第十五話 桃竜郷
ライガンを先頭に洞窟の中を歩く。
「……確かにそこの小娘は、不意打ちとはいえ我に一撃入れられるとは、多少はやるようだな。貴様ら二人は、その怪力異形娘の付き添いというわけか」
ライガンは太い指でフィリアを示す。
果たして不意打ちだっただろうか?
掴み掛かろうとして防がれた後、力を入れようとしてぶん殴られただけだったと思うが。
あれが不意打ちだったら世の戦いは全て不意打ちではなかろうか。
「不意打ちとはいえ、十二金竜の一角である我に一撃入れたのだ。そこの童女の力は認めてやる。だが、桃竜郷に力なき者の居場所はない。せいぜいそこの童女にくっ付いておくことだ」
「その十二金竜って……?」
「桃竜郷の《竜の試練》において、金竜の称号を得た十二人の猛者の総称である! 貴様ら軟派なニンゲンの世界ではどうかは知らんが、ここ桃竜郷では強さこそが全て! 我ら十二金竜は、桃竜郷において高い格を持ち、竜人間の政にも高い発言力を有する。我は本来、貴様らニンゲンが面会できるような相手ではないと知るがよい」
ライガンがぺらぺらと語る。
ここだけ聞くと凄そうにも思えるが、ライガンがフィリアにすっ飛ばされたばかりなので、ライガンの格が上がるというよりも、十二金竜と桃竜郷自体が安っぽく思えてしまう。
因みに《ステータスチェック》で確認したところ、ライガンは『ライガン・ライオネル・ドラゴハート』という長ったらしい名前を有しており、【Lv:212】であった。
まあ……確かに、人里ではS級冒険者に入るレベルのはずだ。
これが十二人も狭い土地にいるのだから、人間から見れば規格外の存在の集まりだともいえるのかもしれない。
しかし、《竜の試練》か。
ラムエルも確かそんなことを口にしていた。
『強者はニンゲンさんであっても、名誉竜人として尊重されるんです! 内部の試練で好成績を収められれば、カナタさん達も立派な名誉竜人として敬われます!』
…………名誉竜人、なぁ。
「どうしたんですか、カナタさん?」
ポメラが尋ねてくる。
「ああ、いえ、なんでもありません」
俺は首を振り、顎に手を当てた。
「あれ……? ライガンさん、その《竜の試練》ってニンゲンでも受けられるんですよね?」
「ほう、随分と自信家だな? 止めておくがいい。貴様らひ弱なニンゲンに合わせた試練ではない」
「それって、えっと……試練結果に応じた称号が与えられるんですよね? もしフィリアちゃんが高得点を取ったら、彼女が加わって十三金竜になるんですか?」
ライガンは口を閉じ、渋い表情を浮かべた。
俺からフィリアへと視線を移し、下唇を噛む。
「……それは嫌である」
ライガンがか細い声でそう口にした。
「ライガンさん?」
「ニッ、ニンゲンが軽々と金竜の称号を得られるほど、甘い試験ではない! あまり我らを侮辱してくれるな! 十二金竜はっ……その、そんなに軽いものではないのだ!」
ライガンが必死に手を動かし、自身のさっきの弱音を訂正するようにそう言った。
「なる! フィリア、十三金竜になる!」
フィリアがキラキラした目で、そう宣言した。
何が彼女の琴線に触れたのか、金竜の称号に関心が向いたらしい。
「あっ! カナタとポメラもいるから、十五金竜!」
「金竜はそう軽いものではない!」
ライガンが牙を剥き出しにしてフィリアへと怒鳴る。
「そ、そういえば、さっき、最近、別の人間とも戦ったことがある、みたいなことを口にしていませんでしたか?」
ライガンがフィリアに敗れた際の言葉だ。
『馬鹿な……このライガンが、ニンゲン如きに、短期間の内に二度も敗れたのか……?』
あの言葉から察するに、最近桃竜郷に訪れた別の人間がいるらしい。
「……ああ、他の馬鹿竜人の拾ってきたニンゲンがな。チッ、ニンゲンらしからぬ、馬鹿力の男だった。貴様らの知人ではなかろうな?」
「いえ、心当たりはありません」
「十六金竜……」
ポメラが呟いて、ライガンに鋭い眼差しを向けられていた。
「すっ、すいません! あの、ポメラ、なんでもありませんから!」
ポメラが慌てて手を振って誤魔化した。
ライガンはその後、拗ねたように無言で淡々と先を歩いていた。
「ポメラさん……今のはまずいですよ。フィリアちゃんは、子供だからまだ許されてたんです。あそこで言ったらどうしても軽んじているような空気になります」
「すいません……。でも、多分、順当に行ったらそうなっちゃうんじゃ……。ポメラ達とは別にここを訪れた人も、かなり腕が立つみたいですし……」
「……おい貴様ら、着くぞ」
ライガンが恨めしそうな目でこちらを睨んでいた。
「は、はい!」
確かに、先の道から光が漏れてきている。
足を速めて洞窟を抜けると……大きな、草原が広がっていた。
様々な花が咲いている。
生えている木々からは、ピンクの花弁が舞っていて美しい。
桜に似ているが、少し違うようにも見える。
大きな滝があり、そこから川が伸びていた。
ざっと周囲を見たとき、大きく広がった角を持つ鹿や、虹色の羽毛を持つ野鳥の姿が窺えた。
こちらの世界でも見聞きしたことがない動物達だ。
そして当然、ちらほらと竜人の姿が窺える。
また、あちらこちらにドラゴンの像があった。
建造物は平安貴族の寝殿造を思わせる造りをしていた。
開放的で、桃竜郷の豊かな自然との調和が取れており、雅で趣があった。
ラムエルは綺麗な場所だと口にしていたが、確かにそうだ。
「が、崖の狭間だったはずですのに……」
ポメラが大きな目を瞬かせ、首を振って周囲を眺めている。
フィリアも「すごい! すごい!」と口にして、嬉しそうに周囲へ目を走らせる。
「竜穴を用いた結界を張っておるからな。それに、竜穴の魔力で、この地には多種多様な自然で溢れておる。欲にかまけて生き、自然を資源としてしか見ぬ下賤なニンゲンの世界では、まず目にできぬ光景であろう。しかと目に焼き付けておくがよい」
ライガンは腕を組み、得意げにそう口にした。
さっきまで肩身の狭そうな様子だったが、俺達の反応が心地よかったらしく、今は活き活きとしていた。