ターザン~異星の能力を獲得した少年
一、異星人
「お前の本当の父親は、ケンタウルス座のアルファ星の異星人なのだよ」
母親からそう聞かされた虎三は、目のまえで白光が炸裂したような、めまいに近いものを感じた。中学三年生の時だった。
「アルファ星へ連れて行かれたのは、あたしが二十四才の時だった。そこで異星人の種を移植されたんだ」
「えっ、レイプされたの?」
と目の色をかえて虎三が聞きかえした。母の輝子は落ちついて答えた。
「その星の人々は乱暴するような人たちじゃなかった。衣服を着たままの、あたしのお腹に光をあてることで精子を植えつけたのよ。痛くもかゆくもなかった。地球で育ててもらいたい、と言われたの。お父さんとは婚約していたから、それから一ヶ月後に結婚したわ。お父さんは亡くなるまで、おまえを自分の子供だと信じて可愛がってくれた。本当のことを話しても、とても信じてもらえない、と思ったから話はしなかったのよ。だって、あたしが処女だったことを、お父さんは確認して大満足だったから」
虎三は大きなため息とともに顔を上げた。
「ぼくはキリストみたいに処女懐胎だったんだね」
「そうね、キリストも異星人だったのかもしれないわね。おまえがキリストのように救世主になるのなら、あたしはマリア様かしら」
母は薄く笑った。ちょっと照れ臭そうだった。
「だけど、ぼくはふつうの人間だよ。超能力はないし、友人たちとちっとも変ったところがないもの。だけど、UFOは実在するんだね、今まではテレビで見ても半信半疑だったけど。ケンタウルス座のアルファ星って何光年の星なの?」
「四・三光年だってきかされたけど、円盤に乗せられたら、あっという間についたのよ。人類のいまの技術では、アルファ星まで三万年はかかる距離だそうよ。きのうの新聞に載っていた話だけど、宇宙物理学者のホーキング博士が、アルファ星に知的生命体がいる可能性があると睨んで、約二十年で到達する小型探査機を、うちあげる計画を発表したのよ。もちろん無人だけどね」
「人間が乗れるロケットだと三万年か、気が遠くなるような話だな。UFOに迎えに来てもらわなくちゃ、故郷へ帰ることもできないんだな」
「あ、思い出した。この子が死ぬときはどこにいても迎えに行く、と言っていたわね。この地球上で何かをやってくれるはずだ、ともね」
「へーっ、ぼくになにができるんだろう」
虎三は空を見あげた。居間から見える空には白い雲がゆったりと流れていた。
ある日、虎三の体に異変がおこった。朝目がさめると、身長百七十センチの体が二十センチものびて、百九十センチの長身に変わっていたのである。足は二十七センチであったが、三十センチの大足に、体重は六十五キロが、八十五キロに変っていた。着るものも履くものもすべて合わない。着ていたパジャマを破いてぬぎ捨てると、鏡のまえに立って再びおどろいた。はだかの胸は胸筋が発達して、大きくふくれあがり、肩や腕はボディビルダーのように盛り上がっていた。虎三はながい時間鏡の前に立ちつくして、自分の体に見とれていた。
「おれはこの地球上で何かをやるように運命づけられている」
とつぶやいて鏡の前から離れた。母の輝子は最初こそおどろいたが
「アルファ星の男はみな大きかった。やはりお前がアルファ星人の子孫だったことは間違いなかった。きっと何かをやってくれるに違いない」
そう言いのこして、衣類と靴を買いにいそいそと出かけていった。一晩で巨大な肉体に変身した彼を見て、学校中が大騒ぎになった。しかし、変化したのは肉体だけではなかった。彼はすべての動物と会話ができる、という特技をさずかっていた。近所の犬や猫はもちろん、小鳥やその他の小動物も彼に近寄ってきた。しかし、アルファ星人の子孫であることは、母から厳重に口止めされていたので、だれにも口外しなかった。
母親は、彼が狂人あつかいされることを極端に恐れていた。世の中はUFO肯定派と否定派が真っ二つにわかれていて、肯定派はいささか分が悪いことをよく承知していたからである。やがて近所の噂がひろまり、テレビ局の知るところとなり、動物と会話のできる少年として紹介され、全国的に有名になった。
