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不本意ながら妻は「離婚しましょうか」と告げる  作者: 樫本 紗樹
本編

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14/29

仕事中の小休憩

 ミラが立ち去った際に、エドワードは近衛兵に指示を出した。暫くして給仕係が飲み物と砂糖菓子を乗せた小皿を三人の机の上に置き、一礼して辞していった。

「エディ。妙な物はスティーヴンだけにしておいてよ」

 リアンは初めて見る飲み物に嫌悪感を隠さない。エドワードはそれを気にせず、カップを口に運ぶ。

「これはサマンサが嫁いだ国の飲み物で珈琲だ。紅茶とは違った香りで私は良いと思うが、嫌なら無理をしなくてもいい」

「サマンサ殿下御用達なら、それを先に言ってよ」

 リアンは笑うと珈琲を口に含んだ。エドワードは不機嫌そうにリアンを睨む。

「私よりもサマンサを信用するのか」

「サマンサ殿下は嘘を吐かないから。だけどこの苦いのがいいの? 俺は葡萄酒の方がいいな」

「その葡萄酒は夜会用に仕入れてやっているだろうが」

 リアンが当主を務めるスミス家の領地は葡萄の名産地であり、特産品は葡萄酒だ。庶民向けから何十年と寝かせた高級品まで幅広く、レヴィ国内で一番流通している。国内だけには留まらず、輸出までしているのでスミス公爵家の財政は順調だ。

「しかしサマンサはまだ嫁いで一年半なのに、子供は未だかと周囲が煩いらしい。とんだ国だな」

「ナタリー様も常に言われていたんじゃないかなぁ」

「レヴィ国内で口にする者はいなかった。帝国は、あれだが」

 エドワードの情報網は広い。ナタリーが母国から出産を急かされている事もわかってはいたものの、当時の彼は何の手も打たなかった。その時は預かっているだけで、戦争後には母国へ帰すつもりだったからだ。それでもレヴィ国内ではナタリーに懐妊の兆しがない事を誰も責めはしなかった。エドワード自身に問題があるかもしれないと、貴族達が勝手に思い込んで口を閉ざしていたのだ。

「そう考えるとミラさんの苦労は計り知れないよね」

 スティーヴンは珈琲を無言で堪能していたのだが、リアンの言いたい意味がわからず視線を向ける。リアンは呆れ顔を浮かべた。

「結婚して十年だよ。周囲は煩いし、子供を産めなくて寂しかっただろうなぁ」

「私の父は無関心で、弟に子供が居たから気にしていなかっただろう」

 スティーヴンは三人兄弟の長男である。次男は軍人になり家を出てしまったが、三男は結婚をして子供にも恵まれ領地レスターで暮らしていた。レスター公爵家が取り潰された後は、男爵を叙されてそのまま暮らしている。三男は父と長男の争いに関わっていなかったのだ。

「スティーヴンは本当にミラさんの事をわかっていないよね。女同士のお茶会で嫌味を言われないはずがない。勿論、当時はレスター公爵家の嫁だから誰も大声では言えなかったけれど、小声の嫌味の方が耳に入るものだよ」

