第十七話 布石の回収
「迅速に回収せねばならん布石は十三だな。特に内の三つ……世界に恵みを齎す《大竜穴》や、魔物の監獄《地獄の穴》、精霊界を守る《世界樹》は、安易に破壊するわけにもいかない。見張りを付けて上位存在の干渉を跳ね除けられるように管理する他ないだろう」
ヴェランタが世界地図を広げて、俺達へと説明する。
大きな布石があるらしい位置へは、ヴェランタが丸印を書き込んでいく。
「布石の中にはソピアの権力があれば簡単に回収できるものもある。ソピア商会の力でどうにかなるものは、とっとと集めて破壊させるべきだな。我とゼロ、ラムエルは《大竜穴》などの扱いの面倒な布石の守護に当たる」
ヴェランタはそこまで言うと、俺達の方へと顔を上げた。
「純粋にレベルの高いノブナガ……そしてそなたらには、残りの布石を破壊してきてもらいたい。それで上位存在がロークロアに干渉できる余地は大きく下がるはずだ」
「本当に……それでいいんですよね? 追い詰められた奴らは、むしろこの世界の消去に掛かるんじゃ……」
「上位存在はこの世界を創り出した連中だ。容易く消去もその気になればできると考えるのが自然だが、そんなことを言い出していればキリがあるまい。現状打てる手立ては、上位存在の干渉できる余地を削っていくことしかない。最も世界存続のために無難な手段は、そなたらを葬って上位存在と和解することなのだが、もはやその道は断たれてしまったのでな」
ヴェランタは大きく息を吐き、肩を竦めた。
「……それに、そなたらと話して、我も少し、試してみたくなった。もう何千年と人間を玩具にして、上位存在のための滑稽な人形劇を演じてきた。今の位置にも疲れてきてしまった。世界の危機ではあるのだろうが……もし奴らからこのロークロアを切り離せる道があるのならば、我もそれを模索してみたいと願ってしまった。その果てに待っているのが、ロークロアの消失かもしれんとしてもな」
「ヴェランタ……」
……どうしよう、一大決心をして俺達に肩入れすると決心をしてくれた言葉なのに、ノーブルミミックの中から喋っているせいでどうにも締まらない。
ここまで情報を明かして裏切るとも思えないし、布石回収に乗り出すのならば彼の協力は不可欠なのだから、そろそろノーブルミミックの監視から出してあげてもいいのではなかろうか。
ルナエールが首を伸ばして地図を覗き込み、こくりと頷いた。
「私達は私達で手分けして行動しましょう。では、私はカナタと共に、各地の布石回収を……」
「……手分けするのならば、そなたら二人は別れた方がよいのでは? 完全に過剰戦力であろう。それに、そちらの三人では返り討ちに遭う可能性がある。ゾロフィリアは戦力的には申し分ないだろうが、精神面が未熟過ぎる。罠に掛けて捕らえられ、《夢の砂》が敵に利用される可能性もある。カナタが傍にいた方がいいだろう。ポメラも些かレベルに不安がある。ロズモンドは悪いが、別所で待機してもらった方がいい。能動的な布石の回収にはついては来られまい。レベルを上げて鍛えている余裕もないのでな」
もっともな指摘であった。
これまで通り、俺はポメラ、フィリアと共に行動した方がいいだろう。
ルナエールは恐らく一人でも充分な戦果を上げられる。
俺が付いていっても足手纏いになるだろう。
「え……で、でも、しかし、私はその、久々にカナタと再会できたわけで、あの……。そ、そうです! 私もカナタも上位存在から直接狙われている身ですから、行動を共にしておいた方が……!」
「……いや、我々も既に敵と見做されておるはずなのだが……。そんなことを言い出せば、誰が上位存在に捕らえられても痛手であるぞ。特にソピアには世界を動かす影響力があり、ゼロも厄介な力を有しておるからな。しかし、それを恐れて行動しないのであれば、圧倒的優位性を誇る上位存在を相手に後手に回るしかなくなる。そんなことでは、奴らをロークロアから切り離すことなど、到底できはせんぞ」
ヴェランタが淡々とルナエールを説得する。
「し、しかし、で、でも……えっと……そ、それでも多分、優先して目を付けられているのは私達ですし……変に分散しない方が……」
駄目だ、ヴェランタの言葉に対して、ルナエールの言葉に具体性と重みが欠片も存在しない。
ルナエールも苦しいと思っているのか、言葉が途切れ途切れになっている。
