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不本意ながら妻は「離婚しましょうか」と告げる  作者: 樫本 紗樹
本編

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息子の願い

 エドワードの所に手紙を届けた午後、ミラは予定通り交流会に参加していた。ナタリーの両脇をミラとエミリーで固める日は、少々難題がある日が多い。今日は女児を持つ女性が集められていた。

「今日は気兼ねなく楽しんでね」

 ナタリーが柔らかく参加者に微笑みかける。今日の交流会の参加者は侯爵家に嫁いだ女性七名。レヴィ王国では派閥がなくなりはしたものの、貴族同士が全員仲良く出来るはずもない。集められた女性達も決して仲が良いわけではなく、家の実力が近いだけだ。そして周囲より頭一つ抜き出る為に娘を将来の王太子妃にと望んでいる。

 テーブルには王妃御用達の紅茶と王宮料理人の焼き菓子が用意されていた。しかし空気は決して明るくない。今日集められた女性は、過去にエドワードとの件で嘘を吐いていた者ばかりなのである。ナタリーの言う気兼ねなくが、どういう意味なのか皆が量りかねていた。

 しかし黙っていては何も起こらない。エミリーの横に腰掛けていた女性が思い切って口を開く。

「今日のミラ様はいつもと雰囲気が違いますね」

 ミラは自分に話が向けられると思っていなかったが、顔触れを見れば致し方ないかとも思えた。それに今日は緋色のワンピースを着ている。普段ならまず着ない色だ。

「エミリーさんに合うものを見立てて貰いましたのよ」

 ミラは作り笑顔を浮かべる。本当はライラが見立てたものだが、赤鷲隊隊長夫人は基本的に交流会に参加しない。ナタリーが気の置けないと思っている、五人での時に限るのだ。知らない人に説明するのも面倒なので誤魔化したのである。

「まぁ。流石はエミリー様ですね」

 エミリーはウォーレンが気に入っている仕立屋の服に身を包んでいる。ウォーレンが美の追求に一切妥協しない事は貴族なら誰でも知っていた。化粧をする男性として嫌悪する者もいるが、実際中性的な美しさを目の当たりにすれば認めざるを得ない。そしてなかなか人を認めない彼がエミリーを認めているので、皆が一目を置いている。

「お綺麗な方をより魅力的にするのはとても楽しいものです」

 エミリーは上品に微笑む。彼女は伯爵家の令嬢ではなく、ライラの乳母の娘である。だが彼女の父親が伯爵家の次男だった為、書類上伯父の家の養女として肩書を付与したに過ぎない。しかし公爵家の侍女としてライラに侍っていたので、茶会の流れなどは熟知している。上辺の笑顔を作る事も容易かった。

「えぇ、今日のミラ様はとても素敵ですわ」

 他の女性にも褒められて、ミラはくすぐったい気持ちになった。社交辞令だと思うのに滅多に褒められないので嬉しく感じてしまい、自然と笑顔になってしまう。

「ミラの魅力が皆に伝わったのなら私も嬉しいわ」

 ナタリーは微笑んで紅茶を口に運んだ。それをきっかけに参加者達も紅茶を口に運ぶ。

「ミラ様は何か心境の変化でもございましたの?」

 ミラの事情など何も知らないのだから、この疑問は不思議ではない。しかしミラも伊達に十五年も社交界に身を置いていない。これくらいでは動揺などしない。

「王妃殿下の側におりますと、努力を怠ってはいけないと思いました」

 ミラは離婚するかしないかまだはっきりしないのだから、自分の都合でどうこうと思われたくない。それでナタリーを引き合いに出したのである。エドワードに相応しくあるようにと努力をしているナタリーをミラは近くで見ている。

「ふふ。陛下の愛情を独り占めするのはとても難しいもの」

 ナタリーが意味深に微笑む。エドワードがナタリーの行動を監視しているのは、彼に近しい者しか知らない。ここに集まった女性達は当然知らないが、二人の仲が睦まじいという噂は知っている。

「お二人は私の憧れです」

 明らかにおもねっている言い方がミラには引っかかったが、ナタリーはそれを気にせずに微笑む。

「ありがとう。今後もそう言って貰えるように心掛けるわ」

 ミラは内心感心していた。帝国との問題が解決した四年前、ナタリーは王太子妃としては頼りなかった。表向きの顔を作るだけで精一杯という印象だったのだ。それが今では相手を翻弄しているようにさえ見える。実際の所、ナタリーは未だに相手の気持ちを察する事を苦手としており、阿ったとは感じていない。ただ素直に夫への愛情を示しているだけだ。しかしそれが却って相手の心を乱している。自分の娘は王太子妃候補になれないのではと不安にさせる。