 スティーヴンはミラに聞かされるまで知らなかった話を、当然のように知っているリアンに少し苛立つ。そして苛立った自分に違和感を抱いた。

「スティーヴンのおばあさんは見る目があったよね。レスター家の嫁として空気を読むミラさんを探してきたんだから」

「貴族に生まれたのなら誰でも空気くらい読むだろう」

 スティーヴンの言葉にリアンは盛大なため息を吐いた。

「フローラの悪口は許さないよ」

「あぁ、すまない。彼女が空気を読めない事を失念していた」

「フローラは可愛いからいいの。そうじゃなくて、ミラさんが素晴らしいと言う話」

「可愛いからと言って許されるものではないと思うのだが」

「だから今はフローラの話は忘れて。ミラさんの話をしているんだから」

 リアンに睨まれスティーヴンは納得がいかなかった。そもそも名前を出したのはリアンの方ではないかとスティーヴンが内心不満に思っていると、エドワードが間に入った。

「今のはリアンの言い方が悪い。仕事以外は無能という前提で話をしないとスティーヴンには伝わらない」

「あぁ、そっか。そうだったね」

 二人の会話にスティーヴンは眉を顰める。

「無能は流石に言い過ぎではないでしょうか」

「その服装で言われても説得力がない。スティーヴンは本当にそれが私の側近として正しいと思っているのか」

 スティーヴンは視線を自分の服装に向ける。しかし彼は着られれば何でも同じである。色味や素材など気にした事もない。

「特にほつれている箇所もありませんし、大丈夫だと思いますが」

「うん、無能。ミラさんがスティーヴンを見て驚いていたのさえ気付かないか」

 リアンも呆れている。彼は珈琲が苦かったのか、横に置かれた砂糖菓子を口に運んだ。

「というかミラさんを見なかったね。今日のミラさんは綺麗にしていたのに」

 スティーヴンは自分の格好に興味がないのだから、誰に対しても興味を持たない。彼がミラを見ていた所で違いに気付くはずもないが、リアンはこういう所に抜け目がない。

「王妃殿下の手伝いをしているらしいから、それ相応の格好はしているだろう」

「あれを本気で信じてるの?」

 リアンの言葉に驚き、スティーヴンはエドワードを見る。エドワードは笑顔を浮かべてから珈琲を飲む。

「豊穣祭目前で慌ただしいのは間違いないが、ミラの手伝いが必要な程ではないだろう。ナタリーは王太子妃時代から参加していて慣れている。妊娠中に参加するのも初めてではない」

「今は帝国の件もあるではないですか」

「あぁ。いくらミラが帝国語を扱えるとはいえ、シルヴィに会わせたりしない。既に適任者に任せてある」

「ナタリー様にとって、ミラさんは大切な友人というだけだよ」

 リアンは小皿を指してからスティーヴンに手を伸ばす。スティーヴンは机の上にあった小皿をその上に乗せた。リアンは笑顔で感謝を示す。

「友人?」

「スティーヴンは本当に興味を持たないね。王妃主催の交流会ではナタリー様の両脇にミラさんとエミリーさんがいるのは常識だよ」

「エミリー?」

「そこから?」

 リアンは呆れてエミリーの説明をする。スティーヴンは基本国王の側近という仕事に関わらない事以外は全てにおいて興味を持っていない。だから宰相の弟の嫁など知りもしなかったのだ。

「俺の予想だと今日のミラさんはエミリーさん仕立てだと思うな。ハリスン家に嫁ぐだけあって美的感覚は鋭いね」

「リアンも顔は普通だが、美的感覚は悪くないからな」

「エディ! 言い方!」

「そこの顔は良いのに美的感覚皆無男よりは優れていると思っている」

 エドワードはやや馬鹿にしたような表情をスティーヴンに向ける。しかしスティーヴンには響かない。スティーヴンは仕事さえ出来れば、あとは本当にどうでもいいのだ。一方、リアンはスティーヴンより上と言って貰えたと笑顔を浮かべる。

「俺が一番の臣下になるのは時間の問題かな」

「やる気があるならスティーヴンの仕事を請け負って欲しい。徐々に悪化していて今日は酷い」

「酷いとはどういう事でしょうか」

 スティーヴンはいつも通りだと思っている。そんな彼に対し、エドワードはわざとらしく盛大なため息を吐いた。

「その予算案、普段ならもう完成しているはずだ。睡眠不足は効率が落ちるとわかっていて何故寝ない」

 スティーヴンはエドワードの指摘に目を逸らした。スティーヴンは最近満足に寝ていない。ベッドで横にはなっているのだが熟睡出来ないのだ。

「ほら、ミラさんが必要ってわかったでしょ?」

 リアンは勝ち誇ったような顔をしながら砂糖菓子を頬張る。スティーヴンはリアンの態度が面白くない。

「ミラとは普段から一緒に寝ていないから関係ない」

「えぇー。寝室が別なら夫婦の語らいは何処でするの?」

 スティーヴンは怪訝そうな表情でリアンを見た。夫婦の語らいが言葉通りなのか、閨の事を指しているのか彼にはわからないが、どちらであろうとリスター侯爵家には存在しない。

「うわー。そこまでか。通りでミラさんの行動を把握出来てないはずだよ」

「私に妻の行動を監視する趣味はない」

「エディの行動は愛情が重いだけだから。興味がないよりは重い方がいいから」

 スティーヴンは無表情だが、理解出来ないという雰囲気が滲み出ている。エドワードはリアンを睨んだが、彼はそれを笑顔で受け流した。

「ナタリー様は綺麗になられて、よく笑われるようになった。ミラさんは心から笑わないよね。それに関して何とも思わないの?」

「私に対して笑う女性などいない」

 スティーヴンは仕事以外に興味がない自分が女性受けしない事はわかっているが、煩わしくなくて楽だと割り切って生きてきた。自分が笑わないのに相手に求めるのはおかしいとさえ思っている。

「私と別れればミラも笑うようになるだろうが、陛下が離婚の許可を下さらない」

「簡単に離婚出来ると思っているのがおかしい。妻を笑顔にする努力をしてみろ」

 エドワードにそう言われてもスティーヴンにはその方法が見当もつかない。

「とにかくミラを屋敷に連れ戻せ。話し合いもせずに離婚など許可出来ない」

「しかしミラから離婚をしようと言われたのです」

「まだ答えに辿り着いていないのか。仕方がないから場を整えてやる」

 エドワードはそう言うと休憩は終わりだと示すように視線を机の上に落とした。スティーヴンは珈琲を口に運び、遅いと指摘をされた予算案と向き合った。

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