第二十四話 杖の在り処
《神伐騎士》を一蹴した俺は、イデオとベラリア、そしてワーデル枢機卿を一列に並ばせ、その場に正座させていた。
「馬鹿な……儂が人生を懸けて用意した、上位存在を討つための戦力であるぞ? それが、こんな……」
ワーデル枢機卿が顔面を蒼白にし、呆然としたようにそう呟いた。
「……ワーデル枢機卿、悪いですけど、全然レベルが足りません。これで上位存在を相手取るなんて、絶対に不可能です。本気でどうにかなると思っていたんですか?」
「な、舐めてくれるなよ! 全員で《神伐騎士》は五人おる! 別任務と別所の警備に出していて、すぐには戻せんかっただけだ! ぐっ、同時に掛かっておれば、まだ勝機があったというのに……!」
「ないですよ! あなたが思ってるよりレベル差が大きいので、本当に諦めてください」
確かにレベル三百台が五人もいれば、戦い方次第ではソピアやラムエルまでなら倒せるかもしれない。
しかし、不意打ちで多対一の状況を作れてもそこが限界だ。
ゼロは知らないが、ノブナガやヴェランタはどうにもならなかっただろう。
そもそも《神の見えざる手》は現在、上位存在の傘下ではないのだが。
「さっきも言いましたけど、《神の見えざる手》は今、上位存在と敵対中です。俺も上位存在の敵陣営ですよ。上位存在は今何を仕掛けてくるのかわからない状態です。ルーペルムでは《聖人の杖》を守護できないのは充分にわかったはずです。諦めて引き渡してください」
「フ、フン、貴様らの言葉など、信じられるものか! 薄汚い上位存在の犬めが! 貴様らが仮に奴らと敵対していたとして、何故ヨーナス様の杖を貴様ら如きに引き渡さねばならんのだ!」
ワーデル枢機卿はそう叫んだ。
「……爺、悪いがオレ達じゃ《聖人の杖》の守護は無理だ。情けない話だが、力押しで来られたら何もできねぇ」
「猊下、本当に《神の見えざる手》と上位存在が対立しているのなら、穏便に交渉している相手を信用して渡してしまった方が得策かと。手段を選ばなない陣営の手に《聖人の杖》が渡ることは避けなければなりません」
どうやらイデオとベラリアは俺達に《聖人の杖》を引き渡してしまってもいいと考えている様子であった。
というよりは、粘っても事態が悪化するだけだと考えているのか。
三人共《神伐騎士》は上位存在に通用し得ると想定していたようだが、少なくともイデオとベラリアの二人は、今の戦いで全く勝機がないことを痛感してしまったようだった。
俺はワーデル枢機卿を見る。
イデオとベラリアは俺に続き、自身の上司へと気まずげにアイコンタクトを送る。
ワーデル枢機卿が床を叩いた。
「儂は、儂は、ヨーナス教会の真の信仰を守りたい……その一心で、生涯を捧げて……! だというのに、こんな……!」
声が震え、目には涙が滲んでいた。
「これでは……これでは、五十年前のあの日と何も変わらん……何も……! だとしたら儂は……これまで何のために……!」
ワーデル枢機卿はついには身体を丸めて泣き始めてしまった。
「で、でも、レベル300台の戦力を五人も用意されていたのは、まあまあ凄いことだと思いますよ! 上位存在は、俺がどうにかしますから!」
「うう、うう、ううう……!」
……結局、ワーデル枢機卿が落ち着くまでに三十分近い時間を有した。
人生を懸けて世界のためにと動いてきたのに、それが手も足も出なかったのだ。
その無念さを思えば心が弱いともいえないのかもしれないが、何となくいい加減な遊び人だった頃のワーデル枢機卿の若い頃に想像がついてしまった。
ワーデル枢機卿が泣き止んでから、どうにか再び《聖人の杖》の許へと案内してもらえることになった。
「……実は《聖人の杖》は聖堂地下からは既に移しておって、我らヨーナス教会の頭目である教皇殿の住まわれる宮殿の方で今は保管しておるのだ。そちらへ行かねばならぬのだが、《聖人の杖》の保管場所は教皇殿の権限がなければ、儂でさえ入れぬ状態になっておる」
聖堂地下から引き返す道中、ワーデル枢機卿はぽつぽつとそう話す。
「最初から俺達に《聖人の杖》を渡すつもりは全くなかったんですね……」
俺は溜め息を吐いた。
また説得しなければならない相手が増えてしまった。
世界が懸かっており、おまけに一刻を争う事態だというのに、何故こんなたらい回しを受けなければならないのか。
「教皇は説得に応じてくれると思いますか?」
「少し時間をもらう必要がある。今すぐに出せとは、とても……」
「悠長に構えている余裕はないんですよ。あなたの権限で、バレないように上手く回収できないんですか?」
「そ、そんな真似はできん! それに今日はヨーナス様の没した日……祭典の場には教皇様も顔を出すことになっておる。ひとまずは明日まで待ってもらわねば……!」
こんなところで何日も返事待ちをしているわけにはいかないのだが……。
さすがに祭典を中断させてまで《聖人の杖》の回収時間を早めろとは言い難い。
いや、万が一のことを思えば、そうした方がいいのかもしれないが。
「……もう宮殿の地図だけ教えてください。俺がこっそり取ってきますから、事後処理だけ大事にならないようにお願いします」
「何を言っておるのだお前!?」
「俺も当然嫌ですけれど、これがもう一番丸いです! ヨーナス教やあなたを蔑ろにしたいわけではありませんが、世界が懸かってるんですよ!」
「し、しかし、しかし……!」
ワーデル枢機卿が頭を抱える。
そのとき、外の方から悲鳴が聞こえてきた。
一人や二人のものではない。
夥しい数の、何百、何千という悲鳴である。
「な、なんであるか?」
ワーデル枢機卿が狼狽える。
「……まさか、宮殿の方にもう上位存在の手が?」
どうやら急いだ方がよさそうであった。