第十三話 桃竜郷の入口
俺は竜王に面会して《空界の支配者》が竜穴を乗っ取ろうとしていることを伝えるため、桃竜郷へと向かうことにした。
ただ、それはラムエルから頼まれたことである。
俺達の本当の目的は、その過程で対立している《空界の支配者》の情報を得ることと、宝物庫にて保管されている、かつて神が使ったと言い伝えられている魔法の記された石板を得てナイアロトプへの対抗手段とすることだといえる。
ウルゾットルを召喚してその背に乗り、ラムエルの指示通りに都市ポロロックから更に南へと向かい、渓谷へと辿り着いた。
遠くに大きな滝が見える。
「桃竜郷は、あの滝の奥に幻影で隠されているんです。畏れずに滝に飛び込めば、桃竜郷へと辿り着けるです」
「なるほど……あそこに」
「それでは頑張ってください! カナタさん達ならきっと、竜王様に面会して《空界の支配者》を止められるはずです!」
ラムエルがぐっと両腕で握り拳を作る。
「ラムエルさんは来ないんですか?」
俺が尋ねると、ラムエルは肩を窄める。
「ボク、《空界の支配者》の一派の企てを知って、冤罪を着せられて追い出されたところなんです。のこのこ戻ったら、竜王様に会う前に《空界の支配者》の手先に殺されてしまいます……」
ラムエルがぶるりと身を震わせる。
確かにそういう話ではあった。
だが、だとしたら俺達はコネもなく桃竜郷に入って、簡単には会えないとされている竜王との面会に漕ぎ着けなければならないのか……。
「……なかなか難しいですね」
「大丈夫ですよ、カナタさん! ドラゴンも竜人も、強者は種族に寄らず敬うんです! カナタさん達の強さなら、竜王様にだって簡単に会えるはずです!」
「だといいのですが……」
「強者はニンゲンさんであっても、名誉竜人として尊重されるんです! 内部の試練で好成績を収められれば、カナタさん達も立派な名誉竜人として敬われます! その結果次第では、いくらでも竜王様と面会する機会だってありますから!」
ラムエルの言葉に、俺は思わず目を細めた。
「名誉竜人……?」
「やっぱり貴様ら、我ら人間を侮辱しているであろう」
ロズモンドは明らかに苛立っていた。
「何がそんなに不満なんですか! ニンゲンさんが名誉竜人になれるのは、とっても名誉あることなんですよ!」
ラムエルが両腕を掲げ、頬を膨らませる。
「全てが気に喰わんが、強いて言えばその思い上がった態度が気に喰わんわ!」
ロズモンドはラムエルの前に屈み、彼女の両頬を摘まんでぐりぐりと引っ張った。
「やめへっ! やめへくらはい! そちらのお二方の無礼は多少許容しまふが、あなたそんなに強くないでひょ!」
「本性を現したなこのクソガキ!」
ロズモンドが腕を引いてラムエルをぶん殴ろうとする。
ポメラが慌ててロズモンドの腕を背後から押さえた。
「やっ、止めてあげてください、ロズモンドさん! 子供の言うことですから! 子供の言うこと!」
俺は溜め息を吐き、ラムエルへと向き直った。
「とにかく、中で力を示す場があって、そこで結果を出せば竜王にも会えるんですね?」
「竜人は力が全てです。強ければニンゲンさんでも竜人として認めてもらえますが、逆に弱ければ竜人であっても竜人とは認めてもらえないのです。竜人は皆、世界の理だの命の在り方だのなんだと言っていますが、結局大事なのは、強いかどうかなんです。……だから、もしもボクにもう少し力があれば……きっとここまで拗れる前に、竜王様にお話も聞いてもらえたはずなのです」
ラムエルが瞳に涙を湛えