表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ターザン  作者: 白戸篤
7/7

ターザン~異星の能力を獲得した少年

七、リターンマッチ

 その夜、虎三の宿泊しているホテルは若い女性客であふれ返った。会長と馬飼野の二人は虎三の部屋の前で、アメリカ人女性たちとの応接に大わらわであった。若い女性たちは虎三のサインをねだりに押しかけて来たのである。世界一強い男に一目でいいから会わせろ、とねばる女性たちを説得して追いかえす仕事は、二人にとって大仕事であった。虎三が部屋から一歩もでられない状態が三時間もつづいた。最後の一人を追いかえして、二人が虎三の部屋につかれはてた顔をだしたのは、深夜だった。同行した練習生たちもまじえて虎三の部屋にルームサービスをとって、ささやかな祝勝会が開かれ、虎三も生まれて初めてビールを口にした。

 帰国すると、彼はトレーニングは午前中の三時間だけにして、午後は呼吸法を百回やることにした。つぎの試合はアリスンとのリターンマッチときまった。日取りと場所は未定だったが、三か月後に東京で行われることだけはきまった。今度はチャンピオン側であるから、興行収入の歩率は八対二か、七対三になる予想だった。

「今度こそガッポリいただくぞ。なにしろヘビー級は桁がちがうからな」

 会長の鼻息は荒かった。大きなジムに引っ越して、重量級の選手も大勢育てるというさらなる飛躍を夢みて、胸を大きくふくらませていた。一方、虎三はべつのことを考えていた。ボクシングをやめて北海道に野生動物の保護センターを建設して、一生を野生動物と一緒に暮らすことであった。食が細くなるにしたがって、だんだん仙人の心境に近づきつつあった。年末にアリスンサイドとの交渉がまとまった。

 日取りは、三月三十一日の土曜日夜八時、場所は東京ドームと決定した。世界一つよい男の看板をはぎとられたアリスンは復讐の念にもえていた。鬼気せまるかれの気迫に、練習相手はみな逃げまわっている、とのうわさに金城会長は緊張した。

「最近虎は肉をあまり食べないし、おまけに一日一食しか食べてくれないし、大丈夫かなあ。おい馬飼野、お前どう思う?」

 心配そうな会長の顔をみて、馬飼野は笑顔をみせた。

「アリスンに勝ったのは、決してまぐれなんかじゃありません。虎三は気の力を身につけていますから、今度もきっと勝ってくれますよ。このごろ彼の顔が変わってきましたよ。どういうわけか、顔からギラギラしたものが消えて目が澄んできました。落ちついてきたんでしょうか。それでいて、パンチ力は一段と凄みがでてきたんですから不思議ですね」

「うん、たしかにそうだな。あいつのパンチは怖いくらいの威力があるな。気が身についてきた証拠だな。きっと勝てるだろう」

会長は、自分に言い聞かせるようにそういって部屋をでていった。三月三十一日は駆け足でやってきた。ヘビー級のタイトルマッチが日本で見られるとあって、前売り券はあっという間に売りきれた。アリスンは無名のころからほら吹き男の異名をもっていたが

「前回は虎三のまぐれあたりで倒れたが、今度はおれが奴をリングの外までぶっとばしてやる番だ」

 と、吠えまくっていた。それに対して虎三は冷静だった。

「アリスンのボクシングは芸術品だ。ふたたび戦えることは自分にとって生涯の光栄だ」

 と、控えめな言葉を口にしただけだった。二十八才のアリスンが挑発的な言葉を投げかけたのに、十八才の虎三が冷静に応じたことに対してマスコミは絶賛した。どちらが大人だかわからない、と日本のファンは大喜びだった。試合当日も、リングでむかいあった虎三の顔に唾がとんできそうな勢いでわめいた。

