第二十三話 レベル上げの終わり
俺は今日も今日とて、ルナエールと共に《歪界の呪鏡》へと挑んでいた。
もう、ここへ挑むのも何回目になるだろうか。
既に俺がこの《地獄の穴》を訪れてから、一か月半以上が経過していた。
俺は風魔法の第三階位、《風の翼》を用いて風を操り、鏡の中の世界を駆け回る。
低位の魔法でも要は使い道だ。
低位の魔法は攻撃には頼りないが、目晦ましや歩術としては十分だ。
俺の後を追って異形の悪魔達が向かって来る。
だが、悪魔達は《風の翼》を用いた俺の歩術にはほとんどついて来られないでいた。
先回りしていた悪魔の一体が俺へと飛び掛かってくる。
大きな車輪に、小さな人の顔が沢山ついた、不気味な外見をした悪魔だった。
……もっとも、ここの悪魔はどいつこいつも不気味な奴ばかりだが。
一直線に転がってきて、俺の傍に来たところで身体を傾けて速度を落とす。
車輪についた大量の顔が、俺を見て笑っていた。
俺はその車輪を蹴とばし、宙に跳ぶ際に勢いよく横一閃に斬りつけた。
車輪が真っ二つに別れ、大量の顔が驚愕の表情へと変わり、白眼を向いて絶叫する。
まだ生きている……タフな系統の悪魔か。
トドメを刺している間に外の悪魔に襲われる、一度あいつは無視する。
俺は息を整え、《風の翼》で飛行の軌道を調整しながら、別の魔法陣を空中で紡ぐ。
《双心法》も既に完全にものにしていた。
二つの魔法を並行で使うことも、今ではさほど難しくない。
魔法によっては三つでも可能である。
俺は《風の翼》を用いて空中で振り返り、後を追い掛けてきていた悪魔の群れへと剣を向けた。
悪魔の中には、触手や光を放ち、空中に浮かんだ俺へと遠距離攻撃を試みているものもいた。
「炎魔法第十四階位《球状灼熱地獄》」
直径十メートルを超える、巨大な赤黒い炎の球が悪魔達へと向かっていく。
「引きつけ過ぎです! その距離では、爆炎に巻き込まれるかもしれません!」
端から見ていたルナエールが叫び、俺へと警告を出した。
だが、問題ない。
勿論想定済みである。
俺は既に《風の翼》を消して、別の魔法陣を紡いでいた。
「時空魔法第四階位《短距離転移》」
魔法陣の光が俺を包み、五メートルほど離れた別の地点へと移動させた。
《短距離転移》は名の通り、術者を瞬間移動させる魔法である。
《風の翼》に比べれば発動が遅く、転移先でやや無防備な瞬間が生じるが、瞬間移動であるために移動中に攻撃を受けることはないし、咄嗟に使えば敵の目を欺くこともできる。
《球状灼熱地獄》の発動と同時に《短距離転移》を準備しておけば、確実に爆炎の範囲から逃れることができる。
赤黒い炎が、悪魔達を呑み込んで鏡の中の世界の一方面を埋め尽くしていく。
以前とは装備の剣の魔法補助効果も、俺自身のレベルも違う。
直撃を受けた悪魔は生きてはいないだろう。
逆に《球状灼熱地獄》を準備しながら《短距離転移》で間合いを詰めることで、不意打ちで超位魔法を叩き込むという荒業も可能か。
勿論こっちの場合は、上手く動かなければ自身も炎を受けかねないが……。
《双心法》の組み合わせとして、この二つの魔法は相性がいいといえるだろう。
「キャンキャン!」
黒い炎を突っ切って、犬の悪魔が飛び出して来た。
犬……といっても、頭は王冠を被ったカールヘアーの、壮年男性のものである。
《歪界の呪鏡》突入初日に真っ先に、俺を死ぬ寸前まで追い詰めてくれたクソ犬だ。
妙にタフなところがあり、未だに俺はこいつを仕留め損なっていた。
だが、それもここまでだ。
「時空魔法第十九階位《超重力爆弾》」
「キャッ……」
黒い光が広がり、クソ犬の身体を絡めとる。
他の悪魔達も、黒い光の引力に引かれて集められていた。
「実戦で使うのは初めてです」
ルナエール愛用の魔法、《超重力爆弾》だ。
俺の実力では時空魔法の第十九階位の魔法は安定しない上に、規模だけを見れば《球状灼熱地獄》の方が効率がいいので先程は使わなかったが、純粋な威力であれば俺の手持ちの魔法攻撃の中で最強格である。
俺が剣を降ろす。
黒い光が悪魔達を包み、暴縮を始めた。
ブゥンと爆音が響き、辺りに悪魔の肉片と体液の様なものが散らばった。
そう、既に俺はルナエールの補助がなくとも、《歪界の呪鏡》の悪魔共と戦えるまでに至っていた。
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『カナタ・カンバラ』
種族:ニンゲン
Lv :4122
HP :17526/19786
MP :6832/17725
攻撃力:5771+4300
防御力:3298+100
魔法力:4946+3900
素早さ:4534+2000
特性スキル:
《ロークロア言語[Lv:--]》《双心法[Lv:8/10]》
通常スキル:
《ステータスチェック[Lv:--]》《剣術[Lv:9/10]》《真理錬金術[Lv:16/20]》
《神位炎魔法[Lv:21/30]》《超位土魔法[Lv:17/20]》《超位水魔法[Lv:12/20]》
《超位風魔法[Lv:13/20]》《雷魔法[Lv:7/10]》《氷魔法[Lv:7/10]》
《白魔法[Lv:4/10]》《超位死霊魔法[Lv:12/20]》《結界魔法[Lv:7/10]》
《超位時空魔法[Lv:18/20]》《精霊魔法[Lv:10/10]》
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……ふむ、この域まで来ると、《歪界の呪鏡》の悪魔達相手でもあまりレベルが上がらなくなってきた。
俺はルナエールの指南を受け、魔法の主戦力となる属性以外の分野も鍛えたし、錬金術もかなり伸ばした。
《双心法》もかなり磨き上げて、実戦で使用できるレベルまで持ってきている。
魔法に頼り切るのもあまりよくないと、時折魔法を封じて剣術も磨いてきていた。
「時空魔法第四階位《短距離転移》」
俺は転移魔法で移動し、ルナエールの近くへと移動した。
「師匠、今日のところはこの辺りにしようと思います。帰りましょうか」
俺はルナエールへと声を掛ける。
……俺がノーブルミミックから冥府の穢れのことを聞いて以来、ほんの少しルナエールと距離を感じていた。
ルナエールはあの後は何事もなかったふうにいつもの調子に戻っていたが、どこか上の空に見えるような時が増えていた。
いつもの調子に戻ったのも、どこか意図してそれを演じているような気もしていた。
ルナエールは今、何を考えているのだろうか。
「…………」
ルナエールは目を瞑り少し考えごとをした後、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「もう、レベル上げは……いえ、私は必要ないかもしれませんね。おめでとうございます」
ルナエールは、静かにそう言った。