第二十三話 《神伐騎士》
「ゆくがいい……イデオ、ベラリア! 思い上がった上位存在の遣いに、お前達《神伐騎士》の力を見せつけてやれ! そしてこれが人類の反逆の狼煙となるのだ!」
ワーデル枢機卿の叫びと共に、黒鎧の二人が俺へと刃を向ける。
「俺はただ、上位存在が《聖人の杖》を回収することを警戒して先回りに来ただけです」
「今更下手な言い訳を! 貴様ら《神の見えざる手》が上位存在の犬であることなど、とぅっくに知っておるわい! 第一、《聖人の杖》は我らヨーナス教会の魂……外部の貴様らに守られるいわれはない!」
駄目だ、完全に聞く耳を持たない。
というより、話を聞いたとしても《聖人の杖》を引き渡すつもりなど、さらさらなさそうにも思える。
「お前にこれが防げるかよ優男!」
黒鎧の男の方……イデオが、馬鹿でかい大剣を俺目掛けて振り下ろしてきた。
俺はそれを剣で受け止める。
「ほう? ハハハ! そうだよな、これくらいは止めてもらわねぇとな! さぁて、力比べと行こうじゃないか!」
イデオの腕が膨れ上がり、黒色へと変色していく。
「それは……」
「爺が研究してた悪魔の力だ! テメェがどこまで耐えてくれるかテストしてやる!」
俺はイデオの顔へとちらりと目を向けた。
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イデオ・イルガス
種族:ニンゲン
Lv :335
HP :1608/1608
MP :1192/1306
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……微妙なラインだった。
せいぜい《邪神官ノーツ》と同程度である。
彼は《人魔竜》の一人だったが、同じ《人魔竜》でも《屍人形のアリス》は倍のレベルを誇っていた。
「嘘だろ……」
思わず言葉が漏れた。
「ハハハ、ビビっちまってるな、《神の見えざる手》よ! なかなかやるが、力で圧されたのは初めてか? そろそろ更に段階上げてくぜ!」
イデオの腕が更に膨れ上がる。
「ほう、まだ耐えるか? だが、これで一気に……!」
「……構えてるだけで、こっちは特に押してませんよ」
「なに?」
イデオが表情を歪める。
俺は軽く力を込め、剣を横薙ぎに振るった。
「ぶぐぁっ!」
力負けしたイデオが、勢いよく後方へと飛んでいく。
イデオは宙で回転し、辛うじて態勢を整えて地面の上に膝を突く。
「オ、オレが、圧されたのか? 力で?」
イデオの額には汗が流れていた。
「まさか……そのレベルで、上位存在がどうにかなると本気で思っていたんですか? 《人魔竜》にザラにいる程度で、大型の魔王相手にもとても対処できるレベルにないのに? 二人掛かりでも、戦闘要員でさえないソピア相手に厳しいですよ」
「小僧が……図に乗るなよ! ふ、二人で同時に叩け! 奴はどうやら、イデオ以上の力自慢である! 力で競うな! 技と速さで戦うのだ!」
ワーデル枢機卿は蒼褪めながら、《神伐騎士》の二人にへと命じる。
「速さならば私が適任……」
黒鎧の女、ベラリアが前へと飛び出してくる。
「想定以上の相手だったのは認めざるを得ないわ。でも私達《神伐騎士》は、レベル以上の化け物を討つために生み出されたの!」
ベラリアはレイピアを天井へと突き上げ、魔法陣を展開する。
「精霊魔法第九階位《花嫁の水鏡》」
ベラリアの姿が三重にブレたかと思えば、各々が独立していく。
精霊の力を借りて分身を造り出す魔法らしい。
一人目は右へ、二人目は左へ、そして三人目は上へと跳んだ。
「対応できるものならして見せなさ……!」
俺は左右の分身を蹴り飛ばした。
身体が弾け、水へと変わる。
その様を見届けた後、頭上から降りてくるベラリア本体のレイピアを躱し、彼女の腹部へと剣を柄を突き立てた。
「うがっ!」
ベラリアは鈍い悲鳴を上げ、手からレイピアを落とした。
そうして目前まで迫ってきていたイデオ目掛けて、ベラリアを投げつけた。
イデオは身体を反らしてベラリアを回避する。
俺はその間にこちらから距離を詰めて、イデオの顔面を殴り飛ばした。
「ぐぼぉ!」
イデオの顔が凹み、嫌な音が鳴った。
彼は身体を激しく床に打ち付けながら転がっていく。
イデオは壁にぶつかって仰向けの姿勢で止まり、体を痙攣させていた。
「御二方ともレベル以上に頑丈みたいだったので、ちょっとだけ力を入れました。悪く思わないでください」
俺はそう言いながら、ワーデル枢機卿を振り返る。
「残念です。穏便に話が進むと信じていたのに」
「う、動くなよ、上位存在の犬共が!」
振り返った先では、顔を真っ青にしたワーデル枢機卿が、フィリアの身体を腕で押さえていた。
「す、少しでも動けば、この子供の命はないと思え! フ、フフ、聖職者がこのような真似をと、軽蔑しておるかね? 儂は教会のためならばなんでもやるぞ……!」
ワーデル枢機卿の手に魔法陣が展開される。
握り拳程の大きさの炎球が現れた。
「ワーデル枢機卿……」
「フ、フフフ……フハハハハ! 上位存在の遣いといえど、仲間意識はあるらしい! 起き上がれ、イデオ、ベラリア! 動けぬそこの男を嬲り殺しに……!」
「ふっ!」
フィリアがワーデル枢機卿の炎球へと息を吹きかける。
炎球は瞬く間に彼女の息に掻き消された。
「む……?」
ワーデル枢機卿が自身の手へと目を向けた瞬間、フィリアが勢いよく両腕を振り上げた。
その衝撃でワーデル枢機卿の身体が天井へと投げ飛ばされ、彼は天井と地面へ、激しく身体を打ち付けることになった。
「ご、ごめんなさい、お爺ちゃん……。強くやり過ぎちゃった」
フィリアが倒れているワーデル枢機卿へと駆け寄る。
「化け物め……」
ワーデル枢機卿が呻き声を上げる。
「……どうしますか、カナタさん?」
ポメラが死んだ目でワーデル枢機卿を見下ろす。
「仕方ありません。スマートじゃないですが、力づくで言うことを聞いてもらいましょう」
俺は溜め息を吐いた。