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富と権力と髪と体毛

作者: 京本葉一

 幼き息子がテレビのまえで呆然としている。

 育毛剤のCMをみたあとに、除毛クリームのCMをみてしまったせいだろう。

 社会は矛盾に満ちている。世の中にはびこる理不尽な現実は、純粋な息子の心に大きな傷を与えてしまったのかもしれない。


「お父さん!」

「うろたえるな、息子よ」


 しかし、父は信じている。

 息子の内なる良心と、その強さを信じている。

 虚偽と欺瞞をひそませたメディアに対する義憤をもって、己のなかにある正直さと誠実さを育み、その気高き魂を磨きあげると確信している。


「でも!」

「きっと髪の毛は生えないし、あんなにきれいに処理もできない」


 演出も過ぎれば滑稽でしかない。それは個人にもいえることだ。すべてをあるがままにとはいわないが、無理をして立派になる必要はない。鼻毛を抜き、耳毛を抜き、ヒゲを剃る。ささやかな物理的処理をもって整えるのが、分をわきまえた紳士というものではないだろうか。


 息子の顔に納得の色はない。


 たしかに私たちは、さきほどまで環境問題をテーマにした番組を視聴していた。森林が破壊されてゆく光景と、苗木を植えるひとたちの姿をみていた。そのあとに育毛剤と除毛剤のCMをみてしまうというのは、ある種の奇跡というか、強運さを物語っているような気がしないでもない。


「驚くのも無理はないが」

「なんでクリームをぬっただけで毛がとれるの?」


 どうやら息子の衝撃は、除毛剤のCM演出にあったらしい。

 なるほど理論を知らなければ謎すぎる現象だ。

 耳を傾けなかったことを心から詫びよう。


「あれは体毛を溶かしているのだよ」

「毛を?」

「そのとおり」

「体はとけないの?」


 皮膚まで溶けたら大変なことになるが、どちらもタンパク質で構成されているのは間違いない。がん細胞の分裂を止める抗がん剤は、他の正常な細胞の分裂も阻害するという。もしかして皮膚も溶かすのだろうか。体毛だけを溶かす成分が存在するのだろうか。あらためて問われると、何も知らないことがわかる。


「調べてみる必要がありそうだな」

「うん!」


 息子の後押しをうけて情報を集めてみた。基礎的な知識は簡単に得られたものの、やはり実体験にまさる情報はない。しかし、それは別途に費用がかかることを意味していた。

 それからの経緯は、語れば冗長となるだろう。

 不可思議でもあり、明確な説明は難しい。

 端的に結論を述べれば、話しあいの結果、妻がエステに通うことが決定した。

 もちろん全面的に賛同している。

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