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ターザン  作者: 白戸篤
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ターザン~異星の能力を獲得した少年

四、仙人

 虎三は、アリスンとのタイトルマッチが実現可能だと知ると、東京都の奥多摩の山中に住むという仙人をたずねたいと願った。アリスンのビデオを見て、いまの自分の力量では彼には勝てそうもないと考えて、仙人に弟子入りしてその秘法を授かりたいと考えたのである。仙人の名は天明寺源左衛門という。この老人は五十年以上前から不食の生活をつづけているといわれる。年令は不詳だが、百歳をこえていると推測される。この老人はものを食べないだけでなく、水すら飲まないことを、ある作家が雑誌で紹介したことを虎三は読んで知っていた。なぜ水すら飲まずに生きていられるのか。その作家は『気』の修業をつんだから、とそのわけを書いていた。

 大気の中に無限の気が存在する。その気を取り入れることで、水すら飲まずに生きていられるのだそうである。虎三は不食を学ぶつもりはなかった。この老人は『気』の力で、相手の体に指一本ふれずに倒すことが出来るといわれる。本当にそんなことができるのだろうか。仮にできるとしても、そこまでできるようになるには何十年もかかるだろう。せめて、パンチが軽くあたっただけで相当なダメージを与えることができれば、アリスンのような俊敏な敵に対抗できるのではないだろうか。そう考えて、彼は仙人に『気』を教わろうと考えたのである。

しかし,奥多摩の山中にいるらしいというだけで、住居はだれに聞いてもわからないのである。奥多摩は山梨県にも埼玉県にもつながっていて、かなりけわしい山岳地帯がどこまでも広がっている。野生のカモシカがたまに見られるという話を聞くにつけ、虎三は途方に暮れた。雑誌でみた記憶をたどって、出版社をやっと探しだして、その記事をかいた作家を尋ねたが、その人は放浪癖があって今どこにいるのか皆目見当がつかない、との返事であった。ただ一つだけ手がかりを教えてくれた。それは老人が洞窟のような所に住んでいるということだった。虎三は出版社からふるい雑誌を一冊もらいうけて、それをもって民間放送に当たってみようと考えた。

 彼はTⅤAがボクシング番組に熱心なことを思い出して、滞米中の金城会長に連絡をとって、TⅤAの番組制作局長に電話をしてもらうように頼んだ。

「お前は本気なのか?」

 会長が最初に発した言葉はこれだった。

「本気です。アリスンのビデオを何十回も見ましたが、このままでは絶対に勝てない、というのが本音です。彼は百年に一人の大天才だと思います。彼に勝つためには『気』の修業をしなければだめだと思い至りました。会長、TⅤAにタイトルマッチの放映権を渡すことを条件に、奥多摩湖を中心にした山岳地帯にドローンをとばして仙人を探させてください」

「ドローンか,それはいいけど、あのひろい山岳地帯でたった一人の人間をさがすことは、容易なことじゃないぞ」

「仙人はどうやら洞窟にすんでいるらしい、と出版社ではいっていましたから、洞窟がいくつあるか分かりませんけど、洞窟がみつかったら、ぼくはそれを片っ端から探してみます」

「よしわかった、TⅤAに当たってみよう。日本に戻るのはもうすこし先になるけど、電話でできることだからやってみよう」

 電話を切って彼はホッと一息ついた。会長の交渉力を信頼してまつよりほかはないと思った。二週間後に会長から電話が入った。

「TⅤAは一ヶ月間の約束で、ドローンを飛ばしてくれることになったよ。それから、アリスンサイドとの交渉も何とかまとまって、十二月十日に試合をやることになった。分け前の歩率はおもいきり値切られたけどな。来週帰国することにした。ドローンの成果を楽しみに待っていろよ」

 会長が帰国しての第一声は恨み節だった。

「モハメッド・アリスンのマネジャーはがめつい奴だった。歩率をやっと八対二まで上げてもらったんだが、最初は、虎三が新米だから十対〇ならやらしてやる、、なんてぬかしやがって、我々にただ働きをさせる気なんだ。お蔭で三キロもやせちまったぞ」

