第十一話 下準備
ウォンツが去った後、俺達は再び会議を開いていた。
「と、とにかくウチ、ここまで来た以上、突っ走るしかないと思ってます! カナタさんに教えてもらった異世界のアイディアを商品の形に落とし込んで、権利申請したらバンバン勝負していきましょう! 全面戦争です!」
「おー!」
メルの言葉に、フィリアがグーの手を突き上げて同調する。
「フィリアちゃんは可愛いですねぇ、荒んだウチの心を癒してくれます」
「えへへー」
メルはフィリアを膝の上に抱き、頭を激しく撫でる。
フィリアも嬉しそうにメルに身体を預けていた。
「商品権利に関しては、こっちが訴えに出る余裕がないと踏んで、そこを突いた手に出てくるかもしれんな。少しでも牽制できるように、諄めに書いておくべきであろう」
ロズモンドがそう提案する。
連中がルール側な以上、根本的な対策にはならないが、俺達ができるのはそのくらいだろう。
「ひとまず申請が終わったら、使えそうな錬金術をメルさんに教えましょうか? だいたい作るものは纏まりましたから、何となくこれなら役に立ちそうだっていう錬金術にいくつか心当たりがあります。魔法精度を伸ばす方法についても、俺が師匠から教わったいい方法があるんですよ」
メルは魔導細工師である。
魔法による細かい成形が彼女の本分であり、そこには病的なまでの魔法精度が求められる。
《地獄の穴》流の訓練法を用いれば、錬金術にしろ魔導細工にしろ、数日でも充分彼女のスキルアップを試みることができるはずだ。
メルの魔導細工師としての腕が向上すれば、技術的に再現できないと没にしていた商品アイディアも、強引に再現できるようになるかもしれない。
錬金術の方も充分彼女の役に立つはずだ。
錬金術については今なら俺が手助けすることもできるが、最終的にはメルが一人でやっていけなければ意味がない。
魔導細工師は発想力も重要となる職業だ。
俺が必要に応じて錬金術の知識を貸すよりも、メルが自前の知識として用いた方が間違いなく思考の柔軟性は跳ね上がる。
「付け焼刃でどうこうできるのかなぁという不安はありますが、それでもウチ、滅茶苦茶嬉しいです……! できること全部やりましょう、カナタさん! ウチこう見えて、要領の良さには自信があるんですよぉ!」
「カナタさんの魔法修行……大丈夫ですかね、メルさん、精神持ちますかね……?」
ポメラが不安げにそう零す。
「ポメラさんは、ウチのこと、甘く見過ぎですよ! ウチだってこう……魂賭けて、ゲロカスゴミウォンツに対抗するぞって決めたんです! たとえ火の中、水の中! このメル、命懸けで修行させていただきます! 悪魔に寿命を半分捧げるようなことになっても、それでスキルアップできるのなら、このメル、喜んで捧げますとも!」
「メルさん!」
ポメラが語調を強める。
メルがびくっと肩を震わせた。
「あ、いえ、悪魔は適切な例じゃなかったですね……ごめんなさい、失礼でした。あのっ! そういう意味じゃなくって! それくらい頑張るぞうって意思表示でして……!」
ポメラががっしりとメルの両肩を掴み、顔を近づけた。
「その冗談が冗談じゃ済まなくなるかもしれませんが、本当に覚悟はできていますか?」
「こ、怖いですよう、ポメラさぁん。そんな、真顔で冗談言うなんて、アハハハハ……」
メルが苦笑しても、ポメラは変わらず真剣な眼差しで彼女の顔を見つめていた。
「……冗談ですよね、ポメラさん、ね?」
べ、別に、そこまで身構える必要はないと思うのだが……。
俺も初めてルナエールから指導を受けたときには驚いたものだが、なんだか案外すぐに慣れた記憶がある。
それからしばらく、アイディアのブラッシュアップの会議と、メルの指示を受けての権利関係の書類作りを全員で行った。
乗り掛かった船である。
ここまでくれば、とことん付き合おう。
「こういうのもなかなか楽しいですね。ポメラ、冒険者より事務の方が向いてるのかもしれません」
レベル1000超えのポメラが、笑顔でそんなことを口にする。
恐らくポメラのレベルは、この世界の人間で十番以内に入っているのではなかろうか。
さすがにもう冒険者として生きるしかなさそうな気もする。
一般的な魔物の群れなら素手で粉砕できるレベルなので、どう足掻いても事務作業の方は趣味の範疇になってしまうだろう。
「ありがとうございますぅ……! 本当、皆様には、感謝してもしたりませんっ!」
「フン、この我にこんな雑務をさせおって。成功した際には、きっちりと分け前を取り立てるからな」
「勿論ですよぉ! こんなに親身になっていただいて……ウチ、本当に嬉しくて……! 特にロズモンドさんには、もうとんでもないご迷惑をお掛けしましたから! もし店が大きくなって成功したら、辛うじてお店の維持に必要な分と最低限の食費だけ残して、利益は皆様に分配させていただきますね!」
「そこまでは言っておらんわ! なぜ貴様はそう、何から何まで極端なのだ!」
ロズモンドがメルへと怒鳴る。
「ウチはこのお店と、都会に店を構えるお洒落でキュートなカリスマ魔導細工師の名声さえあれば充分ですから、うへへぇ」
メルが口許の涎を拭く。
なぜこの人は、この期に及んでちょっと余裕があるのだろうか。
「書類の提出が終わったら、早速錬金術の勉強から始めてみましょうか。状況が状況ですから、あまり時間は掛けられませんけど」
「……薄々感づいていましたけれど、カナタさん、妙に乗り気ですね?」
ポメラがジトっとした目を俺へと向ける。
「わかっちゃいましたか。アーロブルクでポメラさんを指導しているときもなかなか楽しかったんですよね。なんというか、達成感があって。人に物を教えるのが案外好きなのかもしれません」
俺は照れ笑いしながら頭を掻いた。
「……カナタさん、ちょっとだけサディスト入ってたりしますか?」
「ど、どうして今そういうことを聞くんですか?」
ロズモンドが、俺とポメラのやり取りを胡乱げに眺めていた。
「お願いしますね、カナタさん! ウチに錬金術を教えてください!」
メルがノリノリでぐっと握り拳を作る。
ポメラは彼女の様子を心配そうに見つめていた。