第五話 黒の死神の虚言
ポメラとフィリアが、ムスッとした表情でロヴィスの前に立って並ぶ。
「な、なんでしょうか、お二方……?」
ロヴィスが引き攣った作り笑いを携えて、彼女達へと尋ねる。
ポメラはロヴィスから視線を外し、俺を追求するように見る。
「……あの、カナタさん、この人、本当にお知り合いなんですか? 黒の死神ロヴィスは、盗賊団によるマナラークの襲撃事件に加担していた賞金首なんですよ?」
ロヴィスはそんなこともやっていたのか……。
そのことについては初耳であった。
「いえ、一応知り合いではありますが、別に取り立てて深い仲では……」
「あ、ああ! マナラークでの一件では、聖女ポメラ様にとんだご失礼を……! しかし、あの事件には、深い訳があったのです! 俺はあの盗賊団……《血の盃》を探るため、連中に協力した振りをして信頼を得ようとしており……!」
ロヴィスが青い顔色のまま、ポメラへと媚びるような笑みを向ける。
「カナタ。あのね、フィリアもこのお兄さん、悪い人だと思うの」
フィリアもまたロヴィスへと冷たい視線をぶつけ、悪事を密告するように彼へと指を差していた。
「な、なかなか手厳しいお嬢さんだ。カ、カナタ様、もも、もしお邪魔でしたら、俺はここから去りましょうか……?」
ロヴィスは滝のような汗を顔面から流しつつ、俺へとそう口にする。
ロヴィスが先に口にしていた、この戦いが自身の生まれ落ちた理由であると確信しているとはなんだったのか。
「そう邪険にしてやるな。死神ロヴィス……少々信頼しかねる点はあるが、戦闘技術については天賦の才がある。我も一万年近い時を生きてきたが、これ程までの白兵戦の才覚は初めて見る。鍛えるだけの価値がこの男にはあると判断した」
ヴェランタが口を挟む。
「それに《歪界の呪鏡》の悪魔にほとんど動じないのも彼だけですから、彼はこのレベル上げに適しています。さすがカナタが見込んだ方というだけはあります。ただ、その……」
ルナエールは深く頷いた後、顔を赤くして身を捩らせ、言葉を濁した。
「あの……カナタがこの方を信頼していたということはよくわかりました。ただ、その……あ、あまり、私のことを赤裸々に言いふらすというのは、歓迎できませんね。私にだって、その……恥じらいというものが、ありますから」
「……すみません、何の話ですか?」
俺はルナエールの言っている意味がよくわからず、すぐに聞き返した。
「……白を切って、私の口から言わせようというつもりですか、カナタは。マナラークでロヴィスと初めて会った際に、彼から聞きましたよ。その……わ、私のことを愛しているだとか、そのようなことを彼へと好き勝手に吹聴していたと。ま、全く……それを聞いたとき、私がどれだけ恥ずかしかったか……顔から火が出る想いでした」
相変わらずルナエールは、もじもじとした様子でそう続ける。
しかし俺の方は、相変わらず全く心当たりがなかった。
いったいルナエールはさっきから何の話をしているんだ?
ふと横へ目を向けると、ロヴィスがそうっと立ち上がり、ルナエールから距離を取ったところであった。
「もう、そのようなことは止めてくださいね。……嬉しくなかったかといえば嘘になりますが、えっと、そんな話がしたいわけではなくて、私はただ……」
ルナエールが、その綺麗な白い髪の先を、手で落ち着きなく弄くり始める。
「あの……別に俺、ロヴィスさんとそんな話をしたこと、ありませんよ……?」
「えっ」
ルナエールは俺の言葉を聞き、何が起こったかわからないといった表情で硬直した。
「そもそも何度か顔を合わせたことはありますが、別にロヴィスさんと何か交友関係にあったということはありません。あの、ルナエールさんは何か勘違いをしているのでは……?」
「そっ、そんな、わ、私、えっと、で、でも……!」
ルナエールの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。
表情にはあからさまな困惑の色があり、彼女の綺麗なオッドアイにぐるぐるの渦巻きが浮いているのが見えるかのようだった。
「カ、カナタ、えっと、照れ隠し……ですよね? そうでなければ私は、とんでもなく恥ずかしい、自意識過剰の愚か者となってしまいます。あの、ロヴィス……」
「《短距離転移》!」
ロヴィスの姿が魔法陣に包まれ、その場から消えた。
離れたところに現れたかと思えば、一直線に走って逃げていく。
その顔は必死の形相であった。
俺はなんとなくだが事情を察した。
恐らくマナラークの騒動で盗賊団に加担していたロヴィスは、たまたまその場に訪れていたルナエールと対立し、ロヴィスは咄嗟に俺の知人を装うことで難を逃れたのだろう。
追い詰められたロヴィスが、おべっかや平謝り、大胆な嘘でその場を切り抜けようとするのは、俺も何度か経験している。
顔を真っ赤にしたルナエールが地面を蹴ってロヴィスを追う。
それだけで反動で床が罅割れ、通路の一帯が大きく揺れた。
ルナエールから逃げ切れるはずもなく、ロヴィスは瞬時に首根っこを掴まれ、通路の床を引き摺られる形になった。
「ぶふぁっ!」
「わっ、わわわ、私によくも、カナタに対して恥を掻かせてくれましたね! そもそもっ、ああ、あなたっ! 最初からカナタの友人でさえなかったなんて! 私はあんな馬鹿げた虚言に騙されてのぼせ上がって、こんな下劣な男を見逃してしまっていただなんて!」
ルナエールの手許に魔法陣が展開され、圧縮された黒い光が宿っていく。
「あなたのような悪党は、この場で粒子単位に分解して消し去ってあげます!」
ヴェランタが素早く、いつもの黄金門でルナエールの元へと転移する。
「落ち着くのだ不死者よ! その男は重要な戦力だ!」
「邪魔しないでください!」
「ごふっ!」
ルナエールが振るった後ろ手に、容易くヴェランタが吹き飛ばされる。
俺はその隙に、ルナエールの両腕を背後から押さえた。
「お、落ち着いてください! 何があったかは知りませんが、こんな男でも重要戦力だそうですから!」
「放してくださいカナタ! この男を見過ごすわけにはいきません!」
振り返ったルナエールは、気恥ずかしさのためか顔が真っ赤になり、目には涙が浮かんでいた。
「落ち着いてくださいルナエールさん! 愛してますから! 愛してますから! だから一旦落ち着ていください!」
俺は必死にルナエールを宥め続けた。