「二十パーセントでも二十億円以上になるのですから、大成功ですよ」

馬飼野トレーナーが、満面の笑みをたたえて会長の労をねぎらった。

「おれはヘビー級の交渉ははじめてなんで、額の大きさには驚かされたが、虎がアリスンに勝ってくれれば、つぎは挑戦者を値切り倒してくれるぞ」

 会長はそう言いながら笑顔になった。

「テレビ局はドローンをやり始めたのか?」

 と言って虎三に笑顔を向けた。

「二日前から毎日五時間飛ばしてくれています。樹木がうっそうとしていて、洞窟さがしは雲を掴むようだといっています」

「そうだろうな。なにしろカモシカの住むような所だからな」

「仙人は泳ぎがすきだそうですから、奥多摩湖からそう遠くないところに住んでいる可能性はあるのですが」

「湖や川で釣りでもするのかね?」

「水すら飲まない人だそうですから、釣りはどうでしょうか。でも、風呂代わりに湖や川で泳ぐんじゃないか、と想像しているのですが」

「水も飲まないでどうして生きていられるのだろう」

「僕にもよくわからないんですが、『気』の修業を積むと、霞を食って生きられるという話です」

「お前はそれを目指しているのか」

「ぼくはそこまでは望んではいないのですが、パンチが軽く当たっただけで大きな打撃を与えられたらいいな、と思っているんです」

「気というものはそんなものなのか。おれはこの年まで気などと言うものを考えたことがなかったな。知っていれば、フライ級のチャンピオンをもっと防衛できたかもしれないな。ところで、奥多摩は涼しいし温泉もあるし、一カ月ばかりキャンプを張るかな」

「それは名案ですな。湖の周辺を走っていれば、仙人に会えるかもしれないし」

 馬飼野トレーナーが合槌をうった。虎三も賛成して、キャンプ地が決まった。キャンプといってもテントを張るわけではなく、近くの民宿に泊まるのである。キャンプは七月十日から始まった。虎三は湖が小さいため、朝のジョギングは湖の周囲を走るだけでなく、湖に流れこんでいる川の源流方面にまで足をのばした。ドローンは山岳地帯を中心に連日飛びまわっていたが、仙人の洞窟はなかなか見つからなかった。虎三は少しあせりを感じていた。

モハメド・アリスンはあまりにも強すぎる。超一流の選手がつぎつぎに挑戦したが、彼はかすり傷一つ負わずにしりぞけている。みごとなフットワークと俊敏さで敵の攻撃をかわすと、次の瞬間スナップのきいたパンチをたたき込む。ヘビー級の人間離れした強健な挑戦者を、軽くたたいたように見えるパンチでKOしてしまう。どうやっても勝てる気がしない。虎三はビデオを見るたびにため息をついた。どうしても仙人に教えを乞いたかった。しかし、会えたとしても仙人は果たして自分を弟子にしてくれるだろうか。うまく弟子になれたとしても、わずかな期間で『気』を習得できるだろうか。『気』を習得できたとしても、それが敵に通じるだろうか。アリスンはそれ以上の気の力をもっているかもしれない。虎三の悩みは果てることがなかった。

奥多摩の涼しい風のなかで、トレーニングは順調な仕上がりを見せていた。虎三の肉体は昨年とくらべて、贅肉はかけらもないほどに引き締まり、動きは俊敏さを増していたが、それよりも驚異的な進歩をとげていたのは、筋肉の柔軟さであった。敵のパンチをよけて上体を大きく反らせて、リンボーダンスの状態からでも敵に攻撃を仕掛けるべく、バネ仕掛けの人形のように、はね起きることができるようになっていた。金城会長は彼の仕上がりぶりに満足げであった。

「アリスンを攻撃しようと追いまわすから、皆勝てないんだ。奴に勝つためには奴に攻めさせて、攻めさせて、そこに隙を見つけだして反撃することだけだ。おまえのバネはきっとうまくいくと思う」

 と言って彼をはげました。そう言われても、彼はその気になれなかった。八月も半ばころになって、テレビ局から洞窟らしきものが見つかった、との知らせが入った。湖から四、五キロ山中に入ったところらしい。虎三は喜色をうかべて山登りの身支度をした。会長は山登りは苦手だ、と言って残ることになった。地図をたよりに山中をさ迷い歩くこと五時間ほどで、やっと洞窟にたどりつくことができた。時計をみると十二時をまわっていた。洞窟のまえに仙人らしき老人が立っていた。長くのびた白髪、白髭にボロボロの着物らしきものを身にまとっていた。虎三はていねいに頭をさげて挨拶をした。

「失礼ですが、天明寺源左衛門様でいらっしゃいますか?」

 老人はにこりともせずに、黙ってうなずいた。

「初めまして、私、番虎三と申します。プロボクシングの選手をしておりますが、十二月に世界タイトルマッチがありまして、強敵と対戦します。普通の練習をしていたのではとても勝ち目がありませんので、先生に『気』を教えていただきたくて、やって参りました。私を弟子にしていただきたいのです。どうかよろしくお願いいたします」

