込んだ。グワァッと叫びながら床へと落下するガーゴイル。ドンと床に落ちると苦しそうにもがくが、致命傷にはなっていないようだ。怒りの表情で立ち上がる二体のガーゴイル。いつの間にかイクシスの隣に戻ってきたファルマは互いに背中を合わせると、ゆっくりと前と後ろから迫り来るガーゴイルを凝視する。吠えるガーゴイルから一瞬でも目を離せば喉元を鋭い爪と歯で食い千切られてしまいそうだ。ジリジリと距離を詰めてくる二体のガーゴイル。チリチリと緊迫した時間が過ぎていく。態勢を低くし、顔のやや下で剣を身構える英雄達(ふたり)。恐らく勝負は一瞬で決まるだろう。この場の時間がゆっくりと進んでいるように長い時間を体感していた。両者に緊張が走る中、ひび割れた天窓の硝子の破片が静かに音もなく落ちてきた。・・チャリン・・破片はそのまま床に落ち、跳ね上がる。その瞬間、時は加速した。電光石火、二体のガーゴイルの姿は消え去った。たった一度の跳躍で数メートルの距離を詰めると、大きく開いた咢に生える鋭い鋼鉄の牙が彼らの喉元を喰い千切ぎらんとした・・・ガチンッと咢を閉じると、噛みあう牙が発する金属音が鳴り響く。イクシスとファルマは寸前の所で互いの背中を軸にし、迫るガーゴイルを左右へと回転し躱す。ガーゴイルの攻撃を紙一重で捌いた二人は、回転の勢いをそのまま利用し力一杯に剣を薙ぐ。ガチンっとガーゴイルの牙が噛み合ったその時、ガーゴイルの口へ深く刺さった二人の剣は首から胴まで切り裂いていた。牙を噛みしめた音が部屋中に響き渡った瞬間、二体のガーゴイルは受け身も取らずにそのまま床へと崩れ落ちていた。魔物は口から腹にかけて真っ二つに切り割かれ死んでいる、まさに決着は一瞬だった。三千年の悠久の時を転生しその間強さのみを追求してきた英雄達だから勝てたのだろう。その積み上げた経験が勝利をもたらしたのだ。二人は抜いた剣を慣れた手つきで鞘に戻した。正直ギリギリのタイミングだった。一歩タイミングがズレていれば噛み裂かれていたのはイクシス達だったかもしれない。死んで石像に戻っていくガーゴイルの死体を横目に通過して更に先へと歩を進める二人。イクシスは投げた盾を拾うと、広間の奥へと無言で進む。広間の奥は重厚なカーテンで区切られており、その先には「古の魔王」が待ち構えている。広間を区切る重厚なカーテンは7mはあるだろう高い天井から吊るされており、その厚みは30cm以上はある。布製といってもこれだけの大きさである、その重さは相当なものだ。幾重にも織りなすしゃの構造は、ひと目でそれがただの布ではないと悟らせる。イクシスがカーテンに手をかけ横へずらそうとするが、まるで重く気配がない。ファルマが魔法を使用しカーテンを焼こうと試みるも魔法を弾いてしまい、まるで傷が付かない。…(厄介だな)。イクシスが剣を抜き斬ってみても斬撃を吸収してしまう。古の魔王へと辿り着くまでの最難関なポイントがまさかカーテンだとは流石の二人でも考え及ばなかった。分厚いカーテンの前でイクシスが思案に耽っていると、隣でカーテンの中央部分に描かれた五芒星に注視していたファルマが、星の頂点部分に三本の鉤爪が彫刻されているのを見つけていた。五角のうち三つに鉤爪の装飾がされているので他の2か所にも鉤爪が付いていたに違いない。何かを閃いたファルマは、向きが異なっている鉤爪を五芒星に合わせて変更するようにイクシスへ指示を出した。イクシスが慎重に鉤爪の向きを回すと、ガチャリと音を立てて鉤爪は回った。ファルマの言う通りにすべての鉤爪をいろいろと回してみたが、ガチャガチャと音を立てるだけで特に変化は見られなかった。五芒星の角は五つだ。三つだけでは機能を果たさないのだろう。(残りの二つは・・・)死んで石像に戻ったガーゴイル二体の鉤爪に違いない。そう確信したファルマはイクシスに床に転がる石像の元へと急いで戻り、鉤爪を取って来るように言う。イクシスは言われるよりも早くガーゴイルの元へ戻ると剣を抜き二体の鉤爪を簡単に斬り落とした。イクシスは急いで元居た場所へと戻ると五芒星の開いている部分にはめ込む。完成された五芒星は輝きだし、カーテンの内部に吸い込まれていく。特に危険な罠などは仕掛けられてはいないようだ。すると城の奥深くからゴウンゴウンと巨大な機械が回る音がし、カーテンが上へと巻き上がってゆく。全てが巻き上がるとガシャンという音と同時に停止した。床の赤い絨毯は更に先まで続いていた。絨毯は階段へと続き、最上段に鎮座する玉座から「古の魔王」がこちらを見下ろしている。…………はずだった。しかしそこには居る筈の不死者の王の姿はどこにもなく、代わりにドクン、ドクンと脈打つ大きな心臓だけがちょこんと座っていた。英雄十傑最強の壱と弐であるイクシスとファルマ。彼らの長い永い人生の経験を合わせてもこの展開は予想の斜め上を遥かに超えてしまった。二人は魔王の玉座へ慌てて走り寄ってはみたが、間近で見ても荘厳な玉座の主人は脈打つだけの心臓のみであった。どうしたものかと見つめ合うイクシスとファルマ。ここまで来て結局これが古の魔王の正体だとでも言うのか?人の世界に語り継がれる伝承には、古の魔王は不死者として言い伝えられている。確かに不死であれば心臓のみで生きていても不思議ではないし、辻褄も合う。何やら考え込んでいたファルマは、とりあえず心臓を聖女の元へと持ち帰り、その後判断する事にするべきと提案した。イクシスはやむを得ず提案を飲む事にし、ドクドクドクと一定のリズムで脈打つ心臓を掴み取った。その時二人の背後、暗闇からクククと笑う声が聴こえてきた。カツン・・カツン・・・・と王の間に響く足音。その相手は背後からこちらへと徐々に近づいて来る。イクシスとファルマは異様な圧を感じ取ると無意識に剣を握りしめていた。(・・・この圧力は、かつてどこかで・・・)




