第十五話 商品製造
《青虚繊金》の加工修行を始めてから二日が経過した。
元々は一日で決着をつけるつもりだったのだが、ちょっと修行の進度に難があり、結局丸二日掛けることになってしまったのだ。
最初は霊薬漬けドーピングに抵抗を見せていたメルだったが、途中からどうやらこれは霊薬に頼らないとどうにもならないらしいと完全に割り切ったらしく、率先してガブガブと霊薬を飲むようになっていた。
元々メルは野心家気質の節がある。
昨日の夜には『これで技術が上がっていると霊薬を飲むのが気持ちいい』とまで口にしていた。
……依存性はないはずなのだが、今後彼女にこの手の霊薬を渡すのは避けた方がいいかもしれない。
「ついに修行の甲斐あって、《青虚繊金》で綺麗な球体を造ることに成功しました……!」
メルが得意げに口にする。
ロズモンドはメルの加工した《青虚繊金》の球体を目にして、不安げな表情を浮かべていた。
《青虚繊金》の塊は、球体とも立方体ともいえない、なんとも歪な形状に仕上がっていた。
「すごい! すっごいきれいな形にしあがってる!」
フィリアが無邪気な笑顔でメルの功績を称える。
「えへへ……そうでしょう、フィリアちゃん。ウチ、頑張りましたもん。もっとウチのこと褒めてくれてもいいんですよぉ~?」
ポメラとロズモンドが、気まずげに俺の方を見る。
「おい、カナタよ。かなり凸凹だが、これでよいのか……?」
ロズモンドが小声で耳打ちしてきた。
「俺も最初は《青虚繊金》を甘く見てましたが、かなり上達したと思います」
俺も一度散らばった《青虚繊金》を元の形に戻そうとしたのだが、メルと同様に勢いよく破裂させてしまった。
《青虚繊金》の加工は想像を遥かに絶する練度を必要としていたようだ。
平然とこれで細かい像を造っていた、ルナエールの異様さがよくわかった。
「これでようやく、本題の《妖精の羽音》のための商品開発に身を乗り出せます! 今ならなんだって造れる気がしますよぅっ! 予定より遅れてますし、元々余裕もありません! 何日も店を閉めていたら当然知名度も下がりますし、明日にでも店を開けられるように突っ走りましょう! ウチ、やってみせますよぅ!」
メルが手をワキワキさせながらそう宣言する。
メルにある程度錬金術の知識も付いたし、魔導細工師としての腕もかなり向上したはずだ。
商品候補は既に一覧を作成して纏めている。
後は、実際に造ってこの商品達が都市ポロロックに通用するかどうかだ。
商品はきっちり需要と実用性はあるはずだ。
ただ、問題は、今一つインパクトに欠けることだ。
長く続けていれば充分に勝算はあるはずだが、今回は短期で結果を出す必要がある。
ウォンツからの妨害も考慮しなければならないため尚更だ。
「懸念点が、どうなるかですね……」
「大丈夫ですよっ! 今のウチは無敵です! 厚意に応えて恩返しするためにも、じゃんじゃん《妖精の羽音》を大きくしてみせますから! 見ててください!」
早速メルはアイテムの作成に取り掛かった。
俺も錬金術には自信があるので、補佐兼アイディア出しを行うことにした。
錬金術方面のアプローチであれば、手間やコストを抑えるための考えを出せる。
それに俺は、現代のブラッシュアップされた商品達の完成形も知っている。
ロズモンドとポメラも店を開ける準備を行い、フィリアはメルが気力を回復させるための抱き枕として一役買った。
丸一日掛けて、とりあえず店を再開させられそうなだけの新商品を揃えた。
少しでも話題性が出るように、商品の数よりも極力種類を増やすようにした。
メルの錬金術への知識と理解力を深め、魔導細工の腕を引き上げた甲斐あって、再現できないと思っていたようなものも再現することができた。
メルが俺の曖昧な知識からどうにかボールペンを造り上げたのには感動した。
自転車も量産こそできなかったが、宣伝用の一つだけとはいえ無事に完成させることができた。
他にも洗濯バサミやら立方体パズルやらができあがった。
メルが嬉しそうにせっせと並べている。
「カナタよ、これでウォンツの息の掛かった他の魔導雑貨店に勝てるであろうか?」
ロズモンドが不安げに尋ねてくる。
「……もう少しどうにかできそうだったんですけど、正直想像以上に地味になりましたね」
「う、ううむ……」
ロズモンドが苦しげに呻く。
「ま、まぁ、乗り掛かった船です。成功するまでどうにか付き合いますよ。ガネットさんに相談したら、何らかの形で支援してもらえるかもしれませんし」
「あの狸爺か……。利に敏い男であるから、カナタがポロロックの魔導雑貨に手を貸したと聞けば乗ってくれそうではあるな。個人的にあまり頼りたくなかったのだが、仕方あるまい」
ただ、ガネットが動けばどんどん大事になってしまうかもしれない。
何せ彼は《魔銀の杖》のトップである。
領主でありグリード商会の長であるグリードが知れば、マナラークがポロロックを乗っ取りに動き始めたと捉えるかもしれない。
