第三十六話 ある錬金生命体の話(side:フィリア)
「大商公の名誉を得た男は、王国の経済を牛耳り、魔導兵器を開発し……この王国の王になろうと考えたのだ。愚かなことだ。成功を重ねたために思い上がったのか……或いは、男は常に上を目指さなければ生を実感できなくなっていたのか」
グリードは客間にて、フィリアへと話を続ける。
「男が特に力を入れたのは、魔導兵器として使える錬金生命体の開発であった。しかし、開発は難航し、無数の失敗作の山を築くことになった」
「失敗作の山……」
恐々と、フィリアが口にする。
「ああ、錬金生命体の製造には、高いコストが掛かる。大量に廃棄物が出るが、証拠を外に漏らすことは絶対にできん。王国への反意を疑われる。外殻を砕いて壊して、魔術で証拠が残らぬように消し炭にし……そして、コアの一部を再利用する。そういうことを……何年間も繰り返しておった」
残酷な行為を語るグリード。
しかし、フィリアの目には、なぜかそう語るグリードが、楽しげなようにも映った。
フィリアには、グリードの真意がどこにあるのか、わからなくなりつつあった。
過去を悔いているようにも見えるが、どこかそれだけではないものがあった。
「それも、おじちゃんが……指揮したの?」
「ニンゲンの欲望は道徳を淘汰するのだよ。善人を気取っておるものなど……ハ、ただ欲の満たし方を知らぬ敗者しかおらん!」
「フィリアは、そうは思わない……」
「お嬢ちゃんと吾輩、どちらが正しいかな? 吾輩が少し金銭をちらつかせれば……クク、どいつもこいつも、醜く足掻き、他者を蹴落とし合う魔物に成り下がったよ! ハハハ、傑作である!」
グリードは大柄な身体を震わせて、不気味に笑う。
フィリアは悲しげにグリードを見つめる。
グリードはその視線にバツが悪そうに目線を逸らし、咳払いをした。
「巨万の富と……無数の捨てては造り直される犠牲の果てに、ついに男は、成功作といえる二体を造り出した。戦闘に特化した自律進化を繰り返すアダムと……密偵に特化した、特異能力を持たされたイヴである」
グリードは話を再開する。
「アダムとイヴはどちらも厳重に保管されておった。無限に力を得るアダムに、姿を変えての攪乱を行えるイヴ……どちらも間違えて外に出せば、それこそ世界を破滅へ追い込みかねん強大な錬金生命体であった。そんな折……アダムとイヴは、恋に落ちた」
「恋に……?」
意外な話の成り行きに、フィリアはぱちりと瞬きをした。
「ああ、そうだとも。二体とも似た境遇で、信じられるのが互いだけであったのだから、当然といえば当然であるがな。馬鹿馬鹿しい、人間の模造品が色恋ごっこなど……と、男は笑った。だが、同時にそこへ目を付けた。片方が反抗的になれば、もう片方に罰を加える。この方法で……凶悪な錬金生命体共を、言いなりにすることに成功したのだ!」
楽しげに語るグリードに、フィリアはやや軽蔑した眼差しを向ける。
グリードはその目に気が付いていたようだったが、お構いなしに話を続けた。
「そんなあるときであった。戦闘型の錬金生命体……アダムが、戦闘訓練時に脱走を試みた。ばかりか、イヴを連れて逃げ出そうとしたのだ! 愚かな……恋に溺れ、悲劇の主人公でも気取っておったのか。無謀な脱走劇であった。結果的に錬金生命体を縛るために許容しておいた色恋の真似事が……暴走を引き起こす要因になったというわけだ」
グリードは呆れたように、小さく首を振った。
「フィリアは……馬鹿なことだって、思わない」
「死者は出たが、鎮圧は容易かった。イヴの変異能力は厄介であったが、アダムを押さえればすぐに投降したからな。……ただ、アダムの戦闘能力を恐れた男の私兵が過剰に攻撃を加え、アダムは大損壊を負ってしまった。身体だけであればどうにかなったが、コアにまで致命的なダメージが通っておった。長く持たないのは明らかであった」
「……アダムは、死んじゃったの?」
グリードは太い首を左右へ振る。
