6羽・運営の暴挙
「いやー、まさかこんな事になるとはね」
私は、自分のステータスウィンドウの右上に小さく表示されている『黄色のカード』を見て思わず自嘲した。
それは要注意アカウントを意味する物らしく、運営からの監視対象になった事を意味していた。
(特に変な事はしていないと思うんだけどな……)
足元で心配そうに見上げるグインちゃんを持ち上げると、広場の中央にある〈移動石〉へと向かった。
これに触れながら行きたい所を言うと、そこにテレポートしてくれるという便利なやつだ。一応、徒歩でも行けない事は無いが、こっちの方がはるかに楽な為、大抵のプレイヤーはこの〈移動石〉を使うらしい。
「えーっと、氷のステージだから『キョクチ』か……」
グインちゃんを落とさないように慎重に片手で持ち替えると、自由になった手で〈移動石〉に触れた。
「移動先は『キョクチ』にお願い」
瞬間。私の視界を光が覆い尽くした。
(……もふもふ)
〇●〇
「寒い寒い寒い寒い寒い! バカじゃないの! 」
『キョクチ』にテレポートをした瞬間、私は猛吹雪に襲われた。
「これ防寒着必須でしょ! 」
今の私の装備品は、初期装備+ホームズさんから貰った小刀のみだ。
つまり、この寒さを耐える方法も、体を温める方法も無いのだ。
「ヤバいぞ、ヤバいヤバいヤバいヤバい詰んだか? 詰みましたか!? 」
体力ゲージが順調に減っていくのを視覚的に確認しながら、グインちゃんを抱えている手に力を込めた。
「……あれ?」
そこで気が付いた。
腕の中のグインちゃんは特に寒さを気にしていない様子だった。
むしろ、吹雪が耳の横を通り過ぎる音を聞いて楽しんですらいた。
「グインちゃん、もしかして寒さ大丈夫な感じ? 」
初めはその問いかけの意味が理解できなかったのか小首を傾げたが、すぐに何かに気付いたようで私に抱きついてきた。
直後。グインちゃんの頭上に2つのウィンドウが同時に現れた。
『"グイン"は、スキル〈防寒羽毛〉を覚えました。スキル2が空欄の為、そこに自動的にセットされます。』
『"グイン"は、スキル〈巨大化〉を覚えました。スキル3が空欄の為、そこに自動的にセットされます。』
「〈防寒羽毛〉と〈巨大化〉?」
私が呟いた瞬間。腕の中のグインちゃんが爆発した。
いや、巨大化した。
私の身長をゆうに超えている、5メートルぐらいありそうだ。
「ぐ、グインちゃん!!? 」
驚きのあまり腰を抜かした私を見ると、彼はゆっくりと私を持ち上げて腕で優しく抱えてくれた。
「あ゛ぁ゛〜〜〜 もふもふ〜……」
私の体を包むグインちゃんの羽毛はいつもよりも厚く柔らかい気がした。これが〈防寒羽毛〉の効果なのかもしれない。
これならこの寒さの中でも冒険ができそうだ。
「よしっ、ならグインちゃん、手始めに小ダンジョンに行ってみようか? 私が案内するから運んでくれる? 」
大きな顔を一度縦に振ったのを見て、私は周囲の様子を確認する為に、グインちゃんの腕から少し顔を出した。
ちょうどそのタイミングで、
「デッケェバディだなぁ」
男の低い声が聞こえた。
声の主はグインちゃんの足元にいた。
白色の防寒着を着た赤髪の男だった。彼の右腕には灰色のヘビが巻きついている。
「誰?」
「誰だと? まさか〈蛇剣〉のクルミ様を知らないのか? 」
自慢げに名前を言われたが本当に誰だか分からない。
有名なプレイヤーなのだろうが、プレイ3日目の私にはクルミのクの字も知らなかった。
そもそも昨日と一昨日は、まともにプレイしたわけでは無いので実質プレイ初日だ。
なので、
「知らない」
言い切った。
正直言ってめんどくさかった。こんな得体の知れないゲーマーと話をするよりはグインちゃんと一緒に冒険をしたかった。
グインちゃんに後ろに向かうように指示をして、彼を視界から消そうとした。
なのに、
「おい、舐めてんじゃねぇぞ?」
聞いた事の無い効果音と共に『〈クルミ〉さんから対戦依頼が届きました』というウィンドウが表示された。
「俺と戦わないか? 」
「嫌よ、そもそも私実質プレイ初日だし」
「関係無いな」
視界の端に辛うじて写っている男に全力の"嫌そうな顔"を向けると、私はウィンドウの選択画面を開いて『No』を選択した。
こんな変なヤツに構っていられるか。
しかし次に現れたウィンドウは、『対戦を拒否しました』では無かった。
『お前に拒否する事はできない』
「は?」
明朝体のウィンドウ。
運営直々のメッセージだった。
「え、何? どういう事? 」
現在進行形で文字を打っているのか、どんどんとウィンドウを文字が埋めつくしていく。
『昨日、俺は久しぶりに定時退社できる筈だったんだ。なのに、まさに退社するタイミングで電話をかけてきやがって!』
「定時退社? ん? 」
『おかげで推しの配信者の引退ライブ見れなかったじゃねぇか! 俺は彼女が初めて配信した日から応援し続けていたんだぞ!』
「推しの配信者? 引退? 」
『絶対にお前を許さない! お前のせいで引退配信を見れなかった! きっと彼女も俺が来なくて悲しんだ筈だ! 』
「えぇ……」
『なので────
私は続いて表示されたウィンドウを見て思わず目を見開いた。
『ラムネ様の当アカウントに対して制裁処置として、対戦依頼を自動的に許可されるようにさせていただきます。その他にも色々としてやった。苦しめよ』
「────────ブチ〇す」