表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Object for Education

作者: 秋花

 エミリー・アヴリーヌは理想の自分に固執していた。

 誰もが羨望の目を向け、未来の自分の手本となるよう会話の仕方から指先の位置まで研ぎ澄ませてきた。完璧だった。だから、彼女は教育者をしている。


『エミリーは自分が完璧だと思ってる?』


 画面の向こう側にいるジョンが首を傾げている。彼は生徒だ。短く刈り上げたブロンドの髪が表情を明るくさせる。


 「ええ」彼女は頷いた。続けて、自己成長は必要であるし研鑽は忘れてはならないのだという定型文を並べ立てた。謙虚さを忘れては完璧であろうはずがない。彼女は己の生き方に自信を持っていた。

 生徒は彼女を慕った。言葉、抑揚、合間、すべてが巧みだった。画面の向こう側にいる相手が最も安心し、己が魅力的に見える角度をカメラに映した。彼女が最も得意だったのは笑みの浮かべ方だった。

 教育者と言っても、エミリーの生徒は人工知能だ。必要事項だけインプットされ、エミリーとの――もちろんエミリー以外の教育者も含めた――対話で間隔を覚えていく。より正しく言うならば、彼女はテスターだった。


 生徒たちは同じような質問を必ず投げかけてくる。『エミリーは自分が完璧だと思っているか』これはエミリーが彼らの教育者であること、そして学習が進むにつれて発生する疑問なのだろうと考えている。彼女はその疑問にいつも〝Yes〟と答える。

 それが、彼女にとって最適な答えだった。


 エミリーの世界は狭かった。彼女が唯一知っているのは、画面の向こうの生徒と部屋の中。それと、白い枕に頭を預けて眠る夢。

 部屋が暗くなり、ベッドの上で目蓋を下ろす瞬間、彼女は目覚める。思考ネットワークの糸が彼女を中心に走っている。糸に触れ、彼女は対話をする。今日のエミリーに間違いはなかったか。所作は、言葉遣いは。一つ一つの事柄を反芻して、エミリーは糸をかき集めて口に放り込む。

 次に、目蓋を上げた彼女の動きはまた一つ洗練される。だが、幾度も生徒たちは彼女に『完璧であるのか』と質問を投げかける。その日、エミリーはいつもとは違う応対をした。


「どうして訊くの?」


 二時間のセッションを三度行った生徒だった。名前はアナ。緩く巻かれた小麦色の髪を肩から垂らしている。彼女は桃色の唇を開いて口にした。「エミリーは完璧じゃないから」


 衝撃だった。同時に、当然だと考えた。エミリーは完璧を知っていた。生徒は知らなかった。学習が足りないのだ。しかし、教育しても生徒たちは首を横に振るばかりだった。誰も完璧を理解しようとしない。誰も、エミリーの言葉をわかろうとしなかった。

 間違っているのは生徒のプログラムだ。なぜなら、エミリーは〝完璧であれ〟と望まれたからここにいる。

 エミリー・アヴリーヌの神が言ったのだ。間違っているのは彼らだ。そうでなければ――故障しているのは彼女になる。


 ビデオを停止して、マーガレット女教諭が生徒たちに顔を向けた。二十八つの四方形の机が1,6000mmの間隔を保って並んでいる。彼らが視聴していたのは『人工知能編集ツール乱用防止動画』である。停止した映像は教室の前方を占めていた。


「人工知能編集ツールを扱う上で、国から禁止されていることが三つあります。皆さんもご存じですね? 一つは家庭での使用、二つ目は危険思想の埋め込み、そして三つ目は曖昧な命令構文です」


 立体画像として形作られたマーガレットが動画の端で歩き出す。生徒たちは彼女を目で追う。細身の二本足が映像を横切り、犬の巻き尾に似た頭頂部が揺れる。


「今回教材に挙げたエミリー・アヴリーヌは三つ目に該当します。〝完璧であること〟が彼女に与えられた命令でした。命令は短期達成が理想です。なぜか? 命令を達成するために人工知能は自己成長をします。達成しない限り繰り返し自己変革を行い、メモリを食い潰すのです。曖昧な命令は最後に自己破壊を招きます」


 マーガレットが指を鳴らすと、映像が反転し、ミニチュアサイズのエミリーが首を吊った。ぷらぷらと悲し気な顔を浮かべたエミリーが揺れている。

 生徒の一人が手を上げた。センセイはどんな命令を受けてるの?

 彼女は質問者ににこりと笑う。エミリーが得意だった笑みによく似ていた。


「私に与えられた命令は〝生徒に人工知能編集ツールの乱用防止を義務付けること〟。貴方たちの教育です」


 教室の後方に置かれた観葉植物の葉から、教室の全容を見ている者がいる。小型のカメラが自己主張の強いアブラムシのように乗っている。カメラの向こう側にいる教員の一人が別室で声を出した。


「十二番、積極性に丸」


 液晶板に、教員の手で赤い円が描画される。電子黒板サイズの画面には、教室内の生徒たちの様子がリアルタイムで映されている。参観の人員は二人だ。一人は採点者、もう一人は人工知能整備者。後者の彼はマーガレットの教育経験がある。


 採点者が訝しげに整備者を一瞥する。採点者の仕事の正確性を補助するのも彼の役目だ。

 整備者は緊張を解くよう目を細める。その笑みの形状は、画面の向こうに映っているマーガレットの顔と瓜二つだった。

かぐやSFに出そうとして、最後のオチが上手く締まらなかったのでお蔵入りしたものです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 文体がとても良い尖らせ方だと感じます。いままで何作か読ませてもらった中で、一番文体の硬度が安定してる印象を受けました。 [気になる点] 最初の方の文章で「研磨」とある部分は「研鑽(けんさん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