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御伽話



 その日、神殿にいる間にロニーからの返信はなく、国王の意向が判ったのは、翌日の夕刻を回ってからだった。

 アルクェスからエファリューに、王の采配が伝えられる。


「結論から申しますと、エメラダ様はこの件から手を引くように──とのことです。陛下はエメラダ様の身を大変案じておられ、神女様の手をこれ以上煩わせたくないとも仰っていたと」


 というのは建前で、これ以上目立つなというのが本音である。神女が動けば、民はいやが応にもざわめく。光り輝くクリスティアに、とうの昔に滅びた魔人が影を落とすなど、あってはならない。魔人を絶対的な悪とし、神聖なる神女の名で民を束ねてきた国にとっては、神話を掘り返されること自体不都合なのだ。

 そしてもう一つの本音は、解呪の力を手に入れてから、奇跡の姫様と評判のエメラダを、面白く思っていない妹姫のご機嫌取りか。


「解呪師と神官からなる、対呪詛用の組織を編成しているとのことですが……鉱山の特定には至っていないようですね」

「ふうん……」


 王都で太刀打ちできず、神女を頼るほどの呪詛の根っこに、どう対処しようと言うのか甚だ疑問だ。

 彼らの命を無駄に散らせないために、王より先に何とかしなければと気ばかりが急く。

 巧みに改竄された採掘業者の資産証明と、地図とを睨めっこするエファリューの傍らで、アルクェスは全十篇のクリスティア神話なるものを読み耽っている。


「もうアルったら、こんな時に御伽話なんか読んで……! まだ神女に夢を見ているの? わたしは神話の再現なんて、してやらないわよ」

「落ち着きなさい。以前、神話は歴史を物語るものだと語ったのは、貴女ではないですか。これらの神話の中には、神女様が魔人を封じる場面が数々描かれています」

「知ってるわよ。アルがいい歳して、わくわくしちゃう冒険譚でしょ!」


 不服そうな目をしながらも、アルクェスは構わず頁をめくった。


「狼に噛まれた時、わたしも呪詛に刻まれた記憶のようなものを、垣間見ました。あれが我が国と魔人との戦の記憶であるなら、合致する聖戦が、この中のどこかにあるかもしれません」


 国境崩しの大斧ブリギリアンとの岸壁の闘い、神女を窮地に追い詰めた蛇の目マルタ。クリスティア軍が歩を進めれば、黒馬にて疾風の如く駆けつけ、軍勢を虫のように蹴散らした豪傑、髭のフレヴン。

 神女の活躍を描いた名場面は数々あれど、最も有名で人気が高いのは、やはりエヴァを討ち果たす第八篇だろう。神女の涙は光の礫となり、悪行蛮行の限りを尽くした魔王に降り注いだ──とされているが、真実はエファリューの中に眠っている。


「狼が出てくるのは、その後の第九篇でしたか……」


 エヴァが討たれるや、忠義を捨て逃走した魔人軍……主を見捨て我先に馬を駆ったフレヴンを、神女の正義の光はどこまでも炙り出し、とうとう日の没する果ての山裾へと追い詰めた。


(酷い言われようね、将軍)


 エファリューはちっとも楽しくない冒険譚を流し見る。彼に汚名を着せて生き延びた、エヴァの娘の記述はどこにもない。魔人の子とは言え、幼い子供まで屠った事実は、神女の物語に不要だったのだろう。


「西の辺境にて、豪傑フレヴンは少数部族を取り込み、応戦したとあります。その少数部族が、軍馬に代わり従えていたのが──狼です」

「狼を連れた、部族……」


 幼かったエファリューは、父の治める国のすべてを見渡せていたわけではない。すぐには思い出せなかった。必死に記憶を手繰り寄せて、父が聞かせてくれた昔話を思い出した。

 エヴァは遠征中に、山深い湖で溺れる狼の子を助けたという。湖の近くで狼と暮らしていた人々は深く感謝し、「貴方や貴方の友が溺れる時には、必ず手を差し伸べます」と誓いを立てたという。

──あの子狼は、大人になれただろうか。

 父はそう呟いて、エファリューを撫でた。


(ええ、お父様。きっとその子はたくさん子を残して、立派な戦士たちを作り上げたのよ。誓いを守って、フレヴン将軍(貴方の友)を掬い上げようとしてくれたのだわ)


 エヴァの昔話を頼りに、エファリューは地図をなぞる。西の、湖がある山を探す。


(湖の形が、特徴的だと言っていた……確か、わたしがわかりやすいようにって……)


 王妃の作ったまん丸の蒸しパンを半分に割って、半円を描く弧を背中合わせにくっつけ、掲げ見せてくれた。

──ほら、ごらん。変わっているだろう? まるでお前の髪飾りのようだ。

 エヴァはそう言ってにっこり笑い、姫の水色のリボンに触れた。

──早く食べないと、中身が零れてしまうわよ。

 王妃が、次の皿を手にやって来て、エファリューは夢中でパンを食べた。少し辛い肉そぼろ、アケビの蜜漬け、山羊の乳で作ったチーズ。中身がなんであろうとすべてが当たり、すべてが母の手作りだった。


 うっかり思い出したら、地図が見えなくなってしまって、エファリューは思いっきり頬を叩いた。一粒だけ零れた涙は、真っ赤な頬が痛んだせいだ。







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