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不本意ながら妻は「離婚しましょうか」と告げる  作者: 樫本 紗樹
本編

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離婚は簡単に出来ないと知っているからこそ

 レヴィ王国内にある屋敷の中で一番と謳われているリスター侯爵家の庭園。元々はレスター公爵家だった故に王都内一の敷地を有しており、季節折々の花が咲き誇る。

 この日はスミス公爵夫人フローラを招いて庭園で茶会が予定されていた。スミス公爵であるリアンとリスター侯爵であるスティーヴンは幼い頃より現レヴィ国王エドワードに仕える側近である。スティーヴンの妻であるミラは、リアンに頼まれてフローラと定期的に茶会をしている。

 夫達はエドワードの側近同士ではあるけれど、ミラ達は政略結婚に対し、フローラ達は恋愛結婚である。しかもフローラから積極的に迫った後の結婚だったせいか、フローラの嫉妬深さは貴族社会で有名だ。夫の友人という贔屓目にみても、リアンは友人にはなれるが異性として意識し難いとミラは思っている。しかし言っても無駄だとわかっているので、ミラはいつもフローラの話を聞き流していた。


 またリアンの惚気話を聞かされると内心うんざりしていたミラだったが、庭園を訪れたフローラの表情は硬い。まさかリアンに愛人でも? と一瞬思うが流石にそれはないと彼女はすぐに心の中で否定をする。リアンはいくつもの顔を持っている人ではあるが、愛妻家なのは間違いない。彼女はそれが少し羨ましかった。

「フローラ様、もし体調が宜しくないのであれば後日に改めましょうか」

「違うのです。体調は宜しいのですけれども、信じられない話を聞いてしまって」

 戸惑っているフローラにミラが椅子を勧めると、ゆっくりとフローラは腰掛けた。いつも夫に愛されて幸せという雰囲気が滲み出ているフローラだが、それがないだけでミラは違和感を抱いてしまう。それでも確かに体調が悪いわけではなさそうだと思えた。

 ミラが侍女に目配せをすると、侍女は察して予定とは違う缶を手に取る。紅茶よりも気分が落ち着くハーブティーがいいだろうと判断したのだ。フローラは心配しなくてもいい夫の浮気を疑って情緒不安定になる時があるので、ミラは二人の茶会時にいつも色々な茶葉やハーブを用意している。

 侍女がハーブティーをテーブルの上に置く。フローラは口に運ぶと、ほっと一息吐いた。

「あの、ミラ様。心を落ち着かせて聞いて下さいませ」

「私は常に落ち着いていると思うのですけれど」

 フローラは決して公爵夫人として褒められた態度ではない。何より夫と子供達が優先で、他の貴族女性と付き合うにもリアンの事で勝手に暴走している。それでもリアンが敵を作らない人なので、大きな問題になった事はない。一方ミラ夫婦は政略結婚らしく、冷めた対応である。夫の事で暴走するなどミラには考えられない。

「これはリアン様から聞いたお話なのですけれども」

 フローラはミラの顔を見て視線を逸らす。明らかに言い淀んでいる。つまりスティーヴンに関しての何かなのだろうとミラは察した。

「フローラ様。私達は政略結婚だと何度もお伝えしているはずです。夫が愛人を作った所で慌てたりはしませんよ」

 ミラの表情は冷めていた。彼女は夫を愛しているが、夫に恋愛感情がない事はわかっている。むしろスティーヴンが愛人を作ったのならば顔を見てみたいとさえ思っていた。

 フローラは信じられない物を見るような視線をミラに投げかける。

「ミラ様はスティーヴン様に対しても冷静に話されるのですか?」

「私達夫婦が感情的に話している姿は想像出来ませんね」

 そもそもスティーヴンは感情が希薄だ。従弟でもあるエドワードに対しての忠義は高いが、それ以外に興味がない事はミラが誰よりも知っていた。だから響かない相手に対して感情的に話しても無駄だと彼女は諦めている。

「リアン様はスティーヴン様に問題があると仰せでしたが、ミラ様にも原因があるのでしょうね」

 夫が愛人を作るのは妻が悪いと言われているようで、ミラは少し腹が立った。彼女なりにスティーヴンの妻として振舞ってきたが、苦労はフローラの比ではないと思っている。夫の負担になるような行いはしていないと彼女は自負しているのだ。

「フローラ様。はっきり仰って下さいませんか。話が見えません」

「スティーヴン様が、ミラ様といつ離婚してもいいと仰ったらしいのです」

 離婚と聞いてミラの表情が一瞬強張るが、すぐに微笑に変わる。残念ながらフローラはこの一瞬を見逃したので、ミラが余裕にしか見えなかった。

「それを聞いて以前ミラ様がいつ離婚してもいいと言われていたのを思い出しました。ですが、あれは本心ではありませんよね? ミラ様はスティーヴン様を慕っていらっしゃいますよね?」

「私達は政略結婚で、愛情はないと何度も説明したはずです」

 ミラも最初は政略結婚と割り切っていた。夫に愛情を抱けず、フローラの気持ちが一切理解出来なかった。しかし彼女はある事をきっかけに、スティーヴンに愛情を抱くようになったのだ。だが、愛情が育つにつれ、愛されない事に苦しむようになる。彼女は今、夫に対しての愛情をなくそうと悲しい努力をしている所であった。

「何故隠されるのか存じませんが、ミラ様のお気持ちは私もナタリー様もわかっていますよ」

 何故王妃であるナタリーにまで筒抜けなのかと、ミラは頭を抱えたくなった。フローラもナタリーも夫を愛し、夫に愛されている。それ故に他の家もそうだと思い込んでしまうのかもしれないと彼女は思った。彼女は自分の態度がわかりやすいという自覚はない。

「ですから、私は夫の事など何とも思っておりません」

 貴族の政略結婚なら仮面夫婦など珍しい話ではない。ミラも数年前までは実際そうだった。彼女は必死にその頃に戻ろうとしているのだから放っておいてほしいと願うものの、フローラは遠慮を持ち合わせていない。

「ミラ様のそのような態度が宜しくないと思います。スティーヴン様に愛していると伝えれば、離婚になるはずがないではありませんか」

「別に愛していません」

「それなら離婚しても宜しいのですか」

「以前からそう申しておりました」

 実際ミラは親しい者だけの茶会でそう言っていた。側にいて愛されないのなら、結婚していても意味がない事はわかっている。しかし離婚しては生活が出来ないから現状維持を選んでいるのだ。それに貴族の離婚は簡単ではない。故に彼女やスティーヴンがいくら口にした所で、実際離婚出来る可能性は低い。彼女は離婚が現実的ではない事を理解しながら、あえて夫を愛していないと周囲に思わせる為に離婚してもいいと言葉にしているだけで、勿論本意ではない。

「ミラ様。離婚されたらどうやって生きていくおつもりですか。ここは素直になるべきです」

「私の話を真面目に聞いて下さいませんか」

 ミラは内心泣きそうになっていた。愛していると伝えて、スティーヴンが愛してくれるのなら既にそうしている。そうはならないとわかっているからこそ、彼女は想いを心の奥に沈めているのだ。あくまでも政略結婚をした夫婦でいられるように。

「そうですか。ミラ様も離婚の意志は固いのですね」

「今の会話から何故その結論になるのでしょうか」

「いえ、わかります。私でよければいつでも力になります」

 フローラは真剣な表情でミラの両手を握る。ミラはフローラの勘違いを訂正出来ないと判断し、適当に流す事にした。こういう時はリアンから話を通した方が早いと、彼女は経験上知っているからである。

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