64 燐光、悪魔の証明
2021年 8月27日 投稿開始
9月 5日 毎日投稿開始
10月 5日 毎日投稿終了。ほぼ毎月投稿に変更。
2023年 6月 5日 次回投稿予定。投稿時間は “午前11時” です ←
「“デルポイ”の地へと向かうのです
これも何かの導きか、私もそこへと赴く目的があり同行します
その地に行けば、あなたにも芽生えるものがきっとあるでしょう」
私たちは馬に乗り、“デルポイ”へと向かったーー
『悪魔の証明』
原告は自己が係争物を市民法の規定する方法で取得したことを証明しなければならないのみならず、更に、彼の前の持ち主が所有権者であったことを証明しなければならない。つまり原告は a non domino(=無権利者)から取得した者ではないことを証明しなければならない。これは理論的に言えば、前の持主から前の持主へと、最初の占有者まで遡ることを必要とする。これだから、後にこの証明は「悪魔の証明」と呼ばれることになったのだ!
悪魔の証明とは、証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものをいう。中世ヨーロッパのローマ法の下での法学者らが、土地や物品等の所有権が誰に帰属するのか過去に遡って証明することの困難さを、比喩的に表現した言葉が由来である。(ウィキペディアより)
この時代、何処までが旧人類の史実に基づいた内容であるのか文献の少なさから、改竄箇所を指摘することは困難だった。
彼らの発想は元々のものとは異なっているのかもしれない。
どれほど旧人類史という通低音の上に、装飾音で着飾っているのか?
しかしながら、奴らの再現性の手技の妙は、伏線回収に向いていた。
いや、辻褄合わせのために行った部分こそが目的だったのかもしれない。
旧人類の生き様を再現する為と、新人類の為の可能性にーー
「云うまでもないですが、あなたは人に道を譲ることが出来ますか?」
この古代でも整備された道はあり、馬に乗って並走することは可能だった。
私たちは、馬上での会話を景色と共に楽しみながら、デルポイへと向かうことが出来た。
“並走する”という同時間的な楽しみがあった。
「君は僕の人格を問題としているのかい?」
「いいえ、譲り合いの末に揉めてしまい、それで殺されてしまう話を聞いたことはありますか? そうなってしまうと、私としてもこの過程を進むことの目的を失って、時をやり過ごす楽しみが減ってしまい困りますから」
「“譲る”ということは、確かに大切なことだね
我々の…少なくともギリシャの神々、君のところのエジプトの神々たち
彼らに“譲る”という気持ちがあれば血は流れなかったのだろうか?
もし【国譲り】という行為があれば、英断になるのだろうか?
まあ、それが本当の物語であればの話だが
少なくとも、僕ら市民は市民同士で仲良くお互いの道を譲ることをしたい」
「いつか、生き方そのものを譲ることが必要になるかもしれませんよ」
「…誰に譲るというんだい? 後継ぎや、未来の誰かに?
それとも、盗人にかな?」
彼はまた、真剣なその眼を【私】の内奥に合わせて視ようとしていた
そんな彼の眼に【私】も逸らすことが出来ない何かを感じ、吸い込まれるように視ようとしてしまう
「君はまるで、カルダイオス(占星術師)のように、未来を予言した風で物語る
マゴスの祈願によって、再び生き返って物語っているようだ
君はダイモーン(人間と神の中間の存在で、後に悪魔とされる)であるのか?
