第十九話 神聖都市ルーペルム
《神の腕》を後にした俺達は、精霊ウルゾットルの背に乗って、《聖人の杖》の眠る神聖都市ルーペルムへと向かっていた。
ウルゾットルが宙を駆け、辺りの景色がどんどんと変わっていく。
「あそこのようですね……」
俺は遠くの地を眺めて、呟いた。
目線の先には、大きな石の壁に囲われた都市が見える。
厳かな雰囲気の、背の高い建物が並んでいた。
ここが神聖都市ルーペルムに間違いないだろう。
「……ワーデル枢機卿との交渉が上手くいけばいいのですが」
ソピアの話では、ワーデル枢機卿は地位に見合わずまだ歳の若い、欲深く軽率な男という印象であった。
彼女は金さえ払えばどんな汚れ仕事でも動く相手だと言っていたが、果たしてそう簡単に事が進むのかどうか。
ソピア本人は不可能だとしても、ソピアの部下の商人くらいは交渉用に連れてきてもらってもよかったのではないだろうか。
俺達は街門の付近でウルゾットルと別れ、ポメラ、フィリアを連れて三人で神聖都市ルーペルムへと入った。
街内を歩いていると、暗色の質素な格好をした人が目立つ。
天使を模したらしい像が、ぽつぽつと街の中に並んでいる。
人通りが少ないというわけではないが、静かで落ち着く、景観のよいところであった。
「ヨーナス教の聖地というだけあって宗教関係者が多いようですね」
ヨーナスの魂の宿った《聖人の杖》が保管されていることもそうだが、ここ神聖都市ルーペルムはヨーナスが生まれ、そして命を落とした地でもあるらしい。
「ポメラ達の格好……ちょっと浮いていませんか?」
ポメラが不安げに俺へと声を掛けてくる。
「気にしすぎだとは思っていましたが……他の人の目がちょっと気になりますね」
俺は周囲へちらりと目を向ける。
この都市を歩いていて、どうにも奇異の視線を受けているような気がするのだ。
あまりこの都市の文化について下調べしているような猶予はなかった。
「おい、お前達……なんだ、その派手な恰好は?」
街を歩いていると、鎧姿の女の人から声を掛けられた。
金の長い髪をしており、銀の鎧に、黒のマントを羽織っている。
「今日はヨーナス様の没した日……彼の死を悼み、慎ましく暮らし、夕刻には教皇様のおられる宮殿前に集まり祈りを捧げることがルーペルムの習わしとなっている。だというのに、揃って浮かれた格好をしよって」
「す、すみません、旅の道中でして……」
俺は頭を下げる。
「そうだろうな。わざとそんなふざけた真似をしていれば、この私が今叩き斬っていたぞ。適当な店で上着でも買うことだな」
「ご忠告ありがとうございます。あの、あなたは……?」
「教会騎士のリゼルだ。お前達のような、穢れを持ち込む余所者の監視が主な仕事というわけだ」
「た、確かに、格好についてはポメラ達の教養不足でしたけれど……でも、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」
ムッとしたようにポメラが返す。
リゼルは鼻で笑った。
「くだらぬ事件を起こすのは、いつも外から来た人間だからな。信仰心からこの地を訪れた者が、今日という日の意味を失念しているはずがない。軽い観光気分か、欲に塗れた商人か、はたまた盗賊の類か……どれであっても、嘆かわしい。ふざけた真似をしてくれるなよ」
「失礼じゃないですか? ポメラ達は大事な用があって……!」
ポメラはそこまで口にして、びくっと肩を震わせた。
「え、えへへ、ポメラ達、ちょっとした観光で来たんでした」
苦笑いを浮かべ、自身の頭を押さえる。
《聖人の杖》を壊しに来たことを思い出したようだ。
先の三択でいえば、俺達は盗賊の類に当て嵌まるだろう。
「気色の悪い奴らめ。せいぜいこの地では言動に気を付けることだ」
俺は顎を押さえて思案する。
どこにソピアの手紙を持っていくのか悩んでいたのだが、教会騎士ならワーデル枢機卿と近しい位置にいてもおかしくはない。
「……教会騎士、ですか。ワーデル枢機卿に取り次げませんか?」
「なに? ワーデル枢機卿は、ルーペルムの軍権を持つ御方だ。騎士である私もある程度の面識はあるが、しかし今日、あの方は忙しいと……」
「申し訳ないですが、もっと急ぎの要件なもので」
俺は懐より、ソピアの手紙を取り出した。
「赤に金の装飾……長耳の蝋封……これは、ソピア商会のものか? お前達、よりによって商人か。ワーデル枢機卿が、お前達のような下賤な人間と面会なさるわけがないだろう」
リゼルが呆れたように口にする。
「カナタさん……なんだか、聞いていた話とちょっと違う気がしますね」
ポメラが不安げに俺へと耳打ちする。
下の人間には上手く本性を隠しているのかもしれない。
もう少し近しい人間か、或いは多少強引にでも本人に接触するべきか……。
しかし、どう動いても面倒ごとの香りがする。
「もう《聖人の杖》の場所はわかっているんですし、直接入り込んで叩きに行きませんか? あまり時間は掛けられませんし、顔も割れずに上手くやれると思うんですよね」
「カナタしゃん!?」
ポメラが声を荒げる。
「カナタ……怖い……。フィリアね、悪いことしちゃ駄目だと思うの」
フィリアがぎゅっと俺の裾を握り、涙の潤んだ目で説得に掛かってくる。
「ち、違います! でも、結局ちょっと悪いことをしに行くことには変わりませんし! ……あの、なんだかこれ、下手に顔を見せてあちこち回った方が、厄介なことになる気がするんですよ! 時間を掛けていたら何が起こるかわからないって話でしたし、強引に動いてしまった方が……!」
俺は必死にポメラとフィリアへ弁解する。
確かに厄介なアイテムであることはわかっている。
盗まれたことが表沙汰になれば、それが大きな争いの発端になるかもしれない。
その辺りを上手く誤魔化して被害を抑えるためには、教会関係者の協力が不可欠だ。
「……待てよ、かつてワーデル枢機卿が、ソピア商会について口にしていたことがあったか。しかし、だとしたら……いや、念のため報告しておくべきか」
リゼルが顎を押さえ、ブツブツと呟きながら思案している。
「リゼルさん?」
「商人の遣いなど招きたくはないが……念のために確認してやる。聖堂まで来い。もしワーデル枢機卿が面会に応じると言えば、そのまま通してやる」
リゼルは吐き捨てるようにそう口にした。
顔からは嫌悪の色が見て取れる。
どうにも歓迎されているとは思えないのだが……ひとまず、第一関門は突破できたようだ。
繋げてもらえそうな人を探して、あちこちに手紙を見せて回るような真似は避けたかったことだ。