 流石の英雄達でも理解不能な状況に陥り、とりあえず生きている心臓を持ち帰り、聖女に任せてみる事にする。

イクシスが脈打つ心臓を手にしたその時、背後の暗闇から「ククク」と笑う声が聴こえてきた。

カツン・・カツン・・・・と王の間に響く足音。

その相手は背後から徐々に近づいて来る。イクシスとファルマは異様な圧を感じ、自然と剣を握りしめていた。ふたりの背中には冷たい汗がびっしょりと濡れているのがわかった。 近づいてきた音の正体が、星明りに照らされその姿を現した。

 その姿はかつて三千年前に六大陸同時侵攻を企てた魔人flowそのものである。二人は三千年前のナディリア大陸でその姿を目視で確認しており、醜悪なその姿は今でも二人の脳裏に焼き付き忘れないでいる。

クククと喉から不気味な笑い声を発し近づくflowに、握っていた心臓がガタガタと震えだした。まるで魔人を恐れているかのように小刻みに震えている。

それを見たイクシスとファルマは全てを悟った。恐らくこの魔人が古の魔王を切り刻み、死なない様に心臓だけ残したのであろう・・・。やばい、この状況は最上級に危険だ。イクシスは持っていた心臓を腰にあるポーチの中に収納すると、ファルマに目で合図を送った。階段上から下にいる魔人目掛け同時に飛び掛かる!しかし魔人flowは両手を前に出すと、いとも簡単にイクシスとファルマの剣を受け止めてみせた。

 

