第三十二話 戦況
俺達が《地獄の穴》に辿り着いたとき……神聖都市ルーペルムより《ティアマトの瞳》を用いて確認したときよりも、既に魔物の数が増えていた。
城壁は崩され、あちらこちらにゴーレムの残骸が見える。
「ヴェランタはどこに……?」
俺はウルゾットルの背より、彼の姿を捜す。
「いました、カナタさん! あそこです!」
ポメラが指で示した先に、ヴェランタの姿が見えた。
ヴェランタは城壁の残骸の上を跳び回り、巨大な鳥の魔物と戦っていた。
鳥は炎の鎧を纏っており、炎球を飛ばしてヴェランタを攻撃している。
ヴェランタも負けじと隙を見て《万能錬金》で造り出した武器を射出しているようだが、相当タフな相手らしく、あまりダメージになっているようには見えない。
「あの鳥……フェニックスですね。レベルもそれなりに高く、HPが0になっても何事もなかったように回復する厄介な魔物です。彼では荷が重いでしょう」
ウルゾットルと並行して空を飛んでいたルナエールが、速度を速めてヴェランタの許へと向かっていく。
「グゥオオオオッ!」
フェニックスは大きく嘴を開いて鳴き声を上げ、突如向かって来たルナエールへと威嚇する。
ルナエールは全く気圧される様子もなくそのまま接近し、魔法陣を展開する。
「《超重力爆弾》」
黒い光がフェニックスを巻き込んで暴縮する。
フェニックスの身体が球状に押し潰され、周囲へ炎が舞った。
ルナエールは素早く潰れたフェニックスへと手を伸ばす。
「《死の体現》」
フェニックスを中心に、紫の光が広がった。
「ギィッ!」と断末魔の叫びが響いたかと思えば、フェニックスの押し潰されていた肉塊が、黒ずんだ砂へと変わってバラバラに砕け散っていく。
ヴェランタは肩を落として、深く息を吐いた。
それからウルゾットルに乗る、俺の方へと目を向ける。
「カナタ達か……助かった。悪いが見ての通り、我は《地獄の穴》の守護に失敗した。恐ろしく強い悪魔が襲撃してきて、周囲の地表ごと我の守りを吹き飛ばしたのだ。とてもではないが、戦いにもなりそうになかった。巻き込まれぬように、隠れて撤退するのが限界であった」
ヴェランタが申し訳なさそうに口にする。
「悪魔が襲撃……」
レベル四千前後の相手であれば、ヴェランタであれば『戦いにもなりそうになかった』とは口にしないだろう。
低く見積もってもレベル五千以上の相手だと考えるべきだ。
そんな悪魔の存在をこれまで《神の見えざる手》が見逃していたとは思えない。
考えられるのは一つ……ルニマンと同じく、上位存在の送り込んできた刺客だということだ。
『ロークロアに、呪いあれ! 願わくば、他の御二方が世界を滅ぼしてくださるよう、祈っておりますよ……!』
敗北を悟った際のルニマンの言葉である。
恐らく上位存在の送り込んできた刺客は合計で三人いるのだ。
「現在は《地獄の穴》から溢れ出てくる魔物の相手をしているというわけだ。とにかく戦力が必要であったため、ソピア商会の傘下の傭兵や、近隣都市のA級以上の冒険者を集めさせて援護を依頼している」
「なるほど……事情はわかりました。ただ、《地獄の穴》は広大で、中には夥しい数の魔物達がいます。既に消耗しつつある今の戦力では、これから援軍が増えていったとしてもじり貧に……」
「そなたら二人……カナタとルナエールに頼みたいことがある。恐らく、先に向かった悪魔が《地獄の穴》の封印を解除したのだ。そなたら二人で件の悪魔を追い掛け、討伐してもらいたい」
「俺とルナエールさんで、ですか?」
「ああ、相手の悪魔は相当な高レベルである。生半可なレベルでは掠り傷さえ与えられない。この場の戦線の維持も怪しいため、できればポメラとゾロフィリアにはここに残ってもらいたい。ポメラの白魔法と、ゾロフィリアの範囲攻撃があれば、しばらくは地上は安泰のはずである」
確かに話を聞く限り、《地獄の穴》へ飛び込んだ悪魔はヨーナス以上にレベルが高いことを覚悟しておくべきだろう。
ポメラの魔法では外傷にさえならないかもしれない。
ならば、無理に連れて行くより、地上の防衛に残ってもらった方がいい。
俺はちらりとルナエールを見た。
「やりましょう、カナタ。この世界の厄介な布石自体はほとんど処理し終えているはずです。大分レベルの高い相手のようですが、上位存在にとっても切り札であるはず。ここに来て強い相手が出てきたということは、いよいよあちらも弾切れだということです」
「わかりました。《地獄の穴》の悪魔は、俺とルナエールさんで倒しましょう。ポメラさん達は、地上で魔物の相手をお願いします」
「は、はいっ! ポメラ達もせいいっぱい頑張りますから、カナタさんとルナエールさんも、お気を付けてください」
「ココニ来テ、《地獄の穴》ニ戻ル事ニナルトハナ。カナタ、イッチョヤッテヤロウゼ!」
ノーブルミミックが舌を伸ばして息巻く。
「ノーブルは地上に残った方がいいのでは?」
ルナエールが顎を押さえながらそう口にした。
「ナッ! マタ、カナタト二人ニナリタイカラッテ……!」
「いえ、今回の相手はノーブルよりも遥かにレベルが高そうですし、ノーブルはあまり使い勝手のいい遠距離魔法も持っていませんから。純粋に危険だと思います。地上で魔物を倒してもらった方が、戦力面としてはありがたいと思います」
ルナエールが淡々と首を振ってノーブルの言葉を否定する。
一切の照れが見えない。
これはただの、純粋な戦力外通告であった。
ノーブルもそれを察したらしく、がっくりと舌を垂らして項垂れた。
「ち、地上はお願いします、ノーブル。俺達が例の悪魔に追い付くまで、少々時間が掛かるかもしれません。レベル三千台のノーブルが地上にいてもらえると、俺も安心できます」
「……フォローガ心苦シイゼ」