幸せな時間
豊穣祭の夜から再びミラとスティーヴンは肌を重ねるようになった。結局何も解決していない気もするが、それでも彼が無言と無表情ではなくなったので、多少は前進していると彼女は判断した。
豊穣祭を区切りとして王妃の交流会はなくなった。これはナタリーの妊娠が発覚した時に招待状の送付を中止した為だ。ナタリー自身は臨月近くまで対応する予定だったが、エドワードが反対をしたのである。ミラが王宮で作っていた名簿は出産後の来夏用である。
ミラは折角だからと貴族女性との交流を控え、自分と家族の為に時間を費やす事にした。ジェームズの成長を見守りながら、時にスティーヴンと観劇に出かける。彼女は結婚して初めて充実した生活を送っていた。
そのような生活が続き冬の寒さが厳しくなった頃、ミラに体調の変化が訪れた。
「スティーヴン様、子供を授かったようです」
寝室でミラは微笑みながら報告をした。ジェームズに弟をという建前ではなく、純粋に妊娠した事が嬉しかったのだ。ジェームズを授かった時は色々と悩んだが、今の彼女はそれ程の不安はない。夫から愛を語られる事はなくとも、大切にされている事はわかる。それだけで十分だと思える自分はやはり単純だなと彼女は心の中で自虐していた。
「そうか。まだ寒い日が続く。あまり無理をしないように」
「言われなくてもそうさせて頂きます。それとジミーにはもう少し内緒でお願いします。万が一の場合に落胆させたくありませんので」
ジェームズは王宮へ行けず寂しそうにしているので、たまにスミス家に赴いてリアンの子供達と遊ばせている。そうすると帰宅後に弟が欲しいと主張を始める。ミラも可能性はあるので、いつか生まれてくるといいわねと対応していた。
「あぁ、ミラが伝えるまでは黙っておこう」
「ありがとうございます」
「私は自室で寝た方がいいだろうか」
スティーヴンはやや不安気に尋ねた。ミラはどういう意図で発せられたのか汲み取れず首を傾げる。
「いや寝相は悪くないと思うのだが、寝ている間の事なので自制は出来ないから」
「今までスティーヴン様に攻撃された事はありませんけれど」
寝る前に手を繋いでいても、起きた時の体勢は日によってまちまちである。それでも睡眠妨害された記憶がミラにはない。公爵家時代に購入したベッドはクィーンサイズであり、特に窮屈だとも感じていない。
「もしかしてジミーを妊娠した時にご自分の部屋で休まれるようになったのは、それが理由ですか」
「そうだ。妊娠出産に関して私は何も出来ないから、迷惑をかけないくらいしか対応のしようがないだろう」
相変わらずわかり難い人だとミラは思った。一言そう教えてくれれば当時は傷付かずに済んだのにとは思うが今更だ。彼女はスティーヴンに微笑みかける。
「まだ寒い季節なので一緒に寝て下さい。私が冷え性なのはご存じでしょう?」
ミラは毎年冬になると毛布を足元に置き、更に毛布と掛布を重ねて寝ていた。しかし今冬はスティーヴンが横に居るのをいい事に、足元の毛布をやめて彼の足で暖を取っていたのである。
「わかった」
二人がベッドに横になると、ミラはスティーヴンに足先を絡めた。何故だか彼は年中手も足も温かい。触れていると心まで温かくなるので、いつもは早く終わって欲しいと願う冬が、今年は遅くてもいいとさえ思えた。
第二子は順調にミラのお腹の中で育っていった。ナタリーから王宮へ通うのは大変だろうと、五人での交流会以外は出席しなくていいと言われ、ミラはのんびりと日々を過ごした。豊穣祭は一年前と同じく夫婦二人で楽しんだ。この年の観劇は英雄譚であった。
そして秋が深まった頃、ミラは第二子を自宅で出産した。
「奥様。女の子でございますよ」
助産師が取り上げた子供を見て、ハンナが嬉しそうな声を上げる。ミラはどう反応していいか迷ってしまった。
「ジミーに何て言いましょう」
「そのままお伝えする他ないと思います。旦那様がご帰宅されたら、その時に一緒にお連れ致しますね」
「えぇ、宜しく」
ミラが視線を窓に向けると、日差しは西に傾き始めたばかりだ。スティーヴンが戻るにはまだ時間がある。出産前に色々と考えていたはずなのだが、彼女は何も思い出せなかった。その間に助産師が子供を清めて彼女の側に寄る。
「奥様、体調はいかがでしょうか。問題ないようでしたら少し抱かれませんか」
ミラが頷くと助産師はゆっくりと子供を差し出し、彼女は抱きとめた。その顔を見て彼女は微笑み、考える事を放棄した。そもそも男女の産み分けなど出来ないのだから、とにかくこの子を妹として大切に思ってくれるようジェームズに言い聞かせようと思った。
すっかり日が暮れて燭台を灯した頃、スティーヴンはジェームズを抱えて部屋へと入ってきた。
「おとうと!」
ジェームズは子供を見るなりそう言って目を輝かせた。下りたがる息子をスティーヴンは必死に抱える。
「妹だ。それと寝ているのだからもう少し静かに」
「えー、おとうとは?」
「だから何度も弟と妹は選べないと説明しただろう?」
スティーヴンは困惑の表情を浮かべている。ミラが安定期に入った頃、ジェームズにも弟か妹が生まれてくると説明をした。ジェームズは頑なに弟だと言い張ったが、その度にスティーヴンがどちらかはわからないと言い続けた。しかし結局ジェームズは理解しなかった。ミラもベッドに横になったまま、二人のやり取りを見て困ったように微笑む。
「女児だと聞かれましたか」
「あぁ、先に聞いたからこうしてジミーを抱えている」
「おとうとー!」
「ジミー、出産は大変なのだから母上を困らせてはいけない」
「やだー」
「妹以外にはならないのだから諦めなさい」
父親らしくなったスティーヴンにミラは微笑む。相変わらず彼はジェームズに対しても大人と話すように諭そうとするが、通じないとわかれば言葉を選び直す。
「やだー!」
「妹と接する前から否定をしてはいけない。仲良くしないのなら一生弟は生まれない」
暴れていたジェームズは動きを止めてスティーヴンを見つめる。
「いもうととなかよくしたら、おとうとうまれる?」
「そうだな。いい兄になれば弟が出来るかもしれない」
ミラはスティーヴンの言葉に眉を顰めたが、彼の視線は息子に注がれている。彼女はもう出産する気はないと思っていると、ジェームズが満面の笑みで彼女に顔を向けた。
「ははうえ、なかよくしようね」
「え、えぇ、そうね。仲良くしてあげて」
ミラは流石に産む気がないとは言えなかった。理由は何であれ生まれた娘と仲良くしてくれればそれに越した事はない。スティーヴンはジェームズを抱えたままベッドの側まで歩くと、屈んで息子に娘の顔がよく見えるようにした。
「ねてるの?」
「暫くは寝てばかりだから、もう少し大きくなったら一緒に遊びましょうね」
「うん。ジミーがんばる」
ジェームズが嬉しそうに頷くと扉を叩く音がした。子守が夕食の時間だと告げ、ジェームズと共に食堂へと向かい、部屋には夫婦二人きりとなる。
「スティーヴン様、勝手な事を仰せにならないで下さい」
「すまない。この子に危害でも加えられたらと思うと焦ってしまった」
スティーヴンはミラに申し訳なさそうにした後で、娘の方を見つめた。そして再び彼女に視線を戻す。
「私は娘で嬉しい。ありがとう」
「別にスティーヴン様の希望を叶えたわけではありません」
ミラは正直どちらでもよかった。ジェームズも弟に拘っているが、根は優しいので一緒に過ごすうちに妹とも仲良くなれるだろうと楽観視している。
「暫くは身体を休めて、春頃からまた私とも仲良くしてほしい」
「え?」
ミラが驚きの表情を隠せないでいると、スティーヴンは幸せそうな表情を浮かべた。
「出産するかは置いておいて、私はミラと仲良くしたい」
「急にどうされたのでしょうか」
「いや、今私の中にある形容しがたいミラへの気持ちが愛おしい、ではないかと思う」
「確定ではないのですね」
「目に見えないものを断定するのは難しい。だが、ミラがかけがえのない存在なのは間違いない」
スティーヴンの言葉が嬉しくてミラは思わず笑みを零す。
「それで結構ですよ。私はスティーヴン様と子供二人を愛おしく思います」
「そうか。改めて言葉で聞くと嬉しいものだな」
「左様でございますか。それでは私もスティーヴン様から自然と言葉が零れるのをお待ちしていますね」
ミラの笑顔にスティーヴンも頷いて応える。二人はそのまま眠っている娘に視線を向け、名前について話し始めた。
ミラは第三子(男児)を出産しますが、その時には既にジミーは妹が大好きで弟には目もくれません。
その後、家族五人仲良く暮らします。
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