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不本意ながら妻は「離婚しましょうか」と告げる  作者: 樫本 紗樹
本編

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9/29

日常から抜け出してみる勇気

「心配は要りませんよ。私達はほぼ別居状態ですが、離婚予定はありません」

「それはエミリーさんの現状が騎士の妻だからでしょう。侯爵家に嫁が居なくなればすぐに噂になってしまいます」

「ですがリスター侯爵家は屋敷での夜会や茶会の回数が少ないですよね。ナタリー様主催の交流会に顔を出していれば怪しまれる確率は低いと思います」

 元々スティーヴンは仕事しかしないので、社交にも興味がない。ミラもレスター公爵家の頃は立場的に色々と催していたものの、一旦子爵家になってから侯爵家に戻った後では、以前の公爵家ほど交流する必要性を感じず、必要最低限に留めていた。

 だが、別居するとなると家が必要になる。しかしレスター家がなくなった際に、現在住んでいる屋敷以外は国に没収されてしまった為、リスター家は別荘を所有していない。

「リスター侯爵家には別荘がありません」

「王宮で暮らせば宜しいのですよ。陛下も許可して下さると思います」

 エミリーは言う事が滅茶苦茶だとミラは思った。侍女や女官なら王宮に住み込むが、国王の側近の妻が暮らせるような場所ではない。エミリーの提案にナタリーも難色を示した。

「それはどうかしら。人質のようになってしまうわ」

 レヴィ王宮は出入りに関して厳しい。政治に関わっている貴族男性でも許可証がなければ通れない。王妃の交流会参加者も招待状を所持していなければ通して貰えない。ナタリーはミラが帰りたいと思った時に簡単に帰れない可能性を心配したのだ。

「陛下はそれを見越していると思いますよ。安全な場所にミラ様とジミー様を囲い込み、スティーヴン様に考える時間を与える。いいと思います」

「時間を与えた所でスティーヴン様の考えが変わるとは思えません」

「勿論ミラ様も考えるべきです。今後、どのように生きていくのが自分にとって最良なのか。私は王宮で働くのも楽しいと思いますよ。ナタリー様の女官なら適職だと思います」

 ミラは頼みたかった事をエミリーに言われて内心焦ったものの、ナタリーの反応を窺う。しかしナタリーは歓迎していなさそうな表情だ。

「私としてはミラが侯爵夫人のままの方が助かるわ。交流会で隣にいてくれると心強いもの。それでも愛しているからこそ一緒にいられないという気持ちもわかるから、難しいわね」

 ナタリーは過去の自分とミラの現状を重ねていた。ミラは全く違うと否定しようと思ったが、それより先にナタリーが続ける。

「自分を見てもらえないのは辛いわよね。私も最初は辛かったわ。他の女性に声を掛ける陛下に対して、見て見ぬふりをするのが精一杯だった」

 ナタリーは視線を伏せる。今でこそ執着の酷いエドワードだが、昔は不特定多数の女性に声を掛けていた。口付けをした、肌を重ねたと多くの女性が口にしていた。その大半は見栄の為の嘘だったが、当時のナタリーは傷付いていたのだ。スティーヴンには女性関係の話は一切ないので、自分の方がましなのかもしれないとミラは思った。

「私達の間には国同士の揉め事があって、それが解決するまでお互い歩み寄れなかった。二人の間には一体何があるの?」

「スティーヴン様の恋愛感情欠如と、ミラ様の意地ではないでしょうか」

 ナタリーの疑問にエミリーが迷いなく反応する。ミラはその意見に内心驚いた。ナタリーはエミリーの言葉に首を傾げる。

「意地?」

「惚れたら負けという言葉があるではないですか。ミラ様は負けたくないのですよ。ですがスティーヴン様は恋愛感情を認識する事が出来ないので、ミラ様は勝負をする事さえ出来ません。その為、勝負はしていないと己の恋愛感情を押し殺す事になり、結果ご自分で首を絞めて苦しくなり離婚などと口走ってしまったのでしょう」

「私はエミリーさんと親しい間柄ではないと思うのですが、その考察は何を根拠にされているのでしょうか」

 ミラはエミリーの言葉が心に突き刺さっていた。それでも長らく貴族社会で生きてきたので、表情には出していない。だが、自分の心を的確に把握しているエミリーの前から逃げ出したい気分だった。

「私は色々な噂話が大好きです。噂話と実際の人物を見て、その真偽を確かめるのが趣味ですね」

 エミリーはとてもいい笑顔をミラに向けた。ミラは随分な趣味だと嫌味を言いたくなったが、それを言うとエミリーの言葉を肯定したようで口には出来なかった。

「宜しければスティーヴン様とのお話を聞かせて頂けませんか。私の憶測が間違っていないかの確信が欲しいのです。もし間違っていたら別居生活は逆効果になってしまいますから」

「私の目から見たスティーヴン様の話で判断が出来るものでしょうか」

「ただの噂話よりは確実です」

「ミラは誰にも相談出来なかったのでしょう? いい機会だと思うのよ」

 エミリーだけでなくナタリーにまでいい笑顔を向けられ、ミラは困惑する。確かにミラは誰にも相談する事が出来なかった。どうせ自分の気持ちを否定した所で、エミリーには見透かされていそうだと思い、ミラは抵抗を諦めた。

「わかりました。お話し致します」

「それではまず、ミラ様がスティーヴン様を愛するようになったきっかけを教えて下さい」

 ミラは眉間に皺を寄せる。いくら話すと決めたとはいえ、それを口にするのは躊躇われた。

「言い難いのでしたらまず私から話しましょう。私は夫の顔が好みなのです」

「えぇ、存じ上げております」

 エドワードとカイルはどちらも顔立ちが整っている。スティーヴンも整っているがこの二人には及ばない。そしてミラにとって夫の顔は別段好みではない。

「好みの顔は卑怯だと思います。何かあっても結局許してしまいます」

「何かあったのですか?」

「私はあくまでライラ様の侍女であり、男児だけハリスン家に差し出す契約でした。乳母になりたかったので母乳さえ出ればそれでよかったのです。ですが今ではこの有様です」

 カイルが結婚した当初、相手はガレス王国の令嬢だとしか言われていなかった。エミリーが表に出てきたのはナタリーが王妃になった時期と重なる。これはハリスン家の思惑とナタリーの希望が一致した結果だ。

「交流会にはミラとエミリーの二人がいて欲しかったの」

 ナタリーは王妃として貴族女性の頂点に立たなければいけない。しかし一人では到底立てる場所ではない。それで貴族に詳しいミラと空気を読むのが上手いエミリーを側に置き、交流会をつつがなく催しているのだ。

「えぇ、その報酬は頂いていますから構いません」

 エミリーは笑顔をナタリーに向けた。ミラは交流会に参加する上で報酬など貰っていない。そもそも報酬を望むものではない。ミラの疑問に気付いたナタリーが微笑む。

「たいしたものではないのよ。エミリーが陛下の話を聞きたいというから話しているだけ」

「陛下の話、ですか?」

「えぇ。夫婦の話。ミラも聞く?」

「惚気話はフローラ様だけで十分です」

「閨事は興味深いですよ」

「ねっ?!」

 ミラは想定していない言葉に驚き、慌てて手で口を覆った。彼女はそのような話を積極的にする事はない。

「実を言いますと、スティーヴン様がどのような感じなのかも興味があるのですよ。お子様がジミー様だけですから、あれかなとは思うのですけれど。もしも離婚を口走った原因としてそれがあるなら相談に乗りたいと思います」

 エミリーは柔らかく微笑んだ。エミリーに悪気はないと思うのだが、まるで夫が下手だと決めて付けられているようでミラは面白くなかった。

「一緒に寝るのが嫌だと思ってはいません」

「常に表面的な対応で有名なスティーヴン様ですけれど、寝室では甘い表情になるのですか?」

「まさか。夫は常にあの表情です」

「常にあの表情でしたら、愛するきっかけなど何処にあるのですか」

 エミリーの疑問にミラは視線を伏せる。正直に言うべきか、誤魔化すべきか悩んだのだ。しかし誤魔化しきれない気がして、ミラは視線を外したまま口を開く。

「あの表情でも、触れ方が優しかったのです」

 ミラは自分が単純な自覚はある。作業的になると思われた行為がとても優しかった。それだけで心が動いてしまったのだ。

「まぁ。それなら寝室で仲良くすれば宜しいではありませんか」

「ジミーを妊娠してから一度も同じベッドで寝ていないのに、どう仲良くするのですか」

 ミラはエミリーを睨むが、エミリーは優しく微笑む。

「つまり仲良くしたいのですね。それならやはり別居がいいでしょう」

「そうなの?」

 エミリーの判断にナタリーが疑問を呈する。ミラも何がどうなったら別居なのかわからない。

「毎日同じ事の繰り返しから抜け出すと、今まで見えなかったものが見えてきます。ミラ様の生活は私が責任を持ちますから、暫く王宮に滞在して下さい」

「エミリーさんに何の権限があるのでしょうか」

「私にはありませんけれど、ナタリー様経由で陛下が責任を持って下さいます」

「そうね。そもそも陛下が許可をしなければ貴族の離婚は成立しないわ。暫く休暇だと思ってゆっくりしてみるのもいいと思う」

 二人にそう言われ、ミラは迷いながらも頷いた。同じ事の繰り返しから抜け出して見えるものがあるなら、見てみたくなったのだ。

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