 白銀で作られた剣は魔物を切り裂き、その再生を遅らせる。対魔族用の特別な代物だ。しかしふたりの剣を左右片手で軽々と受け止めた魔人は、その手で剣を砕こうとばかりに握りしめる。負けじとイクシス達も剣に力を込めるが、魔人は全く動かない。

 暫く硬直の時間が過ぎると、神聖魔法の詠唱を始めていたファルマによって、二人の剣が煌めき、震動を始める。ファルマが魔法で武器に魔法付与(エンチャント)したのである。ブゥーンと剣は唸りをあげ、剣を掴んでいた魔人の指を全て斬り落とした。指を落とされた魔人はヨロヨロと数歩下がりながらブツブツと詠唱を始めていた。

聖女フィリアが真・聖魔法を詠唱する時に使用する天啓真言に似た発音で人間には理解できない言葉を発する魔人・flow。

詠唱に気を取られる今がチャンスであり、その一瞬の隙をついて魔人の頭上目掛けて右上から剣を振り下ろすイクシス。魔人は左へギリギリのタイミングで躱すが、振り下ろした剣は魔人・flowの右角を斬り落とした。そのまま振り下ろした剣を避けた魔人を追って力任せに上方へ剣を薙ぐ。あまりの力技にイクシスの身体が軋むが、歯を食いしばり全身の力を駆使して魔人の身体を斬った。ガィィィ・・ィィィ・・ン・・金属を弾く音がフロアに響き渡る。

あと数ミリと言うところでイクシスの剣は何かに弾かれ、魔人へと届く事はなかった。瞬時に詠唱を終えた魔人・flowの周囲には、見えない刃が高速回転し防御していた。よろけるイクシスに魔人はクククと笑い、更に高速詠唱を終える。魔人の背後に暗い穴が無数に開き、その中から現れた鋭い螺旋形状の槍が無数にイクシスに向けて放たれていく。

シュンシュンシュンと音を立て襲い来る槍をイクシスは躱しながら、避けれない槍は盾で弾き返していた。襲い来る槍を躱しつつ後方へと下がり距離を取る。

 

 ファルマは自身へと補助魔法の身体強化、時間加速、魔法耐性の三つを重ね掛けすると、魔人への死角へ瞬時に移動し、そこから雷撃魔法を連発する。雷撃は魔法の中でも一番速度が速く、避けられない。それをファルマの加速された状態で死角から連発すれば、避けれる相手などいないであろう。

魔人は避けることすらせず、全ての雷撃を直撃した。ファルマは油断せず次の詠唱を始めているが、雷撃が直撃したはずの魔人はゆっくりとこちらへ近づいて来ていた。

魔人の周囲には見えない刃が高速で回転し鉄壁の防御をなしている。魔人が移動するとその空間がポッカリと抉り取られていく。魔王の間の硬い床や壁も一瞬で削り抉られ、魔人の周囲は常に360°円形の空間が出来ている。

とんでもなく規格外の化け物に戦慄を覚えるイクシスたち。


 今更ながら二人だけで先行した判断を悔まずにはいられない。聖女の恩恵なき今、魔人を屠る一撃は見つからず、打開の糸口すら掴めないでいる。最悪ふたりの命を賭してこの魔人を討ち果たせれば御の字だが、このままではただ死に行くだけになりかねない。


 高位神聖魔法をファルマが詠唱し続けている。しかしその状態であの魔人が仕掛けて来たら反応できるのであろうか、ファルマの身が危険に晒されていると感じたイクシスは、決死の覚悟で魔人・flowへと斬りかかっていくのであった。


    

お詫び。


残念ながら、

このエピソード追加でこの小説は打ち切りとなります。

ここまで読んでいただいた皆様には感謝いたします。

そして作品を完結出来なかった事をお詫びいたします。

どうもすみま麵。


今後の展開もいろいろと完結までアイデアはあったのですが、

執筆意欲が薄れてしまったので仕方ありませぬ。

今後地球編では女神イシスの恩寵を受ける方法がスマホを

介して云々などあったのですが・・・すみま麺。


お付き合いいただき

ありがとうございました。




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