それはガネットに大迷惑を掛けるような結果になりかねない。
「鏡を使うという手もありますね」
「なんであるか、それは? 勝算はあるのか?」
鏡とは《歪界の呪鏡》のことである。
あれさえ使えば、とりあえずメルのレベルを数百まで持っていくことができる。
一気に錬金術も魔導細工の幅も広がる。
仮にウォンツに暗黒区に叩きこまれても、三日で暗黒区のボスになれるだろう。
「まあ力押しにはなりますが、どうとでもはなるかなと」
「なんでもできるのだな貴様は。まぁ、そうなったときは頼りにしておるぞ」
ポメラは俺とロズモンドの会話を聞いて、気まずげに苦笑いを浮かべていた。
「……使わずに済むといいですね、鏡」
「心配いりませんよ! ウチはっ、これで成功するって信じてますっ! もうこれ以上ないってくらい、皆さんには力を貸していただきましたからっ! ウチだって魔導細工師として、自分の才能と、この商品達……そして《妖精の羽音》の店には誇りを持っています!」
メルが胸を張り、大きな声でそう口にする。
「この商品達……カナタさんにアイディアをもらったからってこともありますが、ウチは自分の工夫とデザインにもすっごいすっごい自信を持ってます! これ、絶対いいアイテムですよ! カナタさんは気にされていましたけど、ちゃんと中身がしっかりしてるなら、ガワなんて躍起にならなくてもいいんです! 結果は絶対ついてきます! ウチは今、失敗したらどうしようなんて思ってません! 絶対成功させてみせます! この魔導細工師メル、皆さんのご厚意を無下にはしませんようっ! 準備は整いましたから、後は勝負するだけです! 保険や小細工なんて考えずに突っ走りましょう!」
メルの言葉には力があった。
元々メルは、妨害工作を受けるまでは順調に成功を重ねていたのだ。
ウォンツが失敗を前提にポロロックに連れて来たにもかかわらず、である。
ロズモンドもメルのことは天才だと称していた。
俺は元の世界のアイディアや、ここ三日の修行の成果ばかりに注目して、成否を考えていた。
だが、この戦いの主役はメルなのだ。
俺達はあくまで補助や支援を行ったに過ぎない。
「メルさん、きっと成功させてくださいね」
「勿論ですよぉ! ウチは天才ですから! あのゲロカスゴミウォンツに一泡吹かせてやります!」
数日振りに店を開ける。
《妖精の羽音》は大分前にロズモンドが訪れたときには既に閑古鳥が鳴いていたという話であったが、不思議とちらほらと客が入ってきていた。
そうして二時間、三時間と経つ内に、どんどん訪れる客数が倍に倍にと増えていた。
とりあえずの賑やかしで置いていたようなあまりパッとしないものから、元々メルが店に置いていたものまでどんどんと売れていく。
商品が足りなくなって、早々に店を閉めることになった。
「こんなに上手くとは……。正直、俺の出したアイディアだけだとインパクトに欠けると思っていたんですが」
順調すぎて驚きであった。
結構不安に思っていた点もあったのだが。
「ふふん、だからウチ、心配なんていらないって言ったじゃないですかぁ。商人の都市だけあって、ここの人達、皆情報通で新しいものや流行ものに目がないんですよ。ちゃんと斬新で良いものを造れば、我先にと飛び込んできてくれるってわかってましたから」
「なるほど……」
「とは言っても、ウチもここまで上手く行くとは思ってませんでしたけどね、えへへ」
メルが照れたように笑う。
そのとき、ロズモンドがムスッとした顔で看板を手にしてこちらに向かってきた。
「おい、メルよ、なんであるかこれは。店の名前を隠すように重ねられていたのだが」
ロズモンドの抱えている看板には《異世界転移者の魔導雑貨》とデカデカと書かれてあった。
メルが得意げに胸を張る。
「ポロロックの人達に宣伝するには、それが一番手っ取り早いと思ったんです! ウチの読み通りでした!」
「この店に誇りを持っていると言っておったのではなかったのか! 思いっきり店名を隠しておったではないか! ガワより中身だと散々言っておったのに!」
「や、やっぱりそのぅ、インパクトに欠けるかなぁって。べ、別に怒らなくたっていいじゃないですか」
「怒ってはおらんわ! 腹が立っているだけで!」
「あのぅ……そ、それは怒っているのと同義なのでは……?」
二人の掛け合いを聞いていると気が抜けてきた。
思わず溜め息が出る。
「第一、なぜ相談もなく、黙ってこんなものを設置したのだ、メル!」
「……背伸びして誇りだとか語っちゃった後だったんで、なんだか恥ずかしいなぁと」
「元々カナタは異世界転移者だと大っぴらに公言しておったわけではないのに、勝手にこんな真似を……!」
「だ、大丈夫ですよ、ロズモンドさん、俺は気にしてませんから」
……やはり起死回生の一手としては、ラインナップがイマイチ地味で爆発力に欠けることはメルもわかっていたらしい。
何はともあれ、こうして《妖精の羽音》は万全のスタートを切ることができた。