表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ターザン  作者: 白戸篤
2/7

ターザン~異星の能力を獲得した少年

二、ボクサー

 とにかくお金をかせいで、まず母親に楽をさせることが第一だ。つぎに野生動物の保護のためのセンターをつくること。この二つを実現するために、自分は何をしたらいいのだろう。そのためには天からいただいたこの立派な体を生かして、高校に行くよりプロのスポーツ選手になることが、一番の近道なのではないだろうか。虎三は日夜考えぬいた。足の速さには自信がある。百メートルを十秒台で走って体育の教師を驚かせたことがある。噂をきいた近所の高校の陸上部から勧誘がひんぱんにきた。体格のよさを見込んで、相撲部も柔道部も勧誘にきた。バレーボール部もバスケットボール部も、テニス部もみな熱心に誘いにきた。しかし、彼はボクシングにもっとも心が傾いていた。高校のボクシング部ではなく、プロのボクサーになることを考えはじめていた。

 卒業式を一ヶ月後にひかえた二月上旬のある日、彼は自転車で十分位のところにあるボクシングジムを訪ねた。「金城ボクシングジム」と書かれた看板がぶらさがった、下町の裏通りにある小さなジムの前で自転車をおりた彼は、おそるおそるドアを開けて中へ入った。ムッとするような汗の臭いがまず鼻をついた。入口の近くにリングができていて、リングの上では練習生が二人、別々にシャドウボクシングをやっていた。リングを見上げて立ちつくしていると、中年のトレーナーらしき男が近づいてきて、虎三に話しかけてきた。

「ボクシングが好きかね?」

「はい、やってみたいと思ってきました」

トレーナーは虎三の体を無遠慮にながめまわしていたが、

「年はいくつ?」

 と聞いた。

「五月に十六才になります」

「高校はどこへ行くの?」

「城南高校に入ることは決まっているのですが、高校へ行こうか、プロになろうか迷っています」

「ボクシングはやったことがあるの?」

「いえ、やったことはないのですが、テレビではいつも見ています」

「初心者がいきなりプロになりたいってか、いい度胸だ。ちょっと上だけ脱いで裸になってみな」

虎三は言われるままに上半身裸になった。それを見て、トレーナーは目を剥いた。

「相当にトレーニングした体だな。今までなにをやって来たんだ?」

「特にトレーニングはやっていませんが、最近急に背がのびて、体重もふえたのです」

 トレーナーは疑い深そうな目つきで彼の体をながめまわした。

「この体は一年や二年ででき上がった体じゃない。少なくとも三年以上は継続的なトレーニングをしてきた体だ。まあいいや、とにかくやってみようよ。ロッカーに行ってこのパンツに履きかえてきな。それと、足のサイズは?」

「三十センチです」

「でけえな、そんなシューズはあったかな。スポーツシューズを履いてるなら、そのままでいいや」

 虎三がトランクスに履きかえて現れると、彼の足の筋肉をみて、トレーナーはフーッと溜息をもらした。虎三の体は上体だけでなく、下半身も文句のつけようのないほど見事な発達をしていた。トレーナーはリングから二人の練習生を下ろして、虎三と二人でリングに上がった。虎三に練習用の大きなグローブをつけさせると、自分は野球のミットのような形をしたグローブを両手にはめて

「これをめがけて打ってみな」

 と誘った。虎三はテレビで見て覚えたボクシングスタイルをとって、かるくミットをたたいた。

「もっと強く打ってみな」

 と言うトレーナーに一礼して、虎三は腰をすえて左のパンチを強打した。強烈なパンチを受けて、トレーナーは思わず二、三歩後退した。

「すごいパンチだ、右も打ってみろ」

 右のパンチを繰り出すと、又もトレーナーが後退した。

「こんなすごいパンチは久しぶりだな。おれも七十五キロの体重があるんだが、パンチは受けきれねえよ。これは大変なことになった。おまえ、今日から練習開始だ。これはひょっとするとひょっとするかもな。よし下に降りろ、会長に会わせるから、ついてこい」

 トレーナーは訳のわからないことを口走りながら、虎三を奥の事務室につれて行った。事務室には五十がらみの小柄な男が椅子にすわってテレビを見ていた。トレーナーは会長の耳に口をあてて何事かをささやいた。会長とよばれた男はうなずくと、入口につっ立っている虎三をよんで、応接セットに座らせた。会長は彼の体を子細にながめ回してから口をひらいた。

「ボクサーむきの素晴らしい体をしているね。パンチ力はすごいと馬飼野トレーナーから聞いたよ。足ははやいの?」

「百メートルは十秒台で走れます」

「十秒台はすごい、これはものになるかもしれないな。馬飼野君、今日からさっそく頼むよ」

 虎三は有望視されたことはうれしかったが、月謝が心配だった。

「あのー、一ヶ月いくらかかるのでしょうか?」

「ああ、月謝ね。大人だと二万円はもらいたいんだが、今年から高校というんじゃ、そうだな、一万五千円でどうかな?」

「あの、僕は高校へ行かずにボクシング一本に打ち込んでみたいのですが、毎日通うといくらかかるのですか?」

「学校へ行かないのか。さて、どうしようか」

 会長は馬飼野に話しかけた。

「いくらまでなら払えるの?」

 馬飼野が虎三に話しかけた。

「母がパートで働いているものですから、ぼくが働いて払うしかないのですが、どの程度働けばいいのか、そこをご相談したいのです」

 会長はだまって考え込んでしまった。しばらくたって、口をひらいた。

「昼間働いて、毎晩練習する手もあるが、あんまり無理して体をこわされても困るので、いっそのことうちのジムで雑用をやって、朝から晩まで練習することにしようか」

「雑用程度でいいんでしょうか?」

「雑用っていったって、ジムの掃除から、飯のしたくをしたり、洗濯をしたり、走り使いからいろいろ仕事はある。しかし、ジムにいればボクシングのことだけ考えていられるし、雑用の合間を見てトレーナーに指導をしてもらえるから、ふつうの人より何倍かはやく一人前になれる。まあ、考えようによっては、家からかよいで相撲部屋に入門するようなものだな。それで出世したら、部屋に金を入れてもらう。恩返しというやつさ。おまえさんをはやくチャンピオンに仕立てて、うちのジムも一緒に金持になろうっていう訳さ。まだ体は大きくなるからヘビー級を目ざすことだな。日本には重量級のチャンピオンが出たことがないから、世界チャンピオンになれば、一試合で何十億という大金がかせげるんだ。テレビのコマーシャルだけでも十億以上もかせげる。どうだ、一緒に夢を見ようじゃないか」

 虎三は大きくうなずいた。目が輝いていた。

「ところで」

 会長がすわり直した。

「おふくろさんは大丈夫かな?高校へ行かずに荒っぽい世界に入るんだ。納得させる自信はあるかね?」

「それは大丈夫です。母は、ぼくが何かをやることを期待していてくれますから」

「よし、それじゃあ手を打とう.あ、まだ名前を聞いてなかったな」

「番虎三です」

「ほう、めっぽう強そうな名前だな。敵は名前を聞いただけで逃げだすか、はっはっは」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