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不本意ながら妻は「離婚しましょうか」と告げる  作者: 樫本 紗樹
本編

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ミラの日常

 リアンが訪ねてきて数日過ぎても、ミラとスティーヴンの間に変化はない。フローラがスティーヴンに接する事はないが、リアンが何か行動するのではないかと予想していたミラは意外だなと思っていた。ただスティーヴンがリアンの言葉に耳を傾けていないだけという可能性も捨てきれない。

 しかしミラは色々と考えてしまって抜け出せないでいた。このままだと辛いというリアンが言いたかった意味を必死に考えている。

 愛し合う事は出来ない、それはミラにもわかっている。彼女は気持ちさえ殺してしまえば、結婚当初と同じ同居人になれると思っているのだが、実際そこに辿り着くのにあとどれだけかかるのかは見えない。

「ははうえ?」

「あ、ごめんなさい。ジミー、どうかしたの?」

 ミラは慌てて息子と視線を合わせる為に屈むと笑顔を向けた。スティーヴンの子供はジェームズだけである。リスター侯爵家を継ぐのはこの子しかいないと、彼女は熱心に教育に取り組んでいた。

 ジェームズの言葉をミラが待っていると突然抱き着いてきた。寂しい思いをさせてしまったのかと、ミラは心の中で反省しながら息子の頭を撫でる。

「ははうえ。ジミーがいるよ」

 小さな身体で必死にミラを抱きしめようとする行動が、彼女には愛おしくて仕方がない。まだ子供だからなのか、ジェームズはスティーヴンに似ず思った事を口にする。

「えぇ。ジミーは私の大切な宝物よ」

 ミラにとって息子はとても愛おしい存在だ。スティーヴンはジェームズに関わろうとはしない。仕事で家を空けている時間が多いというのもあるが、どう接していいのかわからないのだろう。彼女自身も両親に愛されて育ったわけではないので正しい父親像は持っておらず、夫に助言など出来ない。

 だが親に愛されないのは辛い。ミラは自分自身が冷めた家庭で育ったからこそ、息子には出来るだけの愛情を注いであげたいと常に思っている。自分の振舞いが正しいかはわからないが、ジェームズは笑顔の多い子供なので不安はさほどない。

 幸いナタリーやフローラの子供達との交流もあって、ジェームズはすくすくと成長をしている。このまままっすぐいい子で、というのは侯爵家嫡男の肩書が許さないだろうが、出来る限り人の気持ちがわかる優しい子のままでいてほしいとミラは願っていた。



 ミラにはリスター侯爵夫人以外に王妃ナタリーの友人という肩書がある。シェッド帝国からナタリーが嫁いできた当初はあまり接点がなかった。ナタリーはレヴィ国内の派閥の均衡が崩れないようにと、誰とも一定の距離を保っていたのだ。帝国派筆頭であったレスター家の嫁となれば、本来はそれでもナタリーに近付くべきだったのだろうが、ミラはあえて必要以上に近付かなかった。ミラは義父の計画も夫の事情も説明されていなかったが、シェッド帝国と手を組む事には納得出来ず、表向きは帝国派の嫁を振る舞いながら深入りはしなかった。

 そして一連の事が済んだ後で、ミラは改めてサマンサから呼ばれたのだ。エドワードの異母妹であるサマンサは社交性が高く、誰とでも分け隔てなく接する。そしてナタリーの友人にと選んだのがミラだったのだ。当時は公爵から子爵へと変わっていた為、王太子妃と接するには身分が低いと一旦辞退したのだが、フローラの横に居てくれないと困ると言われて了承をした。リアンに言われてフローラと付き合っていたミラだったが、いつの間にかフローラの横にはミラが居るのが当たり前になっていた。それに子爵になったとはいえ、スティーヴンはエドワードの側近のままだったので、リアンの妻の横にミラが居る事に誰も異を唱えなかった。


 レヴィ王宮では定期的にナタリー主催の交流会が催されていた。そして誰が集まろうともナタリーの横には必ずミラが居る。子爵家時代はレヴィ語に不慣れな王太子妃の為に帝国語がわかるミラが侍るという体だったが、そもそもナタリーはレヴィ語を習得してから嫁いでおり、わからない事と言えば王都から遠い地名や方言くらいである。本当の目的は公爵家の嫁として十年立ち回ったミラの社交性だ。勿論顔が広いのはサマンサの方だが、どこかへ嫁ぐ前に自分の役割をミラに託したのである。


