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第二十一話 腕試し

「なるほど……アレ(・・)を売れとは、ソピア殿は、なかなか酷なことを仰られる。しかし、彼女がそう口になさったということは、世界に必要なことなのであろうな」


 ワーデル枢機卿は手紙を見て、苦しげにそう口にした。


「ワーデル枢機卿……文には何が?」


 教会騎士のリゼルがワーデル枢機卿へと尋ねる。


「お前は知らなくてよいことだ」


 勿論ワーデル枢機卿の口にしたアレ(・・)とは、《聖人の杖》のことである。

 下手に部下に対して口にできることではないだろう。

 教会が売り飛ばしたと表沙汰になれば、それこそ大問題になる。


 しかし、若い頃のワーデル枢機卿ならば通ったのかもしれないが、今のワーデル枢機卿相手に、聖遺物を金で売ってくれという交渉は悪手に思えた。

 ワーデル枢機卿は言葉の上こそ丸いものの、この交渉に対して乗り気ではないように窺える。


 ただ、ソピア商会が軽々しく敵に回せるものではないことは、充分に理解しているようだ。

 この様子だと、過去の接触でソピア商会が上位存在の手先であったことも知っているように思える。


「そんなにソピア商会とは危険な相手なのですか? 確かに世界一の豪商の集まりと名高いですが……何故、我らヨーナス教会が、商人如きの機嫌を窺わねばならないのですか! 私は納得できません! 猊下よ!」


 リゼルがワーデル枢機卿へと訴える。

 ワーデル枢機卿は彼女の言葉を聞き、俺達へと品定めするようにちらりと目を向ける。


「……貴殿らは、ソピア殿から腕っぷしを見込まれてきたわけか?」


「一応、そういうことはなります」


 俺は頷く。

 正確にはソピアからは、名前を貸してもらっただけというのが正しいのだが。


「なるほど……実はソピア殿の見込んだ腕前、この目で拝見させていただきたい。儂は武芸に目がないものでな。遠くから遥々来ていただいてお疲れのところ失礼だとは存じているが、どうか爺の我が儘を聞いてはもらえないかね?」


「と仰ると……」


「そこのリゼルは教会騎士の中でもなかなか腕が立つ。どなたか彼女と立ち合ってもらいたいのだが、いかがかな?」


 ワーデル枢機卿はリゼルへと目を向ける。


「わ、私が、この者らとですか? ワーデル枢機卿……御戯れを! 何故そんなことを!」


 リゼルがワーデル枢機卿へと抗議する。


「自信がないか、リゼルよ」


「私は神聖なこの都を守護する騎士……商人の遣いになど負けませんよ。私が尋ねているのは、その必要性です!」


 俺がワーデル枢機卿の顔を見ると、彼と目が合った。


「いかがか、ソピア殿の遣いよ。勿論、無理強いはせんが……」


 明らかにワーデル枢機卿はこちらを試そうとしていた。

 追い返せるならば、そうしてしまいたいと考えているのだろう。

 ワーデル枢機卿はソピア商会を軽んじているわけではないのだろうが、それだけ《聖人の杖》がヨーナス教としては手放し難いものであるということか。


 しかし、この挑戦的な言葉は、自分に対処できる相手ではないと判断すれば、《聖人の杖》を明け渡すつもりだということの裏返しでもあるだろう。


「俺は構いませんよ、リゼルさん」


「……舐めたことを。信念のない商人の遣い如きが、言ってくれる」


 リゼルが目を細めて俺を睨む。


「猊下! 少しばかり力んで、遣いの者を傷付けるかもしれませんよ」


 リゼルが剣の柄へと手を触れた。


「構わん……リゼル、本気でゆけ。悔いを残さんようにな」


 ワーデル枢機卿がそう口にした。


「……どういうおつもりであられるのか。悪く思うなよ、商会の犬が!」


 リゼルが剣を抜く。

 俺は地面を蹴ってリゼルの横を駆け抜けながら剣を抜き、彼女の背へと刃を向けた。


「なっ!」


 リゼルが顔を歪め、数秒遅れて背後の俺へと目を向ける。

 彼女の動きや反応からして、高く見積もってもせいぜいレベル70前後といったところか。


「これで構いませんか、ワーデル枢機卿?」


「……これではとても敵わんな。リゼル、下がるがよい」


 ワーデル枢機卿は諦観を顔に浮かべ、深く息を吐いた。


「ま、まだだ!」


 リゼルは俺へと振り返りながら刃を振るう。

 俺はリゼルの刃を斬り、同時に彼女の足を払ってその場に倒した。

 リゼルの顔のすぐ前に、折れた刃が突き刺さる。


「有り得ん……教会のために剣を磨き続けてきたこの私が、こんな……」


 地面に這いながら、リゼルは放心した様子でそう漏らした。


「見事な剣であった。卑劣な騙し討ちに対する手心、感謝する」


 ワーデル枢機卿は淡々とそう口にした。


「いえ、俺達は例の物をいただければ、それで結構ですので」


 ここまでやる必要はなかったが、ワーデル枢機卿に武力ではどうにもならない相手であると伝えておく必要があった。

 ワーデル枢機卿が確認したかったことも、恐らくはそこにあるのだから。


「儂が例の場所まで案内する。ヨーナス教徒として、対価を受け取ることはできぬ……ただ、悪しきことはどうか使われませぬようにと、ソピア殿にはそう伝えてもらいたい」


 ワーデル枢機卿が俺へと頭を下げた。


「ええ、約束いたします」


「ま、待ってください、猊下! わ、私が力不足であったから、商会に屈するというのですか? なりません……こんな!」


 リゼルは折れた剣を手に立ち上がり、ワーデル枢機卿へとそう叫ぶ。


「リゼル、下がれと言ったはずだが? 三度目は言わさんでくれ」


「う、うぐ……」


 リゼルは手から剣を落とし、その場でがっくりと項垂れた。


 想像していたワーデル枢機卿とは百八十度別の人物へと変わっていたが、どうやら交渉自体は上手く進んだようであった。

 後は《聖人の杖》を破壊するだけである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ワーデル枢機卿、前評判と違って地位にふさわしい立派な人 ソピアと50年会わないうちに人間的に成長なさったようで何より
[良い点] 斜め上の登場人物だけで構成されていたところにまともな枢機卿が出てくるとインパクト強いですね
[一言] 軽く説明くらいしてあげても良さそうだけど
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