第三十三話 《堕天使ルシファー》
俺とルナエールは《地獄の穴》の内部を移動していた。
俺はウルゾットルに乗って床を駆け、ルナエールはその横に並んで飛行している。
さすが長らく《地獄の穴》で生活していただけはあり、ルナエールの道筋選択は的確であった。
最短経路であっという間に下の階層、下の階層へと突き進んでいく。
道を塞ぐ魔物達も、ほぼノータイムで突破していった。
ただ、それでも、先に《地獄の穴》に降りたらしい悪魔には一向に追い付けなかった。
俺とルナエールが地下九十九階層に辿り着いたときには、既に突入から三日が経過していた。
「結局最奥地まで来てしまいました。地上は大丈夫でしょうか」
「時間が経てば、布石回収に向かっていた他の《神の見えざる手》の者も援護に回ってくれるはずです。ポメラさんにフィリアさん……それから、ノーブルもいますから、地上はきっと問題ありませんよ」
ルナエールはそこまで言って、前方へと目を向ける。
「……それより、今は私達の相手に専念しましょう」
俺達の視線の先には、地下百階層へと続く、大きな階段があった。
これまでの《地獄の穴》とは一変して、透き通ったクリスタルの階段である。
そして透明なクリスタルの下には、延々と虚空が広がっているのが窺える。
この先に俺達の追っている悪魔が控えているはずなのだ。
階段を下りて、真っ直ぐにクリスタルの通路を移動していく。
以前ここに来たときに見た、大きな王座が目に付いた。
だが、そこに座り、大きな髑髏の杖を掲げているのは、《地獄の穴》の番人サタンではなかった。
全長七メートル程度の大男であった。
皮膚は灰色であり、頭には大きな巻き角が、そして背からは大きな翼が広がっていた。
身体のあちこちからは鎖が垂れており、両の手首には大きな枷が付いていた。
もっとも鎖は所々途切れており、身体の拘束はまともに機能していない様子であった。
サタンに似ているが、奴に比べると人型に近く、全体的にスマート過ぎる。
男は俺達を見つけると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ようやく来たかよ。テメェらが異世界転移者のカナタに、不死者のルナエールだな。あまりに遅いから、このまま何事もなくロークロアがぶっ壊れちまったらどうしようって、俺様ちょっとは気にしてたんだぜ」
「お前は……」
「俺様はルシファー様だ。ここにいた間抜けの前任者だっていえばわかるか? 好き勝手やり過ぎて異次元に幽閉されてたんだけどよ、上位存在共の気紛れでこうして復活したって訳だ。ハハハ、テメェ、相当やらかしたみたいだな!」
悪魔の男……ルシファーはそう言って愉快げに笑う。
やはりルニマンに続く、二人目の上位存在の刺客で間違いないようであった。
「俺達を狙っているのなら、俺達への襲撃に来ればよかったはずだ。お前にとっては《地獄の穴》も大した戦力にはならないだろう。いったい何のために、わざわざこの《地獄の穴》を……」
「お偉い上位存在様の方々は、このロークロアをもう終わらせるおつもりだ。カナタ・カンバラ、テメェらのせいでな。俺様は最後に、この世界をちっとでも盛り上げろって言われてんだよ。酷い話だろ、なぁ、カナタよ」
ルシファーはそう口にすると、わざとらしく大きく肩を竦めてみせた。
「ま、俺様が憎い上位存在共とのその契約を呑んでやったのは、派手にロークロアをぶっ壊してみたかったからなんだけどよ。なんでだろうなァ、人がコツコツ積み上げたもんほど、台無しにしてやりたくなっちまうんだよなァ」
ルシファーの表情からは悪意が滲んでいた。
彼の様子から、話しても無駄な相手なのだと痛感させられた。
「カハハハハ! どう転んだって、テメェらロークロア人は俺様達管理者側のごっこ遊びのお人形に過ぎねぇってわけよ!」
「……よっぽど上位存在は人手不足らしい。ルニマンに続いて、お前みたいな奴を寄越してくるなんて」
「なんだ、あの気色の悪い男にはもう会った後かよ。オマケに、既にぶっ倒してやがる……と。ハッ! 散々偉そうに講釈垂れて、呆気なく野垂れ死にやがって。所詮はただのニンゲンってことだわな」
ルシファーはゆらりと立ち上がると、大杖の尾で床を突いた。
それから牙を覗かせて、残忍な笑みを浮かべる。
「そんじゃ、早速始めようじゃねぇかよ! テメェらなんざ、この大悪魔ルシファー様からしたら、ただの塵芥に過ぎねぇって教えてやるよ!」
ルシファーは翼を広げて空へと飛び上がった。
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『ルシファー』
種族:悪魔
Lv :8241
HP :38732/38732
MP :33521/33788
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俺は剣を握り締める手を強めた。
不遜な態度を取るだけのことはある。
単純にレベルが高すぎる。
「気を付けてくださいルナエールさん。奴のレベルは八千超えです」
ルシファーから凄まじい圧を感じる。
「驚きました。自分より高いレベルを相手取るのは本当に久し振りです。私のレベルでも七千少しですからね。だからといって、あのような品のない男に後れを取るつもりはありませんが」
俺のレベルが五千足らず……ルナエールのレベルが七千ちょっとだ。
ルシファーの八千レベルと比べればやや頼りないが、それでも充分に勝機はあるはずだ。
「ハハハハハ! テメェらは俺様の玩具だ! 簡単に潰れてくれるなよ! 観衆の上位存在共も冷めちまうからよォ!」
ルシファーはそう言うと、黒い杖を高くへと構える。
「ブチ抜いてやるよ! 炎魔法第二十五階位《没する大妖星》!」
ルシファーの構える杖先に黒い炎が浮かび上がったかと思えば、それは無尽蔵に膨れ上がり始めた。
「嘘だろ……?」
天井を見上げていて、自然とその言葉が口から漏れた。
杖先の黒い炎は、あっという間に全長百メートルにも及ぶ巨大な炎球へと変化していた。
「オラ、避けねぇと死ぬぞォ! ハハハハハ!」
ルシファーが俺達目掛けて杖を振り下ろす。黒い巨大な炎球がこちらへと落ちてきた。
「ウルッ!」
「アオオオッ!」
俺が声を掛けるより一瞬早く、ウルゾットルは足場を蹴って宙へと飛んでいた。
ルナエールも炎球を避けるために俺とは反対側へと飛んだ。
クリスタルの足場へと、ルシファーの放った巨大な炎球、《没する大妖星》が衝突した。
凄まじい爆風と共に、クリスタルの足場が崩落していく。
「なんて馬鹿げた威力だ……!」
空中へ飛んだウルゾットルの姿勢が、爆風に煽られて大きく揺れる。
「グゥゥ……」
俺も目前へとルシファーが飛来してきた。
覚悟していたが恐ろしく速い。
「ハハハハハハ! 俺様は空中戦が得意なんだよ! ぶっ死にやがれ!」