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不本意ながら妻は「離婚しましょうか」と告げる  作者: 樫本 紗樹
本編

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それでは離婚致しましょうか

 リスター侯爵家の食卓は基本静かだ。スティーヴンは参加してほしい夜会などの伝達事項以外を口にしないからである。それでもミラはエドワードの側近として耳に入れておいた方がいいだろう話はする。たまにフローラの愚痴も零す。聞いているのかはわからないが、毎日無言というのも疲れるのだ。

「今夜少し話をしたいのだが大丈夫だろうか」

「今で構いませんけれど」

「いや、出来れば食後に私の部屋で話をしたい」

「わかりました」

 ミラが答えると、スティーヴンは夕食に戻った。夫の部屋に呼ばれた回数は片手で足りる。彼女は夕食を口に運びながら、とうとう離婚に関して何か行動をするのだと察した。思わず探るような視線を向けるも、彼は黙々と食事をしているだけ。彼女は不安になりながら、何とか夕食を胃に押し込んだ。

 夕食後、ミラはスティーヴンの後をついて彼の部屋に入った。四年ぶりだが相変わらず室内は簡素である。彼には好みというものがない。着替えも拘りがなく使用人任せなので、彼女が侯爵家当主に相応しい物を選んで使用人に指示している。

 スティーヴンに促されてミラは向かいのソファーに腰掛ける。彼女は必死に頭の中で対応を考えていた。

「実は以前から陛下に言われていた事があった」

 エドワード絡みと聞いて、ミラは無表情のまま内心安堵した。彼女はエドワードが離婚を促すとは思えなかったのだ。

「だが、考えても意味がわからない。それで意見を聞きたい」

「私の意見が必要なのでしょうか」

「あぁ。陛下から家族を今一度見直せと言われた。一体何処を見直せばいいのだろうか」

 スティーヴンは無表情だ。ミラも務めて無表情を取り繕う。しかし彼女は心の中で呆れていた。むしろ見直さなくていい場所を探す方が難しい。

「スティーヴン様は見直す所が一切ないと思っていらっしゃるのですね」

 ミラはわざと棘のある言い方をした。スティーヴンは彼女に興味がないから怒りを向けない事もわかっている。それでも今まで我慢をしてきた分、今日くらい刺々しくしても誰も責めないだろうと彼女は勝手に自己弁護をした。

「いや、ジミーに対して父親らしい事をしていない自覚はあるのだが、どう接したらいいのかがわからない」

 そちらなのか、とミラはより呆れた。エドワードの指摘が夫らしくないではなく父親らしくないと受け取ったのは、ある意味スティーヴンらしいともいえる。実際エドワードもリアンも父親の顔を持っているが、彼にはない。だが、彼女はそれについては不満を持っていなかった。実父を訴えるような環境で育った彼に父親の顔をしてほしいと願うのは無謀だろうと彼女は判断していたのだ。

「取り繕おうとしても子供は鋭く見抜くものです。スティーヴン様が無理に父親らしく振る舞った所で、誰も幸せにはならないでしょう」

 ミラの言葉は刺々しかったが、スティーヴンは特に気にした様子がない。彼女は自分の発言が彼に一切の傷を与えない事に腹が立った。

「私もそう思う。だが、そうなると陛下の言葉の意味がわからない」

 エドワードとミラに接点はほぼないが、ナタリーが色々と話した可能性はある。だが、エドワードは他人の行動に口を挟む性格ではない。少なくとも彼女の気持ちを勝手に語ったりはしないだろう。その上で何か思惑があってスティーヴンに家族を見直せと言ったはずだが、その思惑を聞きに行く事は彼女には出来ない。

「わからないのでしたら直接伺えば宜しいではないですか」

 スティーヴンはエドワードの側近であり従兄弟でもあるのだ。毎日顔を合わせている彼が直接聞けばいい話である。いい大人がわからないので教えて下さいとは言えないだろうが、解決したいのならそれくらいするべきだとミラは思った。だが、彼はやや困惑の色を浮かべている。

「スティーヴン様が現状で問題ないと思われているのでしたら、宜しいのではありませんか」

「そう申し上げても陛下は納得して下さらない」

 エドワードにしては珍しいとミラは思った。リアンはお節介だが、エドワードは違う。自分の利益に繋がらない事は絶対にしないと彼女は思っている。そもそも国王に臣下の家庭を心配する時間などあるはずがない。特にエドワードはナタリーとの時間を捻出する為に、方々に仕事を差配しているほどなのだ。

「それでは離婚致しましょうか」

 ミラの口から自然と言葉が零れ落ちる。不本意な言葉なのに、彼女の心は不思議と落ち着いていた。一生こちらを見ない夫と一緒にいても幸せになれないと、わかっていてしがみ付くのは精神的に限界だったのかもしれない。彼女は離婚という言葉をスティーヴンに向けた事で、心が軽くなったような気がした。

 一方スティーヴンは驚いた表情をミラに向けていた。長らく良識のある妻を演じてきた彼女から、離婚という言葉が出てくるなどとは想定していなかったのだ。

「私が望めば離婚すると周囲の方に言われたそうですね」

 ミラは冷静に話を続ける。スティーヴンは一瞬驚き、すぐに視線を伏せた。

「リアンから聞いたのか」

「えぇ。リアン様はお節介な方ですからね」

 ミラはリアンが嘘を言うと思えないから疑ってはいなかったが、スティーヴンが否定しなかったので事実だと確信をした。彼女は自分の気持ちを殺してまで従順な妻として生きてきた故に、離婚を望んでいると夫に思われているのが腹立たしくて仕方がない。