 今日の交流会は参加者の年齢層が高めである。エドワードが即位した際に、当時嫡男が独身だったモリス家を除いて公爵家も代替わりをした。しかし侯爵家以下はそうではない為、ナタリーより年上の夫人が多い。四年前のシェッド帝国との戦争でレヴィ王国が勝利を収めたものの、貴族全員がナタリーを受け入れたわけではない。それは年齢が上がるにつれて増えるのだが、ナタリー自身というよりは帝国人が嫌いという類である。ナタリーは出身国を変えられない以上好かれようとは思っていないが、問題にならないようにと穏やかに対応をしていた。

「今年も豊穣祭の季節が近づいてきたわね」

 話のきっかけにナタリーが言葉を発した。豊穣祭はレヴィ王国で年に一度王都で催され、全国から国民が集まり非常に盛り上がる。ナタリーは王太子妃時代から王族席で参加しているが、今年は王妃として初めて参加をする。

「今年の演目は恋愛物だと伺いましたけれど」

「そのようですわ。何でも春の即位パレードの時に脚本がふっと降りてきたらしいですよ」

 春に行われた即位パレードも盛況だった。国王夫妻と子供達を乗せた馬車は王都内を巡ったが、貴族達は夜会の準備の為にほとんどが見ていない。だがミラは使用人の実家が丁度パレードの道筋に当たるからと誘われて、ジェームズを連れて一緒に見に行った。国民が皆嬉しそうに馬車に向けて手を振っているのを見て、夫の行動は正しかったのだと安堵したものだ。

「まぁ、それは楽しみですわね、王妃殿下」

「えぇ」

 皆笑ってはいるが、内心ではどう思っているのかなどわからない。ナタリーはそういう機微に疎い。この中にナタリーに対して敵対心を抱いている者がいないかを確認するのもミラの役目である。ちなみにこれはフローラには出来ない所かむしろ邪魔なので、こういう場にフローラは必ずいない。

 ミラは作り笑顔を浮かべている侯爵夫人を確認すると心に留めた。別に咎める必要はない。どう対応するのかを決めるのはミラではないのだから。



「そう。彼女は元々公国派だったから仕方がないわね」

 交流会終了後、ミラは先程心に留めた女性をナタリーに報告をした。レヴィ王国には元々三派あったが、現在派閥はなくなっている。それでも心の中で何かを抱いている者をなくすのは簡単ではない。

「ありがとう、ミラ。対応には気を付けるわ」

 ナタリーもわざわざ自ら何かをするわけではない。心の中で何を考えているのかは自由だと彼女は思っている。ただ派閥を作られて、暮らし難い雰囲気になるのが嫌なので、そうならないように注意するに過ぎない。

「ところでミラ。何か心配事でもあるの?」

 ナタリーは優しくミラに微笑みかけた。ミラは笑顔を取り繕う。ナタリーなら誤魔化せると思ったのだが、その笑顔を見てナタリーは不満そうな表情を浮かべた。

「親しい人なら最近様子がおかしい事くらいわかるのよ。頼りないかもしれないけれど、話を聞く事なら出来るわ」

 ミラはナタリーが自分を心配してくれる事が嬉しかった。彼女は相談される事はあっても、相談をする事はない。しかし第四子を身籠りながらも公務を続けるナタリーに、余計な心配をかけるのは申し訳ないとしか思えなかった。

「お気遣い頂きありがとうございます。ですが大丈夫です」

「そう?」

 ミラは困ったように頷いた。スティーヴンから何かされたわけではなく、リアンに言われて勝手に悩んでいるだけなので、どう話していいのかわからないのだ。人に話をすると気持ちが整理出来る事を彼女は知らない。

「私はいつもミラを頼りにしていて、とても助かっているわ。だからミラもいつでも私を頼っていいのよ」

「はい。ありがとうございます」

 ミラは笑顔を浮かべながら、もしスティーヴンとの間に何か揉め事が起こるようならば、ナタリーに相談をしようと思った。

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