「いや、アダムには、他の生物や物体を取り込んで自律進化を繰り返す能力があった。男はそれを利用して、修復材料となる物質を取り込ませて、どうにか再生に成功した。反乱を企てた錬金生命体とはいえ、最高傑作の魔導兵器であることに変わりはなかったからな。その後……男は二体を絶対に引き合わせず、次に何かをしでかしたときには片割れを必ず破壊すると、そう脅迫したのだ。だが、同時に男は、もしアダムが三年間、何も問題を起こさなければまた会わせてやる……とも約束した。アダムはそれを信じて、男に従うことにした」
「それから……どうなったの?」
「……しかし、三年経とうとも、五年経とうとも、約束は果たされなかった。長い年月の内に、アダムはある事実に気が付いた。イヴは、とうの昔に死んでおった、というな」
グリードはそう言って、背後の絵画へと目を向けた。
グリードが気に入っていると口にしていた、幼い少女が花畑でブランコに乗っている絵であった。
「死の縁のアダムの再生に用いた材料……それがイヴだったのだ。数少ない魔導兵器としての成功作の錬金生命体を再生するための材料は、同じ成功作の片割れ以外になかったのだ。また、男は前回の事故で、制御困難な錬金生命体を二体も抱えることに疑問を持っておった。丁度いい機会だと……そう考えたのだ。男にとって価値があったのは、わかりやすい戦闘能力を有するアダムの方だった。会わせてやる……というのは、希望を持たせて従順にするための方便であったわけだ」
フィリアはグリードの目線を追って、自然と彼と一緒に、絵画の少女を眺めていた。
「強い激情に襲われ……同時にイヴを取り込んでいたことを自覚したアダムは、イヴの持っていた能力に覚醒した。元々、取り込んだ対象の情報を用いて自律進化を繰り返すのが、アダムの最大の強みであったからな。イヴの変異能力を用いて厳重な檻から脱走したアダムは、二度目の反乱を企てたのだ」
「二度目の反乱は……どうなったの?」
「高い戦闘能力に、イヴの変異能力、そして手段を選ばぬ暴走……。たった一体を相手取っているというのに、戦いは恐ろしく長引くことになった。そして、その果てに……」
そのとき、慌ただしく客間へと向かって来る足音があった。
グリードが怪訝な表情で顔を上げる。
扉が激しく開かれ、部下の男が飛び込んでくる。
「ノックくらいしたらどうかね?」
「た、大変です! 騎士団などより、恐ろしく手強い者達が現れ、この館へ……! S級冒険者相応の人間が複数名……! グリード様、暗黒区の地下施設へお逃げください!」
「……この段階で、そのような戦力が雪崩れ込んで来たのか」
グリードが不機嫌そうに口にする。
元より騎士団の強行も予想より遥かに早かったのだ。
加えてグリードはフィリアの相手をしていたために、そちらヘの対応も疎かになっていた。
本来であれば、騎士団が突然押しかけて来た段階で、暗黒区の地下施設へ逃げ込むべきであった。
地下施設には、グリードが保険として用意していた、レベル200近い精鋭のゴーレムが複数体保管されていた。
「そのような幼子にかまけて、何をされているのですか!」
「……仕方あるまい。この段階で切り札……アダムを使うのは本意ではなかったのだがな」
グリードは溜め息を吐いて、扉へと向かう。
「切り札……? グリード様、まだこの屋敷に何か、兵器を隠していたのですか?」
「貴様は客人の相手をしておけ。くれぐれも、この部屋から出さんことだ。もしものことがあれば、貴様の首を飛ばす」
グリードは部下の男の顎を持ち上げ、顔を近づけてそう命じる。
「は、はい……!」
それからちらりと、フィリアの方を振り返った。
「すぐに戻ってくるから、大人しくしておきなさい、お嬢ちゃん」
「う……うん」
フィリアは恐々と、小さく頷いた。
今の命令は、部下の男へというよりも、フィリアへの脅しであった。
グリードはフィリアの、純粋で優しすぎる精神性を見透かしていた。