 虎三は会長に教えられたとおりの挨拶をした。

「今日、お前が来ることは分かっていたから、ここでこうして待っていた」

「えっ、私の来ることがどうしてお分かりになったのですか?」

 彼はびっくりして顔を上げた。

「テレパシーというやつだ。今朝、体のおおきな若い男がたずねてくる、という知らせがあった。相撲取りかと思ったらボクサーか。まあいい、中へはいれ」

 仙人は先にたって洞窟に入って行った。洞窟は奥行き数メートル、高さ四、五メートル、幅三メートルほどで、家具も布団もなく、床には落ち葉が散り敷いてあるだけだった。

「普段は裸で暮らしているのだが、人が訪ねてくるというから、着物をきて待っていたんだ」

 仙人は虎三を落ち葉のうえに座らせて、自分も向いあってあぐらをかいた。

「それで、相手は何という男だ?」

 仙人は皺のなかから人懐っこい目をむけてたずねた。

「はい、相手はヘビー級の世界チャンピオンで、モハメド・アリスンといいます。アメリカの黒人です」

「ふむ、こわいか?」

「いえ、こわくはありませんが、私より数段強いだろうと思っています」

「やはりこわがっているな。負けたってどうということもないと思えれば、こわさはなくなるんだ」

「はあ、そう思えばいいのですね」

「勝ちたい、勝ちたいと思うから恐怖心が湧いてくる。心を無にすれば、世の中にこわい物などありはしない」

「心を無にするには、どうすればいいのでしょうか?」

「それには、金と女と飲食に対する欲をすてることだ」

「食べることに対する欲をすてたら、ボクシングはできません」

「ハッハッハ、お前たちは肉を食って筋肉さえつければ、強くなれると信じているようだが、それでは本当に強い体はできないのだ。わしはおまえの半分も体重がないやせっぽちだが、おまえより力が強い。ウソだと思うなら腕相撲をやってみればわかる」。

そう言いながら、仙人はほそい皺だらけの腕をまくってさしだした。虎三は、仙人の顔とむき出しになった細い腕を見比べていたが、やがて地面に両膝をついてたくましい右腕を地面と直角にしてさしだした。仙人はそれを見ると、あぐらをかいたままで右腕を虎三の腕にガッキと組ませた。仙人の掌は柔らかく、しかも骨ばって頼りなく感じられたので、彼は力を入れていいものかどうか迷った。彼が本気で力を入れたら折れてしまうだろう。

「さあ、力を入れてみなさい」

 仙人に促されて、虎三はおそるおそる力を入れてみた。しかし、仙人の腕は微動だにしない。おかしいな、と思いながらさらに力を加えたが、一ミリもうごかない。彼はそんなはずはない、と思いながらついに渾身の力で立ち向かったが、仙人の腕はびくともしなかった。二分経ち三分経って虎三はあきらめた。彼の顔は真っ赤になっていた。手を放して、仙人の顔をみると平静そのものであった。

「恐れ入りました。これが気の力なのでしょうか」

「わしはものを食わないだけでなく、水も飲まんのだ」

「どうして生きていられるのですか?」

「大気中に無尽蔵にあるプラーナ(気)を取り入れているからだ。なんとかいうアメリカ人と戦うのはいつだ?」

「十二月十日です」

「あと三カ月しかないのう。初心者に三ヶ月で気を身につけさせるのは、いざりに百メートルを十秒で走らせるのと同じで、不可能に近い。はて、どうすればいいか」

 仙人は洞窟の外の空に目をむけて考えこんだ。虎三は仙人の皺だらけながら、気品にあふれた顔を見つめた。やがて、仙人は虎三に視線をもどした。

「少しきついやり方だが、やってみるかな?」

 そう言われて、彼は唇をぎゅっと結んでから口を開いた。

「どんなことでもやります。命がけの積もりでここまでやってきました。どうか、遠慮なくしごいてください」

 仙人は彼の目をじっと見つめてからうなずいた。

「まず水の中に三日間、空中で三日間、土の中で三日間、それから呼吸法を三日間。それによって体中の毒を全部だしきって、最後に気を注入する。合計二週間でお前は生まれ変わる。体重は十五キロから二十キロくらい落ちるだろうけど、それは一ヶ月もあれば元に戻る。わしのやり方をすべて受け入れるなら、アメリカのチャンピオンに勝てる。どんな人間にも勝てるからお前は心配しなくていい。わかったら一度帰りなさい。おまえの親方に報告して、承諾を得たらまた出てくるがいい」

「わかりました。これから帰って会長に報告して、明朝出直してきます」

虎三が民宿に帰りついたのは、暗くなってからだった。会長は彼の話をきいて不安そうだったが、彼の決心が固いのをみて、渋々ながら承諾した。


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