いや、ひょっとすると、僕がダイモーンであるのか」
「あなたが詩を唄えば、おそらくそうなることでしょう」
「ほら、迎えから馬に乗った男がやって来るよ
詩やら花やらに気を取られていたら目の前の危機を回避できないね」
「譲りましょう」
「ところで、君のファラオへの挨拶はなくて良かったのかい?」
「心配には及びません、必要があれば向こうからやって来ます」
「…君は何者なんだい? 本当に神官なのかな?」
太陽が沈み始めたーー
その日は、道の途中の民家を宿とした。
この時代、客人の「もてなし」は当たり前の行為として根付いていた。
「あなた様は、どちらからお越しになられたのです?」
もてなしの料理が運ばれた
老齢の夫婦が、1名の女を家内奴隷として使役させていた。
終始、会話の合間を絡めとるように奴隷の足元の音が色付けた。
「エジプトからです」
そのエジプトという言葉を出すと老齢の夫婦は頭を下げた。
それは、その知恵に肖ろうとする興味で会話を弾ませた。
床上の金属音が下手くそな装飾音で縺れた。
女奴隷もエジプトの声に耳をそばだてているのが伝わった。
だが、足かせとなるものが居座り、その耳を引きずっていた。
「宿を求めて歩くさまは、まるでホメロスの伝承のようでした」
「あなた様が詩を唄えばそうなりますね」
「いえ、唄うのは【私】ではありません、彼が唄いますよ」
女奴隷の耳は彼の方にそばだち、動いた
視線を彼に移すと、彼の眼は奴隷の足に繋がれた足かせにあった。
表情に苦悩があり苛立っていた。
「…主人、彼女の年齢は?」
「年齢? さあ、あまり考えたことはありませんね
そうですねえ…失礼ながら、あなた様と同じ年頃でしょうか
何せ、戦利品ですから」
「きみ」
彼は、奴隷の女を呼び止めた
奴隷は立ち止まっていいものか、主人の顔色を恐る恐る伺い見た
主人は奴隷に目でもって許可を与えた
会話の合間にあった足かせの音は、床の上で腰を休めた
「きみの名前は?」
「…サッポー」
「サッポー? サッポー…」
彼は、喉の詰まりの言葉をようやく取り出した
「サッポー…きみも、
きみも、そう、きみもここで
みんなと、一緒に食べないか?」
そういうと、主人である老齢の夫婦は固まり驚いたまま表情を止めた。会話の中にあった全てが止まった。足かせの音、エジプトの声、所有権の証明、それぞれの立ち位置。歴史の中の一点に間が空いた。
あるはずの、あったはずの通低音の時間軸に
彼の言葉という、一音が逸音として付いた
言葉が、女奴隷に急な軽さを与えた。その足はステップを踏み、しかし、今度は椅子の脚が足かせとなって、女の足取りを躓かせた。奴隷の身体はバランスを失い、主人の目と彼の眼とを往復しながら、足に繋がれている足かせの重りと奴隷という立場と共に、重力に逆らって浮かび上がった。自身の眼が宙返りしているのを感じていた。床から離れた身体と心の着地点を探しながら、手すりになるものをとにかく掴もうとした。その眼は、主人の目か、彼の眼か、女の点は、人生の急激な傾きの中で、延長線上の向かうべき点を合わせようと、一瞬以上の無時間的なサヴァイヴ。止まった時間の息継ぎの果て、その眼がついに、彼の方に合わさった。息継ぎのタイミングに、光を視た。床ビターン!
しかし、先に着地点を見つけたのは主人の方だった
「その女が好みでしたか?
それなら、隣りに座らせましょう、もし必要なら夜も…」
彼が駆けつけて、救う間は、遮られた
「いや、いや…いいんだ、すまない、主人よ、気にしないでほしい」
彼は奴隷の手を取り、立ち上がらせた。女の手は青白く光った。その弱々しさとは別に、足元は地上に居座っていた。立ち上がらせたのは、彼か、女の意志か、地上に繋がれた鎖が、それを許すはずがなく、距離は距離のままで、経過音として何事もなく終わらせた。女の眼は、もう彼の物だった。
「あ、ええと、その女は性奴隷ですし、もし必要なら申し付けてください」
奴隷は主人の目でもって、再び家内奴隷の立場へと接着的に着地させられた
女の手は離れていった、合わせたはずの眼と共に
彼のテーブルの食事は手付かずのまま、何かに影響されまいと、肖ることから遠ざかり、腐敗することを避けているかのようだった
ーー寝床に着くと、彼は小窓から外を眺めた
【私】は眠れない彼に話しかけた
「船での航海が待っています
ナウクラティスの港から、1週間ほどでペイライエウスへ行けます
そこからは…」
「我が時代の人々は、歴史に残ることを求めすぎている
そう思わないか?」
彼は、眠れぬ夜に“ある”考えをまとめ上げようとしていた
「我が時代の人々は、勇敢さを第一としている
その勇敢さは、他人との比較を経て証明することだと思っている
でも、そうではない
奴隷にだって、物語がある
名を残すことができなかった人々にだって、穏やかだが美しい物語がある
サッポー…床に崩れゆく間の女にだって、助け出される物語があるはずだ
いや、残すことは恥なのではないかとも思う
死してもなお、自分の名が汚されるかもしれないのに
自然のようになるのが僕の第一であると思う
多くが、神の名を借りて、野蛮さを正当化している
【神】と呼ばれる物は、野蛮なのであろうか?
