第二話 祖ナル竜
俺はポメラ、フィリアと共に、世界の布石を回収するべく、ヴェランタの指示を受けて異空間へと訪れていた。
一面に果てのない虚空が広がっており、足許に広がる水がこの空間内の全てを鮮明に反射していた。
「ここが《古の神域》……」
ヴェランタ曰く、最後の世界の布石がここにあるとのことだった。
布石の中でもかなり古いものであり、ここに踏み入るためにも難解な手順を必要とするため、後回しになっていたのだそうだ。
この世界の布石を突破すれば、上位存在が自陣営として抱き込める強者や、そうした存在を作るための取っ掛かりは、このロークロアの中から完全に失われることになる。
……ちなみにここに入るためには、世界中に散った十三の竜の宝玉を集め、一ヵ所に揃えてこの空間への門を開くための専用の魔法を行使する必要がある。
あまりに面倒なのでヴェランタも放置しようかと悩んでいたそうだが、『これだけ残しておくのも気持ち悪い』とのことで、念のために回収しておくことになったのだ。
気持ちはわからないでもないが、少々潔癖症の気質があるのかもしれない。
竜の宝玉の方はソピア商会が大枚はたいて集めてくれ、専用魔法の方はヴェランタが解析してくれた。後は手の空いた俺達が乗り込むことになったのだ。
「すごい、すごい! ここ、凄くきれい!」
フィリアが嬉しそうにそう声を上げつつ、水面に映った自身の顔へと手を振っていた。
「あの、フィリアちゃん……そういうところじゃありませんから、ここ……」
ポメラが戸惑った様子でフィリアを止める。
俺は足を止め、剣の柄へと手を掛けた。
「……二人共、そろそろ来ますよ」
ゴウッと、強い羽音が鳴った。
それと同時に、全長四十メートルはあろうかという巨大な生物が異界の果てより飛来してきて、俺達の前へと着地した。
周囲の空間が大きく揺れる。
『我が封印を解いたのは汝らか?』
巨大な眼球が俺達を睨む。
『何を求めてこの地へ訪れたのかは知らぬが、愚かなものよ。この世界に巣食う忌まわしき他種族共を滅ぼし、聡明なる竜のみが統べる地へと変える。我が願い……一万年の時を経ても、何も変わりはしない。ゲートは開かれた……よもや我を止めることなど、何者にもできはしない!』
ドラゴンより強大な、そして邪悪な思念波が放たれる。
鋭い鉤爪に、大きく広がる翼、ゆらりと揺れる二又の尾に、そして強靭な表皮。
その巨躯は記憶よりも多少大きいが、しかし俺は、その姿には見覚えがあった。
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ドリグヴェシャ
種族:始祖竜
Lv :3666
HP :17045/17045
MP :9843/9843
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フィリアが大好きなドリグヴェシャさんである。
こんなところにオリジナルが眠っていたとは知らなかった。
『我が滅びの息吹の前に朽ち果てるがいい。しかし、滅びを嘆くことはない。これから永劫に続く竜の栄華、その礎となることなど、下賤で矮小なるニンゲン共にとってはその身に余る栄誉であろう』
「レベル三千ちょっとかあ……」
低くはない、低くはないのだ。
かつてゾロフィリアの神官ノーツが最強の生命体としてドリグヴェシャの名を上げていたことも理解できる。
ただ、ヴェランタからは『まずないとは思うが、もしかしたらレベル六千近い可能性もあり得る』と脅しを掛けられていたため、ちょっと拍子抜けである。
それでもロークロア世界の史上で見ても相当上位に入るレベルの持ち主であることは間違いない。
しかし、何せこっちはレベルは八千超えのルシファーを相手取った後なのである。
もしものときは引き返してルナエールかノブナガを呼んでくる手筈であったが、どうやらその必要もなさそうであった。
「フィリア、はじめて本物みた……!」
フィリアも目を輝かせて大喜びしている。
『……貴様ら、なんだその……偉大なる我を目の前にしてその態度は?』
ドリグヴェシャが、殺気立ったように俺を睨む。
「フィリアちゃん、攻撃していいですよ」
このレベルであれば、俺は補助に徹してフィリアの経験値にした方がいいだろう。
余裕があればポメラにも攻撃に入ってもらいたい。
「うんっ!」
フィリアが大きく腕を振りあげたのが見えた。
宙に虹色の光が輝き、ドリグヴェシャと同じ姿のドラゴンが浮かび上がった。
『なっ……なんだこれは!? 何が起きている!?』
「始祖竜、どーん!」
フィリアが腕を振り下ろす。
ドリグヴェシャへと、フィリアのコピーが突撃していった。
二体がぶつかり、辺り一帯に地震が起こる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ドリグヴェシャが必死の咆哮を上げながら、フィリアのコピー体を押さえつける。
力はほぼ互角のようであった。
『馬鹿な……我と同等の力だと……! 何が起きている……これは、夢か幻なのか……?』
「ポメラさんもレベルを上げておいてほしいですね。何かあったら俺が守りますから」
「……あのドラゴン、なんだか可哀想」
俺の言葉にポメラがぽつりとそう零す。
「でも、過去に数回に渡って人類淘汰を目論んでいた悪いドラゴンですから。早くしないとロークロアの状況が変わるかもしれませんから、早く終わらせましょう」
――十分後。
魔力も体力も完全に尽きたドリグヴェシャが、俺達の前に黒焦げになって横たわっていた。
「《歪界の呪鏡》の悪魔よりレベルが高くて、かつ単体で厄介な魔法もないので、レベル上げに丁度よかったですね」
俺は剣を鞘へと戻す。
「ポメラは、何回か死ぬかと思いました……。鏡のレベル上げよりはマシですけど」
ポメラは疲れた様子で息を荒げていた。
ドリグヴェシャを倒したことでポメラのレベルが1824へ、フィリアのレベルが3356へと上がっていた。
二人共どんどんとレベルが上がってきている。
これで未回収のまま後回しになっていた最後の世界の布石、《古の神域の始祖竜》も無事に撃破できたことになる。
『有り得ぬ……我は、世界を統べる者……そのはず……。それがこのように、あしらわれるなど……』
俺はドリグヴェシャの前に立つ。
「……あなたは確かに強かった。俺がこれまで出会ってきた相手の中でも、多分ギリギリ五本の指に入るくらいのレベルはあったと思います。あなたの敗因はたった一つです」
『なんだと……言うのだ……?』
「永く封印されている間、ロークロアのインフレについてこれなくなったことです」
ドリグヴェシャががくりと地面に顔を垂らし、息を引き取った。
その後、周囲一帯が大きく揺れ、空間そのものに大きな亀裂が走る。
「カナタさん、《古の神域》が崩れます!」
ポメラが声を上げる。
俺達はこの空間から脱出することにした。