第二十四話 最奥地で眠る悪鬼、赤の暴力
どうにかフィリアの凶行を止められた頃には、ダンジョン内部はすっかりと荒れ果てていた。
本来の通路は落石で塞がれ、床や壁のあちらこちらに鋭い亀裂が走っている。
そして叩き落とされて真っ赤なトマト状態になった、拉げた魔物の残骸がいくつも転がっている。
少なくともここの階層はしばらく試練のダンジョンとしては機能しないだろう。
下の階層がどうなっているのかは、無事であることを祈るのみである。
被害が全く出ていない、とは期待できないが。
「ご、ごめんなさい、カナタ……。フィリア、ライガンおじちゃんに怒られちゃうかな……?」
「俺も止められなかったから、一緒に謝ろう……」
俺は額を押さえ、溜め息を吐いた。
とはいえ、事態を知れば、ライガンはフィリアを怒ることもできないだろうが。
ライガンも自信満々で難関ダンジョンであると語っていた《巨竜の顎》が、自分より遥かに小さい少女に素手で叩き壊されたとは夢にも思っていないだろう。
「いや、もしかしてこれ、ただの地震だって言い張ればバレないんじゃ……」
俺が呟くと、フィリアからジトっとした目で見つめられた。
俺は手を激しく振って誤魔化した。
「じょ、冗談だよ、は、ははは」
正直に言っても自然災害のせいだと思われかねない事態ではあるが。
俺は床の亀裂へと視線を移す。
「……ここを抜ければ、下層へと移れそうですね」
「け、結局使うんですか!? さっきカナタさん、やっぱりよくないって言ってたのに!」
「さっきはほら、とにかくフィリアちゃんを止める必要がありましたし……」
それに正しいルートがどこかなんて、最早判別もつかなくなっているのだ。
別にちょっと近道をするくらい、今更何の問題もないだろう。
床の亀裂を、三人で覗き込む。
確かにここから降りられそうだが、少し狭そうでもある。
フィリアなら潜り抜けられそうだが、俺やポメラは怪我をしそうだ。
ポメラは目を細めて穴の奥を覗き込んでいたが、俺へと顔を上げた。
「どうします、カナタさん? やっぱり、極端なショートカットみたいなことはしない方向で行った方がいいんじゃ……」
「ポメラさん、ちょっと下がってください」
「えっ……?」
俺に言われるがままに、ポメラは身体を引いた。
「時空魔法第十階位《次元閃》」
俺は人差し指を横へシュッと走らせた。
邪魔だった部分の床が綺麗に切断され、下階層へと落ちていく。
ふむ、この魔法で充分らしい。
あまり広い範囲に影響を与えないし、邪魔な部分を《次元閃》で切断していけば丁度いい通り穴を作っていけそうだ。
床ががっつり残っている部分はこの魔法では心許ないので、十七階位の《空間断裂》と使い分けていく必要がありそうではあるが。
「結局まだ壊すんですね……」
ポメラががっくりと首を項垂れる。
「今更このくらい、変わらないかなと……」
俺は咳払いをしてから、床を蹴って穴の下へと飛び降りた。
それから手にしている《竜眼水晶》へと目を向ける。
白に、仄かに赤みが交じっていた。
説明されていた通り、このダンジョンの魔力の影響を受けたようだ。
「お、この方法でよさそうです。ポメラさん、フィリアちゃん、行きましょう」
「……ごめんなさい、ライガンさん」
ポメラは目を瞑って小さく呟くと、フィリアを抱えて俺のいる階層へと降りてきた。
下の階層も、瓦礫の山と、魔物の潰れた死体で溢れていた。
俺はそれらからそっと目を逸らす。
「すごい! すごい! フィリアのもらった水晶も、赤い筋みたいなのが入ってる!」
フィリアが大はしゃぎで《竜眼水晶》をべたべたと触っていた。
「床に罅の入っている場所を探しますか。そこから下へと降りていきましょう」
「うん! フィリア、もっと水晶さんを赤くしたい!」
ライガンに気を遣ってか心苦しそうにしていたフィリアだが、水晶の変化を目前にして気が紛れたらしい。
目をキラキラと輝かせていた。
それから三人で、どんどんと下の階層へ、下の階層へと降りていった。
その度に《竜眼水晶》は赤い輝きを増していく。
五階降りたところでこのくらいにしておこうかと思ったのだが、フィリアがもっと綺麗な色になるのをみたいと口にするので、どんどん下へ、下へと進んでいくことになった。
「時空魔法第十九階位《超重力爆弾》」
俺は床目掛けて、黒い魔力の塊を射出する。
床がどんどん沈んでいき、崩れ、光の中央に集まるようにして消失していった。
ぽっかりと大穴が開き、余波で亀裂が走った。
この階層では大きな亀裂がさほど見つからず、床も分厚かったため、《空間断裂》でもまだ足りなかったのだ。
結局、《超重力爆弾》まで使わさせられることになった。
できた穴を潜り、更に下の階層へと降り立った。
「わー! すっごいきれい!」
フィリアは《竜眼水晶》を手にして声を上げた。
《竜眼水晶》からは、眩い赤の光が放たれていた。
「今更、ちょっとくらい傷つけても変わらないという考えはわかりますけれど……あの、カナタさん、これ、ちょっと迷宮の亀裂を削る、の範囲から逸脱してませんか?」
ポメラが複雑そうな表情でそう口にする。
「こ、この階層が最後ですから、まぁ……」
俺は苦笑しながら周囲へと目を走らせる。
やはり大きな瓦礫がいくつも地面に突き刺さっているが、魔物の死骸があまり見つからない。
ただ、魔物の骨が辺りにいくつも散乱している。
死後それなりに経過しているらしいものばかりだ。
何か、妙な気がした。
ハッとなって振り返る。
その先に、三つ首の巨人が立っていた。
全長は五メートル以上はある。
何故気が付かなかったのか。
気配が一切しなかったのだ。
こんな近くまで魔物が接近するまで気が付かなかったのは、《歪界の呪鏡》以来であった。
肌は赤く、全身は筋肉の鎧で覆われている。
三つの頭は、どれも鬼のように恐ろしい顔つきをしていた。
一目見た瞬間、理解した。
この三つ首の巨人こそが、この《巨竜の顎》の主であるのだと。
三つ首の巨人は、俺達を見下ろす姿勢で直立していた。
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『赤の暴力』
種族:ティタン
Lv :971
HP :0/5826
MP :2913/2913
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三つ首の巨人ティタンは、天井から落下してきた大きな瓦礫に、背中から胸部を貫かれる形になって息絶えていた。
既に死体だったのだ。
道理で気配がしなかったはずである。
びっくりして損をした。
「……帰りますか」
俺がそう言うと、ポメラは冷めた目でティタンの死に顔を眺めながら、こくりと頷いた。
「……ええ、そうしましょう」