第二話 商業都市との別れ
商業都市ポロロック……魔導雑貨屋《妖精の羽音》の店先にて。
俺とポメラ、フィリア、ロズモンドは、赤いミニハットの女商人メルと向かい合う形で一列に並んでいた。
「もう行っちゃうんですかぁ、カナタさん達……。寂しくなりますねぇ」
メルが名残惜し気に俺達へと声を掛ける。
「ええ、向かいたい場所がありまして」
「商品の権利だとかの利益分配もまともに行えていませんのに。もう少しゆっくりしていかれても……」
「すみません、どれくらい猶予があるのかもわからないんです。急ぐ理由ができてしまいました」
俺はメルへと小さく頭を下げた。
元々、俺がメルへ協力していたのは金銭目的ではない。
正直お金の方は錬金術で適当にアイテムを売り捌いていけば必要な額はいつでも手に入る。
メルへ協力したのは、彼女が見ていられない状態であったこともあるが……一番の目的は、それがロズモンドに桃竜郷へ同行してもらうための条件であったためだ。
「でしたら仕方ありませんねぇ……。カナタさん、何やら色々と事情のあるお方のようですし。まともにお礼もできていないままで申し訳ないです」
欲望の都市ポロロックを支配していた黒幕、大商公グリード……。
彼の正体は錬金生命体のアダムであり、ポロロックの膨大な資金を用いて兵器開発を進め、王国転覆を目論んでいた。
そしてその背後にいたのはナイアロトプの尖兵……《神の見えざる手》のリーダー、ヴェランタであった。
彼らは異世界ロークロアを盛り上げるため、好きなタイミングで大きな事件を引き起こせるように各地に火種を撒いていた。
アダムの人生は全てそのためだけに仕組まれたものだったのだ。
ヴェランタはナイアロトプと対立関係にある俺の力量を図るため、アダムを追い詰めて行動を急かし、俺へとぶつけてきた。
恐らく近い内にまた何かしらの行動に出てくるはずだ。
少しでも《神の見えざる手》の情報を引き出すため、その一員であったラムエルから話を聞かなければならない。
一度桃竜郷へと戻る必要があった。
ロズモンドを伴って面会に向かうことが、ラムエルから連中の情報を引き出すための交渉材料であったのだ。
元々ラムエルから情報を引き出すことは以前よりの目的ではあったのだが、ヴェランタが直接俺に接触してきたことで、あまり悠長に構えてはいられなくなってしまった。
「正式な書類やらを出すのには時間が掛かるので急ぎのカナタさんには難しいかもしれませんが……せめてお金、あるだけ持っていってくださいよぉ! 店にいっぱいありますんで! 適当に欲しいだけ掴んで持っていってください! このままじゃウチの気が済みませんもの!」
「……経営面はポロロックの新領主であるイザベラさんに任せているんですよね? 勝手なことをしたら怒られますよ」
「とにかく書類の準備はしておきますので、またいつでも戻ってきてくださいね!」
メルは両手でぐっと握り拳を作り、俺へとそう熱弁する。
「え、ええ、わかりました。また抱えている問題が片付いたら、いつかきっと遊びに来ますね」
「きっとじゃ駄目です、絶対ですよぅ!」
とにかく《神の見えざる手》と……そして、その先にいるナイアロトプの問題を片付けなければならない。
正直、ナイアロトプが俺の力でどうにかできる相手なのかはわからない。
だが、向こうが熱心に俺の命を狙っている以上、されるがままになるわけにはいかないのだ。
「ロズモンドさんはいつ頃ポロロックに戻ってきてくれるんですかぁ? 話を窺うに、今回たまたまちょっと呼ばれているだけで、カナタさんとずっと一緒にいるわけじゃないんですよね? ね? また来てくれますよね?」
「元々我の拠点はマナラークである。桃竜郷に向かった後もまたあの地に戻るつもりだ。まだマナラークでやり残したことも多いのでな」
「そんなぁ! いいところですよぅ、ポロロック、永住しましょうよぉ! ね、ね、ロズモンドさんでしたら、ウチが商会の護衛として雇いますから! お金出しますよぅ、お金! いくらでも!」
メルが必死にロズモンドの懐柔に動く。
……メルはあまり大金を持ってはいけない人間なのではなかろうか?
元々この地に来たのはウォンツに誑かされて持ち金を全てグリード商会に預けたのが始まりであるのだし、トップが挿げ替わったとはいえここポロロックが欲深い商人達の戦場であることには変わりない。
次に戻ってきたときに、よくわからない相手に貢いで店の運用資金を巻き上げられていなければよいのだが。
「ロズモンドさぁん、ね、ね、ポロロックに住みましょうよう! ウチ、もっとお金稼いで大きくなってますんで!」
「は、放せ、ベタベタするでない! また冷やかしにくらいは来てやるわい!」
メルが鼻水と涙を流しながらロズモンドの脚に縋りつく。
ロズモンドが必死にメルを宥めていた。
「……ラムエルといい、ちょっと変わった人によく好かれますよね、ロズモンドさんって」
ポメラがぽつりと呟いた。
ロズモンドは強面だが、面倒見がいいので人を惹き付けるのだろう。
元々、俺達がメルに協力したのはロズモンドとの交換条件のためであったが、ロズモンドがメルに協力したのは純粋な善意からであったのだ。