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ホラー系短編集

睨んでいる

作者: 風風風虱

 チャイムを鳴らして、少し待つとドアが開いた。


 顔をのぞかせたのは70ぐらいの婆さんだった。少しおどおどした感じで俺のことを見上げてくる。


「北里警察署の方から来ました。

遠山さんですよね。まず、ご本人確認したくフルネームを教えていただけないでしょうか?」

「道子です。遠山道子」

「とおやまみちこさん、ですね。はい、ご本人であることを確認させていただきました」


 俺は手帳を取り出しすこし確認する風を見せながらそう告げた。そしてすこし深刻そうな表情を見せる。


「実は遠山さん。ひょんなところであなた名義のキャッシュカードが見つかりましてね。今、キャッシュカードお持ちですか?」

「わたしのキャッシュカード……?」

「そうです。最近、巧妙な偽造キャッシュカードを使ったすり替えの被害が多発していましてね。

実は今回見つかったのもそういう事件でのことなんですよ」

「……」


 無言であったが婆さんの表情に不安の色が浮かぶのを俺は見逃さない。


「それでですね、遠山さんのお持ちのキャッシュカードが偽物かどうかを確認しに伺ったわけです」

「そんな……、そんなわけないです。すり替えられるなんてことないです」

「いえ、いえ、みなさんそう言うんですよ。でもみんないつの間にかすり替えられている。

その辺の手口はいま調べているところなんですけどね。とりあえず、現場で遠山道子って名前のキャッシュカードがみつかっているわけでして。

えっと、遠山道子さんってあなたのお名前ですよね」

「そうですけど。遠山道子ってカードに書かれているんですか?」

「そうです。そうです。カードは見た目では本物と偽物の区別が全くつかないんですよ。

それで、一度、そのカードをお見せいただくことはできませんか?」


 婆さんはすこしためらう様子を見せたが、一度家の中にひっこみ、再び現れた。手にはキャッシュカードが握られている。

 俺はバックの中から機械を取り出す。良く店で使うクレジットカードの確認に使うような奴だ。


「カードをそれにスライドしてもらって、暗証番号をいれてもらえますか?

テンキーで暗証番号を入力してください。あっ、私に見えないように打ってもらえればいいですよ」


 テンキーのついたものも渡す。

 婆さんはテンキーへぽちぽちと暗証番号を打ち込んだ。

 

「打ちましたか? うーん、エラーがでてますね。もう一回念のために暗証番号を入れてみてください」


 声のトーンを一段落とす。婆さんの顔がみるみる青ざめていくのが見て取れた。


「暗証番号まちがってませんよね。

うーん、エラーが出ますね。やはりそのカードは偽物です。

いつの間にかすり替えられていますね」

「ええ、そんな!」


 婆さんは大きな声を上げた。


 チョロい


「それではこのカードは証拠品として回収させていただきます」


 俺は手を出してカードを受け取ろうとした。が、婆さんはカードを一向に渡そうとしなかった。


「どうしたんですか? それを渡してもらえないと、いま預かっている本物のカードをお返しすることができないですが、それでも良いですか?」

「それは困る……でも」


 婆さんは言いながらもカードを渡そうとはしない。内心イライラしてきた。


「息子にはカードは人に渡すなって言われているんですよ。だから息子が帰ってきてから話を……

あっ!」


 俺はカードを婆さんからひったくった。驚いた婆さんは俺からカードを取り返そうとむしゃぶりついてきたが、俺は思いっきり突き飛ばすと一目散に逃げだした。


 そう、俺はすり替えられたと嘘をついてカードを盗む詐欺師だ。大抵はすんなり騙されるが、たまに今回のようにカードを渡すのを渋るやつもいる。そういう時はそのままひったくって逃げる。


 今回もまあ、成功ってことだ。


 ある程度逃げたところで、俺は手じかのCDを探す。早い内に金を下ろさないとカードを停止させられていまう。そうなってしまってはせっかくの苦労も水の泡だ。

 手近のCDを見つけると、さっきの偽機械に打ち込ませた暗証番号を確認する。年寄りは機械に疎くて本当にちょろい。俺が見てなくてもキーボードに打ち込まれる数字を記録に残すことは簡単だってことが分からない。

 残高を確認して、全額下す。占めて27万チョイあった。まあまあの稼ぎに俺の頬が少し緩む。


 さっさと立ち去ろうと踵を返した俺は目に飛び込んできた光景に体と硬直させた。


 出口にあの婆さんがいた。


 なんてこった、追いかけてきやがった


 俺は周囲を素早く見まわし逃げ道を探す。

 すると右手の方にドアがあったのでそっちに走る。ドアを開けるとそのまま後ろも振り向かず息が切れるまでひたすら逃げた。

 しばらく走ると電車の駅が見えた。

 

 渡りに船とはこの事だ


 そのまま、ホームに出ると電車が入ってくるところだった。とにかくその電車に乗り込んだ。

 ほどなくドアがしまり、ゆっくりと電車は動き出す。空いている席に腰かけると、ようやく少しホッとした。


 これでとりあえず安心だ。

 そう思った時だ。隣の車両に婆さんの姿を見つけた。


「嘘だろ……」


 ありえない

 なんで婆さんがいるんだ

 全力で走って逃げきったはずだ


 電車に乗る前に後ろを確認した時にはいなかった。電車が動き出す直前でぎりぎりに乗りやがったのだろうか?

 ぐるぐると思考が空回りするが、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。 

 あの婆さんが近くに来て、騒ぎ出したら面倒なことになる。とにかく離れないと、頭はその考えだけで一杯になった。

 俺は席を立つと先頭車両に向かって歩き出した。

 走ると周囲に怪しまれるのでゆっくりと歩きながら、さりげなく後ろをさぐる。


 ついてきやがる


 俺が車両を移動するのに合わせて婆さんもついてきた。

 ただ、ある程度の距離を維持しているのは救いだった。なぜだかは分からない。さっき突き飛ばしたから不用意に近づくことを警戒しているのかもしれない。あるいは、息子かだれかと連絡を取って、どこかで挟み撃ちにでもするつもりなのか。


 その可能性が高い、と思った。


 電車の速度が徐々に落ち、やがて停車した。

 ドアが開く。

 ちょうど対面のホームに逆回りの電車が入ってきた。

 俺は、横目で婆さんの姿を確認する。婆さんは隣の車両から俺の方をじっと見つめていた。発車の予鈴が車内に鳴り響きドアが閉まり始める。


 今だ!


 俺は閉まるドアをすり抜けホームへ躍り出た。

 そして、そのまま逆回りの電車に向かって走る。逆回りの電車のドアも閉まりかけるところだったが、そのまま強引に体をねじ込んだ。

 

 ガタガタと震えながら電車が動き出す。

 俺は電車内、そして流れていくホームへと視線をさまよわせたが、婆さんの姿はなかった。


 ザマーミロ。今度こそ完全にまいてやったぜ!


 俺は心の中でガッツポーズをとった。

 次の駅で降りるとタクシーを拾って女のアパートへ向かうことにした。金はあるからしばらく女のところでほとぼりをさますつもりだ。




 冷たく冷えた缶ビールをぐびぐびと喉に流し込む。数週間ぶりに会った女は俺の顔を見たとたん勝手だとか、なんだかんだとぐちぐちと文句を言ってきた。それを適当な事を言ってまるめこんでようやくビールにありつくことができた。

 

 

「あんたは本当に自分勝手なのよ。いきなり来てしばらく厄介になるとか、何様のつもりなの?」

「まあそういうな。この埋め合わせはちゃんとしてやるからさ」

「ふん、いつだって口ばかりでしょう?」


 口を尖らせる女を横目に俺はテレビのスイッチを入れた。ニュースキャスターが画面に現れる。夕方のニュース番組のようだった。


『……遠山道子さん……』


 チャンネルを変えようする手を止めた。

 聞き覚えのある名前だ。例の婆さんの顔がふっとよみがえった。


 ピンポーン 


 ほとんど同時に来訪者を告げるチャイムが鳴った。


 ピンポーン ピンポーン


 ピンポンが無視をするなと言わんばかりに連打される。女は微かに顔をしかめると立ち上がった。


「はーい。 もう誰よこんな時間に来るってのは」


 女はぶつぶつ言いながら玄関に向かう。だが俺の注意はニュース番組に釘付けになっていた。


『遠山道子さん(74)が自宅の玄関先で倒れているのが発見され、その後搬送された病院で死亡が確認されました』


 あの婆さんが死んだ?

 自宅で?

 あんなに元気に俺を追いかけてきた婆さんが死んだって?


『死因は頭部強打による脳挫傷。警察は事件と事故の両面で慎重に捜査を続けています』


 俺を見失って家に帰った後に転んで頭でもうったのか……


 何とも釈然としない気持ちになった。チャンネルを変えて、婆さんに関するニュースを探してみる。


『本日、午後2時ごろ自宅の玄関先で遠山道子さん(74)が倒れているのを発見されました。

遠山さんはすぐに病院に搬送されましたが、病院で死亡が確認されました』


 俺があの婆さんを訪ねたのが1時ごろだったはずだぞ。それが玄関先で2時ごろに見つかるってなんかおかしいじゃないか。2時ごろなら俺と婆さんが鬼ごっごしてた時分だ。ありえないだろう。


「もう、失礼しちゃうわ」


 ざわつく俺のところに女が帰ってきた。こっちはこっちでなんだかブリブリ怒っている。


「ドア開けても誰もいないのよ。ピンポンダッシュ? 馬鹿ッじゃないの」


 女はそう言いながら、腰を下ろした。


「うわぁぁぁ!!」


 俺は悲鳴、いや絶叫した。

 女が座った途端、その背後にあの婆さんが立っていたからだ。

 婆さんは無言で、ただ物凄い形相で俺を……、俺を…………


2023/08/14 初稿


なにかこう、追いかけてくるってのを書いてみたかったのです



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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして お婆さんとの追いかけっこで、犯人が追い詰められる姿をもう少し見たかったです。 せめてあと一晩…笑 [気になる点] これからどうするのか気になります [一言] ありがとう…
[良い点] 追い掛けられる恐怖を堪能致しました。ありがとうございました。
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