第十四話 《青虚繊金》
メルに徹夜で錬金術を教え込んだ翌朝。
「メルが生きておるかどうかまず確認に来たのだが……これはどういう状況であるか?」
ロズモンドが恐々と口を開く。
「大丈夫です、今のウチは無敵ですよぉ。世界の真理が見えます。人はどこから来て、どこへ行くのか。ロズモンドさん、そこにはどのような意味があると思いますか? いえ、それを論ずるにはまず、意味という曖昧な言葉の明確な定義から始めなければならないのですよ。そもそもが人間個人の価値観でそれが問えない以上、一般的な意味という尺度では測り切れないものであるべきなのです」
メルが錬金術の魔導書を読みながら、ブツブツと呟いている。
「おい、カナタ。こやつ、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、ばっちりです。昨晩、メルさんはしっかり頑張ってくれましたから。ひとまず錬金術についてはこれで充分かと」
早々にかなり参っているようだったのでこれは時間が掛かるかもしれないと思ったのだが、後半でメルはとんでもない巻き返しを見せた。
元々、メルは野心家で粘り強さも持っていた。
ウォンツの詐欺に引っ掛かったとはいえ、元々この歳で天才魔導細工師として地方で大活躍していただけはある。
「そこではないのだが……」
「短時間で錬金術を詰め込んだ反動と、霊薬のトリップが併発しちゃったみたいですね。今は盛り上がってますが、すぐに落ち着くと思います」
「そ、そうか……」
ロズモンドがメルへと不安げな目を向ける。
「……ポメラは、カナタさんから錬金術を教わるのは絶対に止めようと思います」
ポメラがさらっとそんなことを口にした。
いつかポメラにも何かの機会に錬金術を教え込もうと考えていたのだが、どうやらそれは叶いそうになかった。
ちょっと残念……。
「メル、がんばったね! えらいえらい! いい子! 頭なでてあげる!」
フィリアに提案され、メルは彼女へと頭を差し出していた。
フィリアがよしよしと頭を撫でる。
「ありがとうございます、フィリアちゃん……! 今、ウチ、ようやく魂がこっちに戻ってこられた気がします……! ウチ、フィリアちゃんと結婚します!」
メルがぎゅっとフィリアを抱き締める。
ようやくメルの顔に表情が戻ってきたように見える。
アニマルセラピーならぬフィリアセラピーは効果があったようだ。
「かなり精神に来ていたようであるな……。ま、まあ、何にせよ、これでメルの修行とやらは終わったのであるよな? 今日からは《妖精の羽音》の再出発を……」
「ええ、錬金術の修行は終わったので。後は魔導細工の精度向上の鍛錬ですね」
「まだ残っておったのか……」
「ここからが本番なので、メルさんにも気合を入れていってもらわないと」
「しかもここからが本番であるのか……」
ロズモンドは顔を両手で覆い、深く息を吐いた。
メルの本分は魔導細工である。
あくまで錬金術は補助というか、おまけ程度のものであった。
「スケジュールは大丈夫ですよ。こっちも今日中に仕上げて、明日には商品開発を急げるようにしますから。大船に乗ったつもりで任せて、ロズモンドさん達はポロロックの観光でもしておいてください」
「……大船どころかドラゴンなのは認めるが、スケジュールはさておき、メルは大丈夫なのか?」
「大丈夫にする霊薬を使いますから」
「その霊薬が不安なのであるがな!?」
結局、ロズモンド達も《妖精の羽音》に残ることになった。
彼女達の見ている中、メルの魔導細工の修行が始まった。
俺は魔法袋から取り出した、青白く輝く金属塊をメルへと手渡していた。
「これを魔力で加工すればいいのですか? 魔力伝導率は悪くなさそうですし、結構簡単だと思いますよ?」
メルが不思議そうに、手のひらの上で金属塊を遊ばせる。
「ええ、俺は魔導細工にはあまり明るくないのですが、俺の魔法の師匠が『魔導細工の鍛錬にはこれを使うといい』と口にしていました」
メルに手渡したのは、球形に加工された《青虚繊金》という金属の塊である。
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【青虚繊金】《価値:伝説級》
三千年前の遺跡から発掘された、使用用途不明の金属。
非常に脆く、叙事詩で度々例に出される『海より美しく、赤子の手より柔らかい石』の正体だとされているが、やはり使い道は一切わかっていない。
研究目的で錬金されたものだといわれている。
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「う~ん……でしたら、やってみますけれど」
メルが《青虚繊金》を両手で包んだその瞬間、突然金属塊がぷくっと膨れ上がり、彼女の手のひらの中でバラバラに砕け散った。
「うっ、嘘!? ちょ、ちょっと魔力を流してみただけなのに……!」
そう、この《青虚繊金》は魔力伝導率が極端に高く、おまけに非常に繊細で、恐ろしく壊れやすいのだ。
普通であれば魔力伝導率が高いだけで使い道が何かとあるはずなのだが、壊れやすすぎて全く使い道がないとされている。
実際ルナエールも《青虚繊金》を利用したアイテムを造ろうとしたことはあるらしいが、どうにもならなくて諦めたと口にしていた。
壊れやすさをどうにかフォローすれば使えなくはないが、そこに手間暇を掛けるなら別の金属の方がいいという結論に達したそうだった。
ただ、ルナエールは、逆にその極端な魔力伝導率の高さと壊れやすさに利用価値を見出した。
「とんでもなく壊れやすいので、破裂させないように形を変えるだけで魔導細工の鍛錬になるんです」
そう、《青虚繊金》を加工するには、とんでもなく繊細な魔導細工師としての技術が必要となる。
霊薬で集中力や学習能力を高めて反復練習するだけで魔導細工の腕が向上するはずだ。
「ほ、本当にこれ、まともに加工できるんですか……?」
「師匠は手持ち無沙汰なときに、それを手のひらの上に乗せて変形させていました」
ルナエールはこの金属塊を、某ルービックなキューブのように扱っていた。
小鳥やノーブルミミックの像を造ったりしていたのを覚えている。
「何者なんですか、その師匠さん……? こ、この、散らばっちゃった奴、どうしましょうかね?」
メルが《青虚繊金》を必死に手でかき集める。
「ええっと……確か師匠は、手でぎゅっとやって魔力を流してくっ付けていたような……」
「なるほど、それで元に戻るんですね! ふんっ!」
バラバラだった《青虚繊金》の残骸が、更に小さな粒となって周囲に勢いよく飛び交った。
メルは死んだ目でそれらを眺めている。
この調子だと、次は霧状になるかもしれない。