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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蛙の子が落ちる時

作者: 朝霧

 その日、わたしは『保護』された。

 凶悪な犯罪者に監禁されていた被害者として。

 個人的には世間一般のわたしに対する評価は正しいものではないと思うのだけど、完全に否定できないのもまた事実だった。

 逃げるつもりはなかったけど、逃げようとして逃げられる環境ではなかった。

 拒絶するつもりはなかったけど、拒絶しようとして拒絶できる環境ではなかった。

 だから、釈然とはしないけどわたしが凶悪な犯罪者に監禁されていた被害者であるという事を否定はできない。

 否定したところできっと誰もまともには取り合ってくれない。

 だからわたしは黙っていることにした、黙ったまま無為に時間を過ごすことにした。

 そうして、何もせずにぼんやりと病室の窓から外を眺め続けるだけの日が何日か続いた。

『保護』される前にあの人の盾にされて負った傷が塞がるまで、何もせずに過ごした。

 もうすぐ退院できると医者に言われたその日に、わたしは初めから決めていた事を実行することにした。

 行き先はどこにもなかった、帰る場所もどこにもなかった、目的も生きる意味もなかった。

 あの人に殺された、親代わりだった女の声の残響がまだ脳の中に残っている。

 お前のような出来損ないは早く死ね、出来損ないが生んだ子はやっぱり出来損ないだった、お前には凌辱される価値すらない、お前のような出来損ないの血は早くに絶やさなければならない、早く死ね、死ね。

 概ねその通りであると思う、割と心の底からそう思う。

 姉代わりだったあの人達は優秀で顔も良かったからその血を残す価値があったけど、末の子のわたしには何もなかった、ないどころかむしろマイナスだった。

 蛙の子は蛙、出来損ないの子は出来損ない。

 だから、もう死のうと思う。

 あの女を殺したあの人に戯れのように拾われて、傍に置いてもらえたからほんの少しはわたしに何か価値があるという幻想を抱いていたけれど、その幻想はもう醒めた。

 結局、わたしなんて初めから終わりまで、誰からも必要とされていない子だったということで。

 初めからわかっていた事を、今やっと思い出せた。

 なんでわたしはこんな無駄な時間を過ごしたのだろうか、なんであの人を待ってしまったのだろうか。

 気まぐれで拾ったものを、わざわざ拾い直すような人ではないことくらい、はじめからわかりきったことだったのに。

 生まれた時から今までの人生を最後に振り返ってみる。

 あまりにも非生産的で意味のない人生だった、生まれたことそのものが間違いみたいな日々しかなかった。

 それでも、生まれただけで何かに甚大な被害をもたらしたわけではなかったことだけは幸福に思おう。

 そこまでの出来損ないであったわけではなかったというちっぽけな誇りを抱えて、死のうと思う。

 さて、どうやって死のうかと思ったけど、今の状況だと残念ながら『飛び降り自殺』以外は実行不能だった。

 本当は首吊りか練炭あたりが楽そうだからそのどちらかにしたかったのだけど、縄も練炭もこの病室にはない。

 退院したところで無一文なので買うこともできない。

 だから飛び降り、幸いわたしの病室はそこそこ高さのある階に存在しているので、窓から身を投げ出せばほぼ確実に死ねるだろう。

 窓を開け放つ、冷たい風が病室に強く吹き込んできた。

 窓から下を覗き込む、素人目だけど高さは十分あるように見えた。

 上を見上げると、満月が見える。

 息を吸って、吐いて。

「おやすみなさい」

 それだけ呟いて、窓の外に身を投げ出した。

 目は閉じていた、死ぬ恐怖はなかったけど、実は高いところが少し苦手だったから。

 だから何も見ないように目を閉じて、何も言わないように唇を思い切り噛む。

 落ちていく感覚にだけ恐怖を感じ、死んで意識が消え去るまでその恐怖に耐える。

 死を目前としたわたしの脳は先ほど思い返したばかりのわたしの人生を勢いよく再生する。

 本当にろくでもない人生だった、なんでもっと早くに死んでいなかったんだろう。

 なんでわたしの親はこんなの生んだのだろうか。

 生まれてさえいなければ、絶対に不幸にはならなかったのに。

 痛い思いをせずに済んだ、苦しまずに済んだ、自分のあまりの出来損ないっぷりに情けなく思うことだってなかった。

 0かマイナスなら0の方がまだマシだ、そうとしか結論付けられないようなわたしは、やっぱり生まれるべきではなかったのだろう。

 最後の最後にわかり切った結論をもう一度だけ脳内だけで断言して――

 そして、衝撃が。


 別にもういいかと放置していたが、ないとないで座りが悪いので取り返しにきた女がたった今死体になった。

 潰れて弾けた頭部から飛び散った血と脳漿を見て、意味もなく笑いと怒りが込み上げてきて、止まらなくなった。

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