第二十話 ワーデル枢機卿
リゼルに連れられて聖堂に到着した俺達は、彼女がワーデル枢機卿から確認を取って戻ってくるのを待っていた。
「……どう思います、カナタさん? ワーデル枢機卿に会えますかね?」
ポメラが不安げに俺へと尋ねる。
正直、怪しいところだ。
ワーデル枢機卿が後ろ暗い取り引きでも平然と行う愚物だと聞いていたから、ヨーナスの聖遺物の回収も楽に済むかもしれないと考えていたのだ。
少なくとも教会騎士の一員であるリゼルはワーデル枢機卿が厳格な人物であると捉えているようで、その前提が既に怪しくなってきていた。
「……まぁ、駄目だったら聖堂地下に乗り込みましょう」
「ここまで来てそれやっちゃったら、もうポメラ達のせいだって白状する感じになりませんか?」
「確証さえ持たれなかったら、最悪いいかなと……」
俺だってそんなことはしたくないが、状況が状況なのだ。
俺達が話をしていると、確認に向かっていたリゼルが戻ってきた。
「おい、お前達。ワーデル枢機卿が通せとのことだ。くれぐれも失礼のないように接するのだな」
リゼルが俺達へとそう言った。
俺はポメラとフィリアと顔を見合わせ、安堵の息を吐いた。
どうやら押し入り強盗を働かずに済んだようだ。
リゼルに連れられ、聖堂の奥へと向かう。
ワーデル枢機卿の部屋は美しい場所であった。
あちらこちらに、天使やドラゴンの浮き彫りがなされている。
大きなステンドグラスには、大きな杖を持った魔術師の男の周囲に、大勢の人間が集まっているのが描かれている。
どうやら聖人ヨーナスとその弟子のようだ。
部屋の中にはヨーナスのステンドグラスを眺めて俺達へ背を向ける、厳かなローブを纏った男が立っていた。
「ワーデル枢機卿……お連れしました」
リゼルが声を掛けると、男はゆっくり俺達の方を振り返った。
「ここまでご足労だった、ソピア商会……いや、こういった方が正しいか。《世界の記録者ソピア》の遣いよ。いずれそなたらが来るとは思っておった」
こちらに顔を向けた男は……がっしりとした体躯の、禿げ頭の老人であった。
どう見ても八十を既に超えている。
「……えっと、ワーデル枢機卿の、お爺さんですか?」
「本人であるが」
素早くそう切り返された。
なにを言っているのだと言わんばかりの表情である。
「う、嘘です! だ、だって、ポメラ達が聞いたワーデル枢機卿は……長髪で線の細い、いい加減で臆病な遊び人だと……!」
ポメラが混乱した様子でワーデル枢機卿へとそう訴える。
「ポメラさん、ちょっと言い過ぎです! 驚いた気持ちはわかりますけれど!」
「お前達……わざわざワーデル枢機卿が忙しい中時間を作ってくださったというのに、ふざけたことを! 纏めて叩き斬ってくれる!」
リゼルが顔を真っ赤にして鞘より剣を抜いた。
「す、すみません! あの、ちょっと混乱してしまって……!」
俺は必死にリゼルを諫めた。
ワーデル枢機卿はポメラを見て呆けたように口を開けていたが、深く溜め息を吐いた。
「なるほど……ソピア殿から指示を受けてきたというのは、どうやら本当らしい。悪戯の類であって欲しかったが」
「え……」
「儂がソピア殿と顔を合わせたのは五十年前のことになる。当時……確かに儂は、浮ついた格好をして遊び歩き……今は亡き父の嵩を着て暴虐を振る舞う、教会の鼻摘み者であった。私欲に塗れた恥ずべき人間……そう揶揄されても仕方のない人物であった。償い切ることさえできぬ過去である」
「五十年、前……?」
俺はソピアの言葉を思い返す。
『遊び歩いていて臆病で欲深い生臭坊主だけど、顔と生まれと物分かりだけはいい奴だから、話を聞いてくれるはずよ。髪の長い派手好きの美丈夫だから、すぐにわかるわ。実はワーデル枢機卿とは、ついこの間も会ったところなの』
……『ついこの間』も会ったところとは……?
「……なるほど、ソピア換算での『この間』だったのか」
ソピアは一万歳以上……。
ハイエルフでも《神の見えざる手》の中でも、ぶっちぎりで一位の長命だと聞いている。
確かに彼女からしてみれば、五十年など『この間』で済んでしまう程度の時間だろう。
その間にワーデル枢機卿は、様々な人生経験を経て、容姿も考えもすっかりと変わってしまっていたようだ。
彼がまだ生きていただけ幸いだった。
下手したら三代くらい跨いでいる可能性も全然あったことだろう。
ソピアこそが真にこの世界を支配している存在なのではなかろうかと考えていたが、少々高く見過ぎていたかもしれない。
明らかに長く生きすぎた代償に、時間の流れに対する解像度がぼやけてきている。
もっとちゃんと世界を記録してくれ。
「やってくれましたね、あのお婆ちゃんエルフ」
ポメラがなかなかに辛辣な言葉を漏らした。