第二十七話 骸神ヨーナス
「……これは少し、面倒そうな相手ですね」
俺はルニマンの背後に浮かぶ骸を睨み、そう呟いた。
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ヨーナス
種族:骸神
Lv :5000
MP :31877/32000
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純粋に俺よりもレベルが高い。
《地獄の穴》を出て以来、初めてレベルで負けた。
HPがなくMPしかない。こんな異様な状態も初めて目にした。
『《聖人の杖》は二千年前に聖人ヨーナスの用いていたもので、彼の魂が宿っている。ヨーナスの教えはこの王国の国教の下地にもなっており、現在ではヨーナス教として形を変え、広くに知られている。信仰によって《聖人の杖》は生前よりも膨大な力を得ているはずだ』
ヴェランタは《聖人の杖》について、こう評価していた。
どうやらこの膨大なレベルはヨーナスへの信仰を糧として膨れ上がったもののようだ。
「死霊魔法第十五階位《唾棄されし亡者》!」
ルニマンが杖を掲げて叫ぶ。
ヨーナスの霊体より、数十にも及ぶ紫の光の髑髏が放たれた。
その全てが俺へと向かって飛来してくる。
ウルゾットルが建物の屋根を蹴って、髑髏の光より逃げる。
だが、髑髏はウルゾットルよりも速かった。
俺は背に追い付いてきた髑髏を、剣で叩き斬って打ち払う。
背後で壁に当たった髑髏が爆ぜる。
一瞬の内にして周囲の壁は紫色へと変わり、崩れ落ちていく。
どうやらあらゆる物質を腐らせる魔弾のようだ。
ルニマンがヨーナスの力を借りて撃ち出している以上、当たれば俺でも無事では済まないだろう。
武器もルナエールからもらった《英雄剣ギルガメッシュ》でなければ、斬った時点で刃が髑髏の呪いに負けて朽ちていたかもしれない。
「おやおや、今のでケリがつかないとは。わかりましたぞ、わかりましたとも、我が師よ! この男が、我が信仰に対する最後の障害だというわけですな! だとすればわたくしめは、これまで通り、全力を以て排除するのみなのです!」
ルニマンが再び杖を掲げる。
ヨーナスの霊体より、また夥しい数の髑髏が放たれる。
「キリがない……ウル、突撃してください! 勝負を仕掛けます!
「アオオオン!」
ウルゾットルは円を描くように動いて追尾してくる髑髏を振り切った後、一直線にルニマンへと突進し始めた。
「何と愚かなる迷い子よ! 神と化したヨーナス様に正面から挑もうとは!」
ルニマンが杖を掲げる。
ヨーナスの霊体の光が外に漏れ出し、またそれが髑髏へと変わっていく。
正面から死霊魔法の髑髏で迎え撃つつもりらしい。
「逃げるべきだったな、ルニマン! 《超重力爆弾》!」
ルニマンの周囲に黒い光が漂う。
拡散しかけていた死霊魔法の髑髏が、一斉にその動きを止めた。
「む……これは……! まさか、馬鹿な!」
ルニマンの表情に焦りが見えた。
黒い光が圧縮していく。
ヨーナスの霊体も、死霊魔法の髑髏も、黒い光の圧縮に引っ張られる中心部へと押し潰されていく。
爆音と共に土煙が舞った。
「よし、やった……」
土煙が晴れたとき、ヨーナスがルニマンに抱き着くようにして彼の身体を守っていた。
骸は時空魔法に押し潰されて身体が折れ曲がり、骨のあちこちが破損していた。
しかし、ヨーナスがルニマンから離れて再び彼の背後に立つ頃には、既にその負傷は全て綺麗に元通りに再生していた。
「異郷のガキめ……! まさか、神となったヨーナス様相手にダメージを通すとは」
ルニマンは顔に青筋を浮かべ、右の瞼を怒りで痙攣させる。
「なんて頑丈な!」
レベル五千というだけはある。
《超重力爆弾》の破壊力でもどうにもならないとは。
「アオオオッ!」
ウルゾットルはそのままルニマンへと突進していく。
確かにダメージは通っていたのだ。
今の内に畳み掛けるべきだという判断らしい。
俺は剣を構えた。
「くらえ!」
俺はルニマンへと《英雄剣ギルガメッシュ》の一撃をお見舞いした。
だが、ヨーナスの腕が刃を受け止める。
競り合いになるが、駄目だ。
明らかに力負けしている。
押し切られると思ったとき、ウルゾットルが素早く身を引いた。
地面を蹴って左右に飛び、追尾してくる死霊魔法の髑髏を掻い潜る。
「ありがとうございます、ウル。危ないところでした」
本当に厄介な相手だ。
魔法でも倒し切れない上に、物理攻撃でも隙がない。
地力では相手が勝っている。
術者から離れられないのか、ヨーナス自体が能動的に動き回ってこないのが幸いか。
「オオオオオオオオオオッ!」
大きな叫び声が響き渡る。
突如としてルニマンの背後に、全長二十メートル程の大きなドラゴンが現れた。
口から大きな炎球を吐き出し、ルニマンを狙う。
ヨーナスの骸の腕が、炎球を手で防いだ。
爆ぜた猛炎もものともしていない。
すぐに死霊魔法の髑髏がドラゴンの身体を滅多打ちにした。
ドラゴンの巨躯が紫に変色し、慌てて上空へと逃げていく。
上空に逃げたドラゴンだが、その身体の腐食が進んでいき、あっという間に右腕が腐り落ちていった。
「《始祖竜ドリグヴェシャ》……? 何故かようなところへ?」
ルニマンが目を細め、空へ逃げていくドラゴンを睨む。
しかし、ドラゴンが虹色の光に覆われたと思えば、すぐに変色して腐り落ちた肉体が、元通りに再生していた。
「なんだと……?」
ルニマンが不快そうに声を漏らした。
「精霊魔法第八階位《雷霊犬の突進》!」
ドラゴンの頭上より、魔法攻撃が放たれる。
雷の犬が空を駆け抜け、ルニマン目掛けて突進した。
雷が爆ぜるが、これもヨーナスによって呆気なく防がれる。
「カナタさん! ポメラ達も戦います!」
ドラゴンの頭上でポメラが叫んでいるのが見えた。
苦戦しているのを見て、手を貸しに来てくれたようだ。
「羽虫が、二匹増えたようですな」
ルニマンの眼球がギョロリと動き、ポメラを睨み付ける。