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- 立夏に偲ぶ - (1)
その日、青年はいつになく不快な目覚めを迎えた。
夢の内容を思い出そうとするものの、一向に思い出せないことも彼にはとても珍しいことだった。
仕方がないと気持ちを切り替えるため、窓を開けた途端、突風が吹き込んできた。
慌てて目をかばったとき、風で飛ばされてきたのか、視界の隅にそれが入った。
桜の枝だ。この時期ではすでに葉桜のはずが、この付近では見たことのない色の花が咲き誇っている。さらに不思議なことに、その枝に重なるように、産み落とされたばかりの赤子が、なぜか透き通って見えていることだった。
普通の人間ならば、悲鳴をあげるか腰を抜かすかする光景だが、青年は一気に表情を険しくさせた。これと同じものを過去に一度だけ渡された覚えがあったからだ。
(だが、あれは、その場でのことだったはずだ……)
枝を拾い上げ、じっと見つめる。間違いない、あのときと同じものだ。
だが――。
急いで身支度をして、外に出るやいなや駆け出した。
(まだ、猶予はあるが、いつものようには行けないとなると時間がかかる。だが、とりあえず、こちらがさきだ)