理由付けを考えながら喋っていることは明らかである。
「……まさかとは思うが、もしかしてそなた、ロークロアの存亡を懸けた神々との戦いをデートの出汁にしようとしておる?」
「なっ、なんてことを言うのですかっ! 私はただ、カナタの身を案じてこう提案しているだけです!」
「ルナエールさん……気持ちは嬉しいんですが、ここはヴェランタの言葉を聞き入れておきましょう! 俺なら大丈夫ですから!」
「大きな目的を持って二人っきりで世界各地を観光できたら楽しいかもしれないなんて、そんなことは全く考えていません! 馬鹿にしないでください!」
「ヴェランタもそこまで具体的には詰めていませんでしたから! 後で! 後で全部が終わったらゆっくり世界各地を見て回りましょう!」
俺はルナエールの手を取って、彼女をそう説得した。
「べ、別にそうしたつもりではありません! 私は今更外の世界になんて関心はありませんし……い、今も《冥府の穢れ》が完全に抑えられているわけではありませんから、私なんかが一緒にいたらカナタも人里に馴染めなくなりますし、カナタには普通に生きてもらいたいですし……!」
「……本当ニ面倒臭ェナ、ウチノ主」
ノーブルミミックが溜め息を吐く。
……何はともあれ、俺はポメラとフィリアと共に、世界各地に散った布石の回収へと回ることが決まった。
「動くのは早いに越したことはない。役割分担を決めれば、すぐにでも動き始めた方がいいだろう」
ヴェランタの言葉に、俺はふと思い出したことがあった。
俺は桃竜郷で竜王に勝った褒美として、宝物庫から三つのアイテムを得た。
ハイエルフの女王が有していた《アルヴレナロッド》、死霊魔法について記された《ネクロノミコン》、そして過去の賢者の記した石板である《ラヴィアモノリス》だ。
この《ラヴィアモノリス》には、過去に転移者が《神の祝福》によって解析した上位存在の魔法が記されている。
俺にはまるで解析できなかったが、ルナエールにならば何かわかるかもしれないと思っていたのだ。
上手く紐解ければ、上位存在への対抗手段になるかもしれない。
「別れる前に、ルナエールさんに渡しておきたいものがあります」
「えっ……カ、カナタから、私に贈り物ですか!?」
ルナエールが上擦った声を上げる。
「いえ、ちょっと、そういうのじゃないんですが……その、解析してもらいたいものがあって……。すみません」
「あ……はい、そ、そうですよね、こんな状況ですし……」
ルナエールは明らかに落胆した声で、そう言った。
……こ、今度、状況が落ち着いたらまた何か考えてみよう。
とはいっても、なんでも力技ですぐにでも手に入れられてしまいそうなルナエールの欲しいものなんて、俺にはとてもわからないのだが。
「《異次元袋》」
俺は魔法陣を展開し、その中央から《ラヴィアモノリス》を引っ張り出した。
「これなのですが」
俺が石板を地面に置くと、ヴェランタが小さく歓声を上げた。
「ほほう……確かにこの石板は、魔法へ深い理解のある者が造ったらしい。いや、ここまでの代物は、少し見ればわかるというものだ。世界にこのようなアイテムが眠っていたとは盲点だった。興味深い……これをどこで入手した?」
ルナエールが石板へと手を触れる。
「……何かしらの結界のようですね。これほどの規模だと私でも行使できる魔法ではありません。完全に別世界の魔法……となれば、上位存在の用いたものでしょうか?」
「じょ、上位存在の用いた魔法の記録であると!? だとすれば、解析さえできれば、上位存在に対する大きな牽制として機能するかもしれんぞ。希望のない戦いだと半ば諦めていたが、いや、なかなかピースが集まってきた」
ヴェランタに対して、ルナエールのテンションが低すぎる。
ま、間違いなく、最重要アイテムだとは思うのだが……。
「ここまで複雑なものは、私でさえ目にしたことがありませんでした。ひとまずは預かって解析してみますが、どれだけ時間が掛かるのかはわかりません」
ルナエールにそこまで言わせる程の代物だとは思わなかった。
もしかしたら彼女ならば上位存在相手でも通用するのではないかと密かに期待していたのだが、さすがにそういうわけにはいかなさそうだ。
しかし、《ラヴィアモノリス》が有益なものである、ということは間違いなさそうであった。