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恋した瞬間、世界が終わる -地上の上から-  作者: hougen
第1部 降下するダンス
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05 血に花が咲く

2021年8月27日 連載開始



ーー地面には血痕が残った



8階から飛び降りた。


即死だった。


夜の暗がりで、目撃者はいない。


発見されたのは、人通りが少なかったから、朝方で。


施設管理の当直が、外の見回りに出たときだった。



ーーアスファルトには亀裂が入っていた



私は、

亀裂が入ったアスファルトの前で立ち尽くし、

8階の、飛び降りた窓を見上げた。



ーーフラッシュバックのように、目の前に光景が浮かんだ



暗がりの窓に近づいて、下を覗き

高さへの恐怖と、この高さからの間違いなさへの安心と

吸い込まれるような渦を感じ

考えが過るまえに、窓の施錠を外す


描いていたように、何度もイメージしたように


窓から離れて、距離を取り

一度きりの機会だと、呼吸を整える

迷いのないように決めた呼吸の回数だけ、息を

迷わずに走り、飛べるように、前へ


窓へ向けて、走る

 

 確認するのはもう何もない、はず


開け放たれた窓から ーー飛び出た瞬間

頭で感じるよりも先に、身体が

感じる

ぼんやり、と眼に映った道端の木々

顔を逸らすと、街のネオンが輝いた


道路の街灯が、優しい色合いで道を照らす


疲れた人を安心させる色で

視界の中に

次第に遠ざかる車と、向こうから近づいてゆく車、それが


すれ違ってゆく


夜道には、うつむき、一人で歩き、一日に疲れた女性が

視界の中に

幸せな人生を歩めているのかい?

道路を挟んだところには、また一人歩く男性がいる


その二人が孤独なら


出会えばいいのに


ホテルの一室に、明かりが灯った

視界の中に、

独りのシルエットが映る

仕事を終えて、身体を休めるために

帰る場所がないのだろうか


疲れたかい


お酒を飲むのかい


今日は良い夜になればいいね


仕事、悩んでないかい


仕事、疲れてないかい


視界の中に、

隣りの一室にも、明かりが灯っている


また、独りのシルエット


なんにもない、なんてことはないんだよ


ほら、道路を挟んだところに出会いがあったかもしれない


孤独なシルエット同士が、傷を癒すかもしれない


助け合うかもしれない


認め合うかもしれない


今とは違う夜があるかもしれない


すぐ近くに


ーーこれが、夜景というものなんだ


 

肌で感じ

見えた

降下するスピードが速まる

速度を上げた過去が

そのまま

そのまま、もうすこし

見たい思いに駆られ、


地 面が徐々に、徐々に


徐 々に、迫ってきて


瞬 きのような時 間


瞬 きのうちに、自 分のそれまでの人 生が-まぶたに


その価 値や、その反 省や


その後 悔が


記 憶 の 渦に


渦に絡まった、最 後 の 言 葉


探 し な が ら


飛 び 降 り て い る 身 体 に 風 が 抵 抗 し て -


題 名 を 忘 れ た 音 楽 が 過 ぎ る


ーー ア ス フ ァ ル ト の 切 れ 目


にーー何 か が 視 え た


何 か


何 か が


次 第 に 大 き く 、  膨  ら  ん  で  ゆ  く  ーー



確認できないまま

こ な ご な に 破 壊 さ れ る





「死因は、自殺でしょうね」


「残念ですが、そうなるだろう」



彼が、落下した地面に近づいた。

その日、アスファルトは乾いていた。

天気が良い日が続き、日々は穏やかで。

気づかないほどに、自然で。

歩き、近づくうちに、アスファルトの暗がりに気づいた。


その暗がりに近づき。

暗がりが亀裂になり。

亀裂になった暗がりを覗く。

花が咲いていた。


見た瞬間ーー思い出した。

もう現実にはないと思っていた。

記憶の中で影になり、忘れられてゆくはずのもの。

フラッシュバックして戻る。

この花は、子供のころ。


あの女の子が勘違いしていたタンポポだと



薄明の中に


透明な あわいの中に


アスファルトの亀裂で、開かれたものと


アスファルトの上で、閉じていったもの



いつ開かれるのか



いつ閉じるのか



小さな花が地面の底から生え。

どのくらいの深さから伸びてきたのか。

どのくらいの時間がそこに在ったのか。


微かな思い出を残り香に。

花から香る匂い。


匂い


それが、昔を、今を越えて


瞬きの間に、まぶたの裏に映る




         伝わりますか?





2021年9月5日 1ヶ月間の毎日PN15時の投稿開始

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