 こうして今回の交流会は参加者七名が緊張したまま幕を閉じた。



 ミラは交流会後、ジェームズを連れて王宮に宛がわれた部屋へと戻ってきた。

「ははうえ、いつかえる?」

 ジェームズはミラに笑顔で尋ねた。彼女は困惑を心の奥に隠して息子に微笑みかける。

「ジミーは帰りたいの?」

「ジミー、おとうとほしい」

 ミラはジェームズの脈絡のない内容に首を傾げた。

「あのね、かぞくなかよくすると、おとうとできるって。だからかえりたい」

 一体誰がジェームズにそのような事を吹き込んだのかとミラは頭を抱えたくなった。しかし間違っているわけではないので訂正は出来ない。それに息子に対し、両親が仲良くないと説明するのも彼女には抵抗があった。

「ジミー。ごめんね」

 ミラはジェームズを優しく抱きしめた。息子の願いを叶えるならばスティーヴンに頼まなければいけないが、断られるとしか思えない。

「ははうえ?」

「頼りない母上でごめんね」

 ジェームズは王宮でリチャードと一緒に生活をしている。リチャードには弟がいるのでそれが羨ましかったのだろうとミラには思えた。可愛い息子の願いは何でも叶えてやりたいが、一人ではどうにも出来ない。彼女自身まだスティーヴンに気持ちは残っているが、たとえ息子の願いだと伝えても聞き入れてはもらえないだろう。

 ミラはジェームズを抱きしめながら、今日のスティーヴンの態度を思い出す。彼は一切顔を上げなかった。仕事に集中していて気付かなかった、とは流石に思えない。王宮で暮らし始めてから会いにも来なければ、手紙も寄越さない。彼女ならジェームズに一日でも会えなければ不安で仕方がないのに、それさえも平気なのかと思うとやるせない気持ちでいっぱいになった。

「ミラ様、少し宜しいでしょうか」

 ノックの後に男性の声が聞こえてきた。聞き慣れない声に不安を覚えたが、ここでミラが暮らしている事を知っている人間は少ない。ミラはハンナに目配せをした。ハンナは頷いてから扉を開ける。

 そこに立っていたのは軍服を着た男性である。年齢はスティーヴンよりやや若いと思えたが、やはり顔に見覚えはない。しかし彼女はジェームズをハンナに預けて彼の前に立った。

「初めまして。ノルと申します」

「初めまして、ミラ・リスターです」

 名前を聞いてミラは安心したと同時に、疑問を持った。ノルはエドワードの父方の従弟であり近衛兵だ。警護の仕事をしていない諜報員である彼が、何故自分の元に来たのかわからない。

「陛下より手紙を預かっております。どうぞ」

 差し出された手紙に嫌な予感しかしないが、受け取りを拒否する事は出来ない。ミラは仕方なく受け取った。

「何故ノル様がわざわざお持ちになられたのでしょう」

「陛下は無駄な事は致しません。それでは失礼致します」

 ノルは一礼をすると部屋を出ていった。ミラは仕方なく、鷲の封蝋がされた手紙の封を切って中身を確認する。それはスティーヴンと話し合いの場を明日の午後王宮の一室に用意したというものだった。流石はナタリーの予定を全把握しているだけあるとミラは思った。明日は交流会がないのだ。

 お膳立てをされてスティーヴンがどのような対応をしてくるのかミラにはわからない。だが、このまま王宮に留まり続けるわけにもいかない事はわかっている。

「ははうえ、ねぇ、いつかえる?」

 ジェームズの純粋な眼差しに、ミラは言葉を選べない。手元の手紙に一旦視線を落としてからジェームズを見つめる。

「明日、父上と相談してから決めるね」

「ちちうえにジミーもあう」

「明日はリチャード殿下と約束があるでしょう? 約束は守るものよ」

 ミラの言葉にジェームズは泣きそうになったが、それに耐えて彼女を見つめる。

「ははうえ、やくそく。いっしょにかえろう」

 ミラはどうなるか見えていないが、ここは正直に言う事でもないだろうと笑顔を作る。

「えぇ、一緒に帰りましょうね」

 ミラの言葉にハンナが不安そうな表情を浮かべる。ミラはそんなハンナに心配しないようにと微笑みかけた。

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