第七話 観測者のラストゲーム(side:ナイアロトプ)
「主様……最後の《久遠の咎人》である、《破滅のゾラス》をロークロアへと送りました」
上次元界にて、ナイアロトプは上司であるロークロアの最高責任者に対して交信による連絡を行っていた。
「……ただ、ゾラスは此度の騒動が終われば、下位神の末席に加えろなどと、ふざけたことを申しておりますがね」
「厄介なことを申してくれたものだ。しかし、それでロークロア騒動が無事に終わるのならば仕方がない、か。ゾラスにしても、下位神に引き上げたとしても、私に命を握られたままの状態に変わりはないと知っているだろうに、よくそんなことを願ったものだ。上手く立ち回って、我々を出し抜こうという算段なのだろうがね。まあ後のことは後で解決すればいい。信用のおけない下位神が入り込んだとしても、こちらで幾らでも建前を用意して処分できる」
上位神が鼻で笑う。
「そんなことより……あの御方の満足のいくシナリオは書けたのだろうな?」
「はい、勿論ですとも」
ナイアロトプはそこで口端を吊り上げ、笑みを浮かべた。
ゾラスには一本取られて面倒な契約を結ばされる形にこそなったが、ロークロアのシナリオに抜かりはない。
ロークロアに注目している最高神あの御方にも満足してもらえる自信があった。
「ゾラスは手筈通り、《沈黙の虚無ゼロ》を捕らえて、カナタを王都へと誘い出したようです。史上最強の魔法帝ゾラスと、神に楯突いた異世界転移者カナタの、世界を懸けた戦いの幕開けです。ネームバリューのある異世界転移者やモブ達もかき集めてくれるようです。これであの御方以外の上位神の方々にも喜んでいただける幕引きになることかと」
「ふむ、それは悪くない筋書きだ」
「そしてゾラスが勝利した後……《沈黙の虚無ゼロ》を利用して発動した呪いが、ロークロアの世界全土を蝕み、あらゆる生き物の命を奪うでしょう。そのまま自然な流れでロークロアの運営終了へと持っていける算段です」
ナイアロトプがニヤリと笑った。
現在、ロークロア運営は二つの問題を抱えていた。カナタとナイアロトプの戦いに決着を付けること……そしてそれを終えた後に、ロークロアの世界を終了させることである。
異世界一つの運営はリソースが馬鹿にならないため、利益回収の見込みのなくなった世界は早急に畳まなければならない。
ロークロアはカナタを処分するために、派手な運営介入を行い過ぎた。
元々ロークロアは上位存在の介入を抑え、リアルな異世界転移者達の冒険や人生をコンテンツにするというコンセプトであったのだ。
もう元のコンセプトに軌道修正しても、神々達は『ロークロアは何か問題があれば際限なく神々が干渉する』ことを知っている。
そしてこの世界でのレベル数千のやり取りを散々目にしている以上、レベル数百程度の転移者が活躍したとしても地味な戦いにしかならない。
あの御方のお気に入りのカナタの処分さえ終われば、ロークロアはすぐにでも畳む必要がある。
しかし、それが雑な畳み方であれば、ロークロアの運営元のブランドに大きく関わる。
なるべくリソースを抑え、かつ自然にロークロアを終わらせる必要があるのだ。
であれば『カナタを処分するために送った刺客がそのままロークロアを終わらせた』というのが一番丸い筋書きであった。
「しかし……リスクケアは十全か? 万が一にもゾラスが敗れた場合、我々ロークロア運営は完全に打つ手がなくなる」
上位神がナイアロトプへ問う。
もしこれでカナタがゾラスに勝利すれば、ナイアロトプはどうすることもできなくなる。
ロークロアに介入する手段を完全に失う上に、あの御方が見ている手前、理由を付けてロークロアごとカナタを消去して終わりにする、などというつまらない決着を付けるわけにもいかなくなる。
しかし、だからといって放置するわけにもいかない。
赤字を出し続けながら運営できる程異世界は甘くはないのだ。
そうなった場合、介入も、消去も、続行もできない、完全な八方塞がりの出来上がりとなってしまう。
絶対に避けなければならない事態であった。
「ええ、問題ありません。既にゾラスはゼロの封印を解き、この世界を呪いに沈める準備を整えている。仮にゾラスが敗れたとしても、あの呪いは止まりはしません。癪ですが、ゾラス自身にも意見をもらいました。あの不死者ルナエールにも、一度動き出したゼロの呪いを止めることはできませんよ。少々強引な流れになるためあくまで次善策ですが……戦いには勝ったが、呪いを解くことはできなかった……というバッドエンドを用意しております」
ナイアロトプは自信満々にそう告げた。
「二段構えというわけか」
上位神もナイアロトプも筋書きに満足した様子であった。
今回のシナリオはあの御方を納得させるために最後の戦いを演出しつつ、本命は呪いによってカナタ諸共ロークロアを消し飛ばすことにある。
これまで辛酸を嘗めさせられ続けてきたナイアロトプであったが、今回は周到であった。
ナイアロトプが手を掲げると、カナタの現在の様子が浮かび上がった。
ゾラスからの伝言を聞き、ヴェランタの力を用いて王都へと転移するところであるようだった。
「さぁ、ラストゲームと行こうじゃないか、カンバラ・カナタ! もっとも、どっちに転ぼうとも、お前に残された未来は世界諸共の破滅だがな!」