「ですが、その言い方は卑怯です。スティーヴン様が離婚を望むのならば、自分で責任をお持ち下さい。まるで私が離婚をしたいと言い出さないから我慢して結婚生活を続けていると言いふらしているようなものです」

「そのようなつもりはない」

「スティーヴン様にその気はなくとも、そう聞こえるという話です」

 スティーヴンは不可解そうな表情を浮かべた。それがミラを苛立たせていると彼は気付かない。その事が更に彼女を苛立たせる。

「私が居て迷惑なのでしたらそう仰せになって下さい。私もスティーヴン様に我慢を強いてまで置いて頂く気はありません」

「我慢はしていない」

 スティーヴンの表情が無に戻る。ミラは自分の中に沸々としている怒りをどうしたらいいのか、わからなくなった。

「それなら何故、そのような事を仰せになられたのですか」

「ミラの人生はミラのもの。ミラの好きに生きればいいと思っての発言だ」 

 ミラの中で何かが壊れる音がした。スティーヴンの表面的な対応など見飽きている彼女ではあるが、それでも彼の妻として必死に生きてきた。それを一切評価していないと言われているようで、ここまでの結婚生活全てを踏み躙られた気分になった。

「つまり、スティーヴン様の人生に私は必要ないという事ですね」

「ミラの人生に私は必要ないだろう」

 ミラは侯爵家から嫁ぎ、レスター公爵家で義父に従いながら夫の企みを黙認し、公爵家が取り潰されて子爵になり、エドワードが国王に即位した時に侯爵家に格上げされてからは侯爵夫人として振舞ってきた。

 スティーヴンは一貫してエドワードの側近だったので、たいして変化はない。しかしミラは人付き合いをはじめとても苦労をしていた。誰かに褒められる事もなく、変わる立場に合わせた振舞いをする事は時に苦痛でもあった。それでも自分の振舞いによって夫に不利益をもたらしてはいけないと、必死にやってきたのだ。それが今泡となって消えた。

 もうどうにでもなればいいと、ミラは気力をなくした。

「スティーヴン様は私を妻として受け入れては下さらないのですね」

「ミラがここに居たいのならそれで構わない」

「そのような表面的な言葉は結構です。スティーヴン様のしたいようになさって下さい。ただしジミーは譲りませんが」

 ミラは疲れ切っていたが、何とかスティーヴンを睨む。彼は家の事に関しては何も把握していない。全てを彼女が取り仕切っている。彼女は慰謝料と愛息子を手元に引き取る算段を必死に考え始めた。

「私は仕事をするしか能がない。それ以外の事には無頓着なのだ」

 そのような事を言われなくてもミラは重々知っている。スティーヴンは放っておけば食事もしない。入浴もしない。睡眠だって取らない。

 スティーヴンはエドワードに人生を捧げているようなもので、仕事が立て込んでいると他は全て疎かだ。それを支えていたのはミラだが、それさえも気付いていないのかもしれない。そう思うと結婚している意味は最初からなかったのだと、彼女はやるせない気持ちになった。

「陛下やリアンのような振る舞いは、私には出来ない」

 それもミラは期待していない。そもそもエドワードのような執着も、リアンのような愛妻家ぶりも遠慮したいと彼女は思っている。ただ、妻として必要だと言ってほしかっただけだ。少しだけ愛情を向けて欲しかっただけなのだ。

「そのような振舞いを求めた事は一度もありません」

「それはわかっている。だから離婚を望めば対応すると」

 いくらミラが自分の気持ちを隠していたとはいえ、この対応は酷いと思えた。自分では幸せにしてやれないから他を当たってくれと言われているようで、それで喜ぶ女だと思われているのだとしたら、これほど人を馬鹿にした話はないと彼女は憤った。

「スティーヴン様は本当に私に興味がないのですね」

「いや、ミラの幸せは願っている」

「そのような他力本願な話は興味があるうちに入りません」

「他力本願ではない。離婚をするのは陛下の許可がいるから、それなりに私も動かなければいけない」

 離婚する為に時間を割くのは平気で、妻を愛する努力をしないのはスティーヴンらしい。だが、その彼らしさはミラをただ苛立たせるだけである。

「政略結婚が意味をなさなくなった四年前ではなく、何故今になって見直されるのですか」

 四年前なら二人は未だ同居人のままだった。あの時に一人で生きていける生活を整えるから離婚しようと言われたら、ミラは迷いなく受け入れられただろう。当時は子供がいなかったので、離婚もさほど難しくなかったはずだ。

「すまないと思っている」

 ミラが欲しいのは口先だけの謝罪ではない。スティーヴンは申し訳なさそうな表情を浮かべているが、決して彼女を思っての事ではないと彼女は知っている。自分の判断が正しくなかったと後悔しているに違いない。どこまでも自分本位な人だと彼女は冷めた視線を彼に向ける。

「そう思っていらっしゃるのなら是非行動で示して頂けませんか。今夜は失礼致します」

 これ以上話しても無駄だと言わんばかりにミラは立ち上がった。スティーヴンは引き留めない。ここは引き留める所だろうに本当に何もわかっていないと、彼女は苛々しながら彼の部屋を辞した。

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