その野蛮さに、翻弄され
このような血で、地を洗い続けている
僕らは、仕える相手を間違っているのかもしれない
【神】という言い訳で、僕らは自らを繕っている
もし【神】が取りまとめる物であるなら
いつか、仲介者を僕らに送るであろう
しかし、その仲介者は天秤を傾けてしまわないだろうか?
皆が皆、その仲介者を認められるのか?
自らが作り上げた勝手な【神】の像は、その頃には酷く歪んで
別な【神】にすり替えているのではないのだろうか?
鏡は誰を映しているのか?
神官である君はどう思うのだろうか?」
眠れぬ夜の中に彼を置いてゆくことができないと思い、【私】は応えた
「もし、私たちが神と呼ぶものが、系譜であるなら
途絶えさせてはなりません
自然を守るように、神もまた、守ってゆく必要があるのです
それは、私たち人間が行うのです
【神】というものを承認している種族が、私たちだからです
私たち以外には誰も、何も、それを承認することは出来ません
もしそうであるなら、私たちがそれを辞めたとき
【神】は消滅します
自分と他人の間、または向こうには神がいる
自分と他人との比較をするのではなく、仲介となる神がいる
歴史の向こう側に、物語の向こう側にいる
私たちは、歴史の、同時間の中で生き続けていることを忘れてはなりません
それを遡ってゆく時、エジプトの神々が居るのか、または…
見ることができないものを、見ようとする
その問いが、過去も、今も、この先も、生きる理由になるのです
生きるを選び続けるのであれば」
小窓から、彼の眠れぬ夜、左に回転する気配があった
「いつか、死を選ぶ時代が来るとは思えないだろうか?
【神】にも、自分にも飽きてしまったら
痛みに耐えかねたら
何かの物語と切り離されてしまったら
そうするのもまた、自由であろうか?」
「その先と、その後を紡ぐことを忘れてはなりません」
「結局は、歴史という名を借り、歴史を残せというのか?
どうしろと?」
「愛し、子を産み、育てる
遺すということ
それが叶わぬなら、自らの行いの善を引き継ぐこと
種を撒くこと
それが、先と後を視ながら、紡ぐということです
語り継ぐ、語る、物語るということの中で、自然となってゆくこと
“譲る”のです」
夜の声、遠い祖先の風に乗って、含まれているのは忘却された物語の音
昔、遠い昔、誰かの音、誰かの記憶、届かなかった物事が、届く夜
「人はやがて、自然(神)から締め出しを喰らうだろう
人が住む場所に熊が降り、災害が降り重なる
自然(神)に近づくことが許されなくなるだろう
人々は、偽りの野菜と、偽りの肉を食べることになるだろう
しかし、今、この時代、僕らは自然について考えている
自然にヴェールをきちんと掛けている
自然を、自然から探究し、自然との共生を考えている
これは間違っていない
しかし…これは偏った考え方なのだろうか?
自然に喜びを見出すことは、却って、逆を産むことになるのだろうか?
太陽の当たる場所と、当たらぬ場所を作ることになるのだろうか?
僕は、考えれば考えるほどに、怖い
その度に、別な側面を産んでゆくようだ
僕らは、釣り合いを保つことが出来るだろうか?」
「方法はあります
あなた自身を読み物にして、遺すのです
口伝ではなく
そうすれば…」
「君は、口承を捨てろというのか?
ホメロスの物語は口承によって、形を留めようとする自然なヴェールがあった
お陰で、紡がれて生きてきた
書くということは、死ぬということだ
なんと言ったら良いのだろうか…
その道が正しいと示すための矢印ではない
移り変わる物に形を与えてはならない」
「(この時代にはない反証可能性か…)『悪魔の証明』という言葉があります
証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものをいいます
悪魔について考えるとき、神官である【私】としては
神を証明しなければなりません
おそらく、あなたは神と出会うために“デルポイ”へと向かっているのです」
小窓からは、青白い光が視えた
「夜光虫が飛んでいるね
あの時、女の手は青白く光っていた」
生物(おそらく物事)が腐敗するとき、青白い光を生じる
それを“燐光”という
次回の投稿時間は、
2023年 6月 5日で、【AM11時】の投稿です。
村上春樹の新作読書の途中経過。まだまだ前半。
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たまーに短編として「執筆」「なろう(異世界)系」小説の研究を投稿しています。




