第二十九話 逆さ男の最期
「はぁ……はぁ、はぁ、はぁっ! わたくしめの、わたくしめの二千年が無駄になったというのか! 有り得ぬ……こんな……!」
ルニマンが懸命に《聖人の杖》の断片を搔き集めようとする。
俺は彼の傍らへと立ち、頭に刃を突きつけた。
「勝負は終わったな。上位存在について話すつもりは……」
「貴様、貴様貴様貴様! ヨーナス様を消し去りおって……呪われよ!」
ルニマンが涙を流しながら、鬼の如き表情で俺へと掴み掛かってきた。
俺は剣を振るった。
ルニマンの腹部に斬撃が走り、彼の上半身と下半身が離れ、地面へと崩れ落ちた。
《聖人の杖》さえ消えてしまえば、ルニマン自身はただのレベル二千である。
ルニマンがガクガクと痙攣する腕を天へと伸ばす。
「あ、ああ、あああ……わたくしめが二千年も苦難に耐えてきたのは、何のために……? あと一歩で……ああ、世界が災禍に沈むところが見られたというのに……!」
「まだ生きているのか」
俺が声を掛けると、ルニマンが俺の方を向いた。
「散々大層なことを口にして……結局お前は信仰を全うしたかったわけじゃなくて、殺戮を楽しみたかっただけか」
「フ、フフフ……迷い子は皆、自身が生きるために必要なものに、理由を求めるというもの……。わたくしめにとっては殺しと滅びこそが全てであり、それを肯定するための理由がヨーナス様であった、ただ、それだけのこと……」
ルニマンが目を見開き、裂けた口の端を大きく吊り上げる。
「異郷の者よ、聞こえますかな、鼠共の這い寄る音が」
俺は周囲に耳を傾ける。
微かに小動物の動き回る音が聞こえる。
瓦礫を見れば、鼠達が間を駆け回っていた。
「わたくしめの呪いで、人の姿を奪ってやった者共ですよ。この呪いを受けて人の姿を失くしたものは、知性を忘れ、ただ漠然と自身が他の何者かであったはずだという想いを抱きながら、無意味な生を送り続けるのです」
ルニマンが最初に使っていた死霊魔法《鼠と死の街》のことらしい。
「わたくしめは、この呪いが好きで好きで堪らない。世界をこの呪いで満たしたかったものだが……ああ、せめて死の際に奴らの這う甘美な音が聞けたのは、わたくしめにとって細やかな幸福というべきか。ロークロアに、呪いあれ! 願わくば、他の御二方が世界を滅ぼしてくださるよう、祈っておりますよ……!」
ルニマンが悪鬼のような顔で微笑み、痙攣する両腕を天へと伸ばす。
最後の最後まで、徹底して不愉快な男だった。
「白魔法第二十階位《蛇神の救光》」
そのとき、ルーペルムの都市全体を光が覆った。
眩さに目を手で覆いながらも、光の許へと目を向ける。
高い塔の上に、ルナエールが立っていた。
「ルナエールさん? 何故こちらへ……?」
彼女は他の複数の布石の回収で、俺達よりも遥かに忙しかったはずなのだが……。
そもそも先の魔法は何だったのだろうか?
俺が疑問に思っていると、周囲から一斉に歓声が上がった。
とっくに周囲の人達は避難していたはずなのに、いつの間にか人だかりができていた。
「な、何があったんだ……? 俺は殺されたんじゃ……」
「さっきまで、鼠にされていたような気がする……。で、でも、戻れた……戻れたんだ!」
ルニマンに鼠にされていた人達が元の姿に戻ったようだ。
どうやらルナエールが先程使ったものは、死霊魔法の解呪の魔法であったらしい。
「馬鹿な……何故、何故だ! 何が起きている! わ、わたくしめの魔法が、こんなあっさりと解呪されるわけがない! 何かの間違いだ、こんなこと!」
ルニマンが悲鳴のような声を上げる。
「何一つ上手くいかなかったらしいな、ルニマン」
俺は剣を持つ手を振り上げる。
「認めぬ……認めぬぞこんなことは!」
ルニマンが叫ぶ。
俺は剣を振り下ろし、ルニマンの頭部を砕いた。
刃を振るって血を払い、剣を鞘へと戻した。
「カナタさんっ!」
ポメラとフィリアが俺の許へと駆けてきた。
フィリアはぐるぐると、右腕を肩を振り回している。
「ね、ね、カナタ! さっきの光のお陰で治った!」
《貪王の槍》で受けた、再生できない傷が元通りになっている。
先のルナエールの解呪の魔法で、不可逆の呪いとやらも無事に解けたらしい。
俺達は騒ぎに乗じてその場から離れ、人気のない通りでルナエールと合流した。
彼女の傍らにはノーブルミミックの姿もあった。
「来てくださったんですね。ありがとうございます、ルナエールさん」
「ええ、カナタの様子を《ティアマトの瞳》で確認していて、状況がよくないと思い……」
ルナエールは得意げにそこまで話した後、さっと顔色を青くして自身の口許を手で覆った。
「……いえ、なんとなく嫌な予感がしたので、手も空いたのでこちら駆けつけてきました。ただ、襲撃者の討伐は無事に終わっていたようですね。急いだつもりではあったのですが、一足遅れてしまいました」
「手が空いたって……ルナエールさん、色々とヴェランタから押し付けられていましたよね? そっちの布石は……」
「終わりました」
「えっ」
ルナエールはやや得意げな様子で腕を組む。
「《飢餓の巨人》と《世界獣》の討伐も、《竜の宝珠》と《破滅の書》の破壊も終わりました。カナタに何かあってはいけないと思って、すぐに迎えるように大急ぎで行動していましたから」
「な、なるほど……」
スピード解決過ぎる。
ヴェランタの見込みでは、四つ共《聖人の杖》よりも遥かに厄介な案件であったはずなのに。
こうなるともう、俺達が上位存在対策でできることは、全て終えてしまったのではなかろうか。
「凄イ勢イダッタゼ。ハイエルフノ司書ト、宝珠ノ持チ主ダッタ竜ニハ、余裕デキタラ謝リニ行カネェトナ」
「ノーブル、余計なことは言わないでください」
ルナエールがノーブルミミックへと冷たい目を向ける。
……どうやら時間短縮のためにかなりの無茶をやらかしているようだ。
了承を取らずに問答無用で破壊してきたのかもしれない。
「本当に……ルナエールさんには、敵う気がしません……」
ポメラがそう口にして、深く溜め息を吐く。
「ポメラ、頭下げて。なでなでしてあげる!」
「ありがとうございます……フィリアちゃん」