「今日はおまえの顔がうしろを向いたきりもとに戻らなくしてやるから、楽しみにまっていろ!」

 それに対して虎三はにっこり笑って

「楽しみにしている。今晩おいしいビールを飲めるように私もがんばる」

 と、たどたどしい英語ながら応酬した。アリスンはそれを聞くと、目をむいて睨みつけた。

「おまえの頭はクレイジーだ。虎じゃなくてネズミだったらしいな。それもドブネズミだ!」

 そこにレフェリーが割って入ってきた。ひととおり注意事項をあたえた後ゴングが鳴った。アリスンは例によってフライ級なみの軽やかなフットワークから、蜂の一刺しをくりだしてきた。虎三も彼にあわせて軽いフットワークで蜂の攻撃をさけた。アリスンは初回から積極的な攻撃をしかけてきた。右ストレート、左フック、右アッパーと息もつけないほどの猛攻だった。それに対して虎三は、一分を過ぎたにもかかわらず攻撃をしかけず、防御一辺倒であった。アリスンはカサにかかって一段と攻勢をつよめて、虎三を追いつめていった。虎三の陣営は不安にかられて、会長は声をかぎりにファイトを促した。二分を経過しても虎三は防御一辺倒で、観客もさすがに失望の色をかくせない有様だった。

二分三十秒を経過したとき、虎三は突然一メートル以上ものジャンプをして、空中に舞い上がった。それは音もなく、ふわっとその場に浮き上がったように見えた。アリスンは目をむいて上を見上げた。その瞬間、左ストレートがアリスンの額に打ち下ろされた。三メートルの巨人がパンチを打ちおろしたような光景だった。アリスンは敏捷に両方のグローブでパンチをガードした。しかし、同時に虎三の右フックが彼のこめかみにおそいかかるのをガードできなかった。

 前チャンピオンは声もなくマットに沈んだ。観客にはあまりにもすばやい同時攻撃だったために、打撃の瞬間がみえず、あっけにとられて見守った。アリスンはテンカウントにも立てなかった。その瞬間、会場は爆発したように歓声の渦につつまれた。会長がリングにとびこんできたが、虎三は笑顔をみせただけで、ラスベガスの時のように会長をてんぐるましようとせず、倒れているアリスンにかけよって、心配そうに顔をのぞきこんだ。やがてアリスンは立ちあがったが、足元がふらついていた。脳震盪を起こしたようだった。

 その夜、虎三はビールを飲まなかった。食べ物はもちろん、水さえ飲もうとしない彼を見て、みなが不審におもった。

「どうしたんだ?」

 と驚く会長に、虎三はにっこり笑ってこたえた。

「今日から不食不飲の生活に入ります」

「仙人と同じになったのか?」

 会長が頓狂な声を上げた。

「そうらしいんです。大気中にプラーナ(気)が充満していますので、何もいりません。ビールを飲まなくても、充分に酔った気分になれています」

 と、彼は静かに言った。祝勝会にあつまった一同はそれをきいてみな黙り込んで、虎三の顔を見つめていた。彼は語をついだ。

「大変お世話になりましたが、今日でボクシングは終わりにしたいと思います。野生動物と暮らすために北海道に移り住みます。野生動物の保護センターを作って、病気やけがの動物を収容して、回復したものを又野生に返してやろうと考えています。気の力がきっと役に立つと思います。おふくろを連れて、とりあえず北海道に行きますが、おふくろが死んだら、アフリカへ行こうと考えています。私の前世はターザンなのです」

 十数名の人たちがおどろいて彼の顔を見つめた。会長が叫んだ。

「ターザンって、映画のターザンは架空の人物じゃなかったのか?」

「映画はおもしろくするためにライオンと闘いますが、本当のターザンは猛獣と闘ったりしません。私は、三万光年の彼方のケンタウルス座にあるアルファ星人の子孫なのです。私がすべての動物と意志を通じ合うことができるのはアルファ星人だからなのです。この能力を生かして、一生を野生動物たちのために尽くしてすごす積もりです。当ジムのご発展と皆様のご多幸を祈念して、これでお別れします」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