ある日、サーカスの成長した牡虎が逃げだすという事件がおこった。サーカス団がこの町にきていた際の出来事だったため、サーカス団の団長が虎三のうわさを聞きつけて訪ねてきた。虎三もニュースでこの事件を知っていたので、二つ返事で捕獲をひきうけた。よく訓練された虎ではあるが、空腹のあまりに飼い犬を襲ったり、出合いがしらに人を傷つけたりする心配があった。授業を休んでサーカス団の車に同乗した彼は、朝から町中をさがしまわったが、どこに隠れたのか虎は発見できなかった。猛獣は本来夜行性であるが、逃げだした虎は訓練されて昼行性に馴らされていたので、翌日ふたたび捜索することにして、虎三は夕方暗くなるころに解放された。
翌日も朝早くから駆り出されて車にのった。夕方、町はずれの雑木林でやっと虎が発見された。サーカス団の飼育係が餌の馬肉でおびき寄せようとしたが、虎は後ずさりして反抗するように低いうなり声を発して、飼育係の中年男性を近づけなかった。その様子を車の中から見ていた虎三が
「ぼくが話をしてみましょう」
と言うと、団長が頭をさげた。
「襲いかかるようなことはないと思いますが、万一の場合は、大きな音のでるおもちゃの鉄砲を用意してありますから、音におどろいて虎がひるんだ隙に、いそいで車に飛びのってください。ドアを開けておきますから」
という団長の言葉を背にうけて、虎三は車をおりた。恐怖心はなかった。うなり声を上げるドーベルマン犬や土佐犬、狼犬などと話しあって仲良くなった経験があるので、虎とも話しあえる自信はあった。しかし、大好物の馬肉を拒否して、うなり声をあげる三百キロちかい牡虎に近づくと、さすがに足がすくむ思いがした。勇気をふるって飼育係の前にでると、虎との距離を三メートルに縮めた。虎は空腹と追いまわされた恐怖心から、虎三が近づくとさらに唸り声をつよめて、すこし後ずさりした。姿勢をひくくして、いつでも飛びかかれる姿勢に変わった。団長以下団員たちは固唾をのんで見守った。
その時、突然虎三がしゃがんだのである。車の中で見守る人々はいっせいに「危ない!」と叫んだ。なんと無謀なことをする少年だ。立っていれば、虎の襲撃を一度はかわせる可能性があるが、しゃがんでしまっては、虎の攻撃をまともに喰らってしまうではないか。大きな音を立てるおもちゃも、これでは何の役にもたたない。しかし、つぎの瞬間その心配は杞憂におわった。虎も少年に合わせて腹這いになったのである。牡虎の目に警戒心はきえていた。少年は虎から目をはなさずに、手さぐりで馬肉の乗った器を手にとると、虎の目の前にさしだした。虎は腹這いのまま馬肉の大きな塊を口にくわえると、ひと呑みに呑み込んだ。腹がすき切っていたのであろう。
この瞬間、車中の人々はいっせいに安堵の吐息をもらした。飼育係の中年男性が後方の檻をとりに歩きだした。車の中から人々がおりてきて、檻をはこぶことを手伝った。少年は牡虎のそばによって優しく頭をなでて立ち上がらせると、檻の入り口に誘導した。虎が檻に入ってドアをしめると、団員たちの拍手が一斉にわき起こった。団長が虎三に近づいて握手をもとめた。
「どうもありがとうございました。お蔭さまで怪我人をださずに済みました。お礼を差しあげたいので、私どもの仮事務所までおいでください」
といって頭をさげた。家に帰ると、母は涙ぐんで虎三をだきしめた。
「お前がいろいろな動物と話ができるから、虎でもきっと話が通じるだろうとは思ってはいたけど、顔をみるまでは心配で心配で・・・。で、虎とはどんな話をしたの?」
「うん、飼育員がドアの鍵をかけ忘れたから出てきただけで、虎に罪はないから、べつに叱られる心配はしなくていいんだよって話したら、安心して檻に入ってくれたんだ」
「ふだん芸ができないと、ひどく叱られていたのね?」
「そうらしい。サーカスの動物ってかわいそうだね。鞭でたたかれて、芸をやらされて、おわるとせまい檻の中にとじ込められて、ながい距離を車で移動する生活を、一生続けなければならないんだから」
「そうね、だけどサーカス団の団員だっておなじで、飼育係の人は引っかかれたり、噛みつかれたりすることもあるでしょうし、家族をつれて日本中を移動する生活でしょ。子供は一つの学校に一ヶ月くらいしかいられないから、友達ができないし、勉強だってまともには出来ないでしょう」
「そうだね。それにくらべると、僕なんかありがたい環境にいるんだね」
「もうじき高校だけど、一所懸命勉強しなくちゃね」
母親のはげましの言葉に肯いたものの、虎三は別のことを考えていた。彼はこの巨大化した肉体をもって、なにかをやらなくてはならない、と勉強以外のことを考えていた。もうすぐ中学卒業である。