第四話 不死者の修行
ヴェランタによって塔の最奥部へ空間転移をしてもらえた俺達は、ヴェランタを先頭に通路を歩いていた。
「この先にルナエールさんがいるんですね」
「ああ、現在あの不死者は集まった戦力の中で、信頼ができて伸びしろのある者を四名まで選別し、そなたの持っていた《歪界の呪鏡》を用いてのレベリングを行っている」
そこまで話していたとき、前方より一人の男が駆けてきた。
黒に金の色が交じった、メッシュの髪をした男だった。耳にリングのピアスをしており、巨大な剣を背負っていた。
「《極振り》……素早さモード!」
その外見と見掛けには覚えがあった。
異世界転移者の一人、ミツル・イジュウインである。
「どうしてミツルさんがここへ……?」
そのとき、ミツルの背へと、彼を追い掛けてきたボブカットの少女が足を付けた。
彼女は懐から鎖を取り出すと、素早くミツルの身体を拘束し、そのまま地面へと押し倒して馬乗りになる。
「うぐっ! 放しやがれ、根暗女!」
「一人だけ《神の祝福》で逃げるのは許さない……道連れにする」
少女が冷たい眼差しでそう口にした後、俺へと顔を上げた。
「あら……カナタ?」
彼女もまた俺と同じ異世界転移者、《軍神の手》のコトネ・タカナシである。
確かコトネは、ルシファーが《地獄の穴》を荒らした際に、ソピア商会の呼びかけでヴェランタの戦力として招集されていた。
そのままこの地下階層に残っている、ということは……。
「もしかしてルナエールさんが鍛えている四人って……」
俺の言葉にヴェランタが頷く。
「うむ。そこの《極振り》と《軍神の手》は、鍛えれば鍛えるだけの利点がある。短期間でも充分に上位存在に対する重要戦力となるだろう。《軍神の手》の如何なる呪われた装備でも自在に使いこなす力は、我や不死者のコレクションを用いれば一気に戦闘能力を強化できる。《極振り》も限定条件下で、レベルの倍に匹敵する能力を引き出せるというのが面白い。上手く使えば、上位存在連中に一泡吹かせることのできるポテンシャルを秘めている」
ヴェランタが嬉々として語る。
「とはいえ《極振り》の奇襲は能力面が不安定になるため、上手く行けば強力な武器になるが、一つ間違えば簡単に対応されるリスクもある。今我が考えているのは、レベルを限界まで上げた後に攻撃力を引き上げさせて、砲台のようなもので高速で打ち出して運用するという方法であるな。本人の理理解さえ得られれば、恐らくこれが一番パフォーマンスを発揮できる」
さらっとヴェランタがとんでもない計画を口走る。
「助けてくれ、カナタ! こいつら、あまりに容赦がねぇ! このままじゃ殺される!」
あのプライドの高いミツルが、地面に身体を押し付けられた体勢のまま、必死に俺へと手を伸ばしてきた。
「すみません……でも、あの、これ、世界懸かってますから……」
「カナタ、来ていたのですね!」
通路の奥から、ルナエールとノーブルミミック……そして疲れ果ててげっそりした様子の、ロズモンドが姿を現した。
どうやら三人目はロズモンドだったらしい。
「怪我はありませんでしたか? 布石の方はどうでした?」
「無事に始祖竜の討伐を終えました。これで解決すべき布石は全て片付いたはずです」
「そうでしたか……それはよかったです」
ルナエールは安堵したように息を吐いた。
「後は引き続き《大竜穴》のような破壊できない布石の守護を維持しつつ、上位存在の出方を窺いながらの重要戦力のレベル上げの続行ですが……」
俺は言いながら、ちらりとロズモンドへ目を向けた。
「えっと……大丈夫ですか、ロズモンドさん?」
ロズモンドもミツルもコトネも、三人揃って目に生気がない。
「……大丈夫、か。霊薬を過剰摂取させられ、鏡の悪魔と戦い続けさせられることを大丈夫と呼ぶのであれば、そうなのであろうな」
「うわぁ……」
俺のすぐ隣で、ポメラが同情したように声を漏らす。
しかし、ミツルにコトネ、そしてロズモンド、か。
下手な人間のレベル上げを行って、上位存在側につかれたり、暴走を起こされては本末転倒である。
人格面においてもコトネとロズモンドであれば確かに信頼はできるだろう。
ミツルはやや怪しいが……少々性格に難こそあれど、まあ悪い人間ではないのだろうとは俺も思う。
「ルナエールさんが鍛えている人間は四人いると聞いていましたが、四人目は……」
この調子からいくと、四人目も人間性を重視して、恐らく俺やルナエール辺りの知人から選出されているのではないだろうか。
「カナタのご親友の方ですよ」
ルナエールがそう返す。
俺の、親友……?
この世界に来てから、別にさして交友関係が広かったわけではないのだが、親友とはいったい誰のことだろうか?
相手には悪いのだが、正直、心当たりがパッと出てこない。
そのとき、また通路の奥より、また新しい足音が響く。
「泣き言を漏らして恥も外聞もなく逃げ出すとはな。ミツル・イジュウイン。この俺が一度は認めてやった男だったが、目が曇っていたようだ。世界の命運を担える人物ではなかった、か」
声の方へ目を向ければ、黒い外套に身を包む、長身の男が立っていた。
「俺はむしろ満たされている。今の俺には、何の不安や恐怖もない。この世界の在り方と己の使命を知り、まるで透き通った湖のような心持ちだ。手を伸ばすことさえ考えもしなかった天上の高みに、我が身が近づいていくのを感じる。この戦いのために俺は生まれ落ちたのだと確信している」
目を瞑りこちらに優雅に歩んでくる人物は、黒の死神ロヴィスであった。
この間、ポロロックにてグリードの豪邸で鉢合わせしたときのことが頭に過ぎった。
俺の親友……?
「え、まさかこの人が四人目ですか……?」
俺の声を耳にしたロヴィスが目を見開き、素早く膝を折って地面に頭を付けた。
「おおっ、お久し振りでございますカナタ様! まさか、このようなところでお会いできるとは! 現在俺は、ルナエール様の弟子として、精進しているところでして……!」
「……ルナエール様の、弟子?」
つい、声に不機嫌さが漏れ出てしまった。
ルナエールとの師弟関係は俺の中で大事な想い出である。確かに今のルナエールと彼らの関係もまた師弟と表現するのが適しているのだろうが、なんとなく自分の大事な居場所を奪われたような気がしてしまったのだ。
「す、すみません! 俺如きがかの御方の弟子など、烏滸がましかったですよね! 俺のことは、奴隷かペットのようなものだと思っていただければ……!」
ロヴィスが顔を真っ青にして俺を見上げる。
「……ああ、いえ、別にそういうわけでは」
「何の不安も恐怖もなかったんじゃねえのかよ。全身ガクガクじゃねえか」
立ち上がったばかりのミツルが、ロヴィスを目にしてそう毒づいた。