第三十五話 《捻じれ時空の虫食い穴》
「俺様は上位存在の魔力によって、ロークロアを管理するべく直接生み出された最古の大悪魔……テメェら下等生物とは一線を画す存在なんだよ! 上位存在の不手際で時空の狭間からたまたま生まれた、薄汚いバグ共と一緒にするんじゃねェ!」
ルシファーが俺目掛けて飛び掛かってきた。
ウルゾットルが右へと逃げる。
俺とウルゾットルを追うルシファーに対して、ルナエールは俺との間にルシファーを挟み込むように動いた。
「あの黒杖の対魔法障壁……さほど反応が速いとは思えませんでした。カナタ、手数で崩しましょう」
ルナエールの言葉に俺は小さく頷いた。
ウルゾットルは逃げるのを止め、空中で方向展開してルシファーへと向き直る。
俺は息を整え、魔法陣を二つ紡ぐ。
思考を二つに分けて、同時に紡げる魔法陣の数を増やす。
ルナエールの教えてくれた《双心法》である。
「炎魔法第十四階位《球状灼熱地獄》」
俺はそう叫び、剣を掲げる。直径十メートルを超える、巨大な赤黒い炎の球が、二つ並んで宙に浮かんだ。
「雷魔法第十七階位《雷霆神の矢》」
ルナエールもルシファーを挟んだ向こう側で、目を閉じて三つの魔法陣を並行展開していた。どうやら彼女は、《双心法》どころか《三心法》までできたらしい。
ルナエールの展開した魔法陣より複数の雷光が走り、周囲が白い輝きに包まれた。
俺も同時に二つの炎球を放ち、それが終わればすぐに次の魔法陣を用意する。
ルシファーを中心に、炎球と雷撃が幾度となく衝突する。
爆炎の中から逃げるように、ルシファーが姿を現した。
「出鱈目な数の魔法を撃ち込んで来やがって!」
ルシファーの身体は、所々皮膚が焦げて、焼け落ちていた。
ルナエールの読み通り、明らかに《黙示録の黒杖》の対魔法障壁が追い付いていない。
「あなた、ロークロアの管理者だのと宣っていましたけれど、大したことはありませんね。大方その優位性を利用して格下の相手を蹴散らす程度で、同格の相手と戦ったことがこれまでなかったのでしょう。だから一方的にステータスを押し付けて圧倒するのは得意でも……少し防戦を強いられたら、すぐに崩れることになる」
「クソアマが……後悔させてやる!」
ルナエールの言葉に、ルシファーは歯を喰いしばる。
「時空法第二十五階位《捻じれ時空の虫食い穴》!」
ルシファーを中心に大きな魔法陣が展開された。
かと思えば、周囲の景色が歪み、あちらこちらの空間が捻じれて、黒い穴のようなものが生じた。
「なんだこれ……」
俺は息を呑んだ。周囲は異様な光景だった。魔法の規模が、あまりに大きすぎる。
「周囲の空間を歪ませて、自分だけが通れる穴を展開する魔法です! 気を付けてください、カナタ! 空間が歪められている間……奴は、範囲内の好きな場所へと一瞬で自在に移動できるということです!」
ルナエールが叫ぶ。
「ほう、よく知ってたなァ」
「だが知ってるだけじゃ対応できねぇのが」
「この魔法の恐ろしいところよ!」
一瞬ごとに、ルシファーの位置が変わっていく。
ただの空間転移魔法と違うのは、発動してからしばらくの間、完全なノータイムでいくらでも空間を行き来できるということらしい。
とてもじゃないが、こんな魔法対応できるわけがない。
「カナタ、手数を撃つのを止めないでください! どこに出てくるかわからなくても、魔法を撃ち続けていれば牽制にはなるはずです!」
ルナエールも雷魔法の魔法陣を複数展開するのを維持して、必死にルシファーを睨み付けていた。
「は、はい!」
俺が《双心法》で二つの魔法陣を浮かべたとき、背後にルシファーの気配がした。
「よぅく見てたぜ、テメェ……《双心法》を使ったとき、意識が魔法陣に向いて、他のことがおざなりになってるってなァ!」
振り返ったとき、既に目前にルシファーの鉤爪が迫ってきていた。
いくらなんでも空間転移が速すぎる。
俺が呆気に取られていると、俺とルシファーの間に魔法陣が展開され、ルナエールが現れた。
「なァッ!」
「どうせカナタの方に現れるとわかっていましたよ。あなた……息巻いてみせたところで、二対一のまま私と戦う根性はないのでしょう。どれだけ大掛かりな魔法を使ったところで、カナタを狙うつもりだったのは明らかです」
どうやらルナエールは、三つ浮かべていた魔法陣の中に、密かに転移魔法の術式を隠していたらしい。
どうせルシファーは俺の背後を取ってくるはずだと見当を付けていたらしく、一点張りしていたようだ。
「あなたにはこれ以上、カナタには指一本触れさせませんよ」
「この……!」
ルシファーは一瞬遅れてから、ルナエール目掛けて鉤爪を振るう。
ルナエールはそれを大きく横に避け、準備していた雷魔法をルシファーへと叩きつけた。
同時に、俺も炎魔法の二連打をルシファーへと叩き込んだ。
ルシファーが杖を前面に掲げ、魔法陣を展開する。
俺とルナエールの魔法の連打は、またも《黙示録の黒杖》の対魔法障壁に阻まれることになった。
「無駄だっつってんだろうがよ! いい加減諦めやがれ……」
「その能力……この至近距離で使うべきではありませんでしたね」
ルナエールが空中で縦に回転する。ルシファーが無防備に前に突き出していた《黙示録の黒杖》を持つ手を、彼女の足が勢いよく蹴り上げた。
《黙示録の黒杖》が、高く宙へと跳ね上げられる。
「ぐっ……!」
ルシファーの顔が歪む。
ルナエールは蹴った反動で背後へと跳び、俺と並んだ。
「カナタ……」
ルナエールは目線で、自分に合わせて欲しいと合図を送ってきた。
直感的に、俺は使うべき魔法がわかった。
俺とルナエールは、同時に魔法陣を紡ぐ。
「《超重力爆弾》!」
「《超重力爆弾》!」
完全に同時だった。
ルシファーの右側、左側を、黒い光が覆っていく。
「しまった……重力魔法!」
ルシファーの顔がさっと蒼褪める。
「重力は余剰次元軸まで干渉する……《捻じれ時空の虫食い穴》で歪めた時空の先へ逃げ込んでも意味はありませんよ。単発であれば力技で突破できたようですが、双方から挟み込まれればさすがに身動きは取れないでしょう」
「ふざけるな……俺様は、ロークロア最強の存在だぞ! 認めねェ、認めねェぞ! こんな奴らに、負けるわけがァ……!」
二発の《超重力爆弾》が、ルシファーを巻き込んで暴縮を始める。
左右にルシファーの身体が引き千切られ、超重力によって別々に圧縮され、爆発を引き起こした。
「がぁあああああああっ!」
ルシファーの身体が、バラバラに虚空に飛び散った。
捩じ切られた手足や肉塊、ルシファーの頭部が、《地獄の穴》の虚空へと落ちていく。
「よし、こうなったら、流石の奴も……」
そのとき、俺の目前へと、ルシファーの大きな腕が迫ってきた。
《超重力爆弾》に挟まれて四肢がバラバラになっていたというのに、明らかに自我を持っているかのように俺を狙ってきている。
「しまっ……!」
俺とルシファーの腕の間に、ルナエールが転移魔法で割り込んできた。
ルシファーの腕の一撃を両手で受け止めると、炎魔法で消し炭にして、足許に広がる虚空へとばら撒いた。
「ありがとうございます……ルナエールさん」
俺は安堵の息を吐き、それから虚空に散らばっていったルシファーの肉片へと目を向けた。
闇の中へと落ちていくルシファーの頭部が、怨恨を込めた相貌で俺達を睨んでいた。
「ふざけるなよ! 俺様は偉大なる大悪魔だぞ! テメェら舞台人形とは違うんだ! こんなことが、あっていいわけがねェ……!」
ルシファーの頭部は最後に、恨みの言葉を叫びをながら、闇の中へと消えていった。
「アオオゥ!」
ウルゾットルがばっと高度を上げたと思えば、頭上から落ちてきた《黙示録の黒杖》を口でキャッチした。
先程ルナエールの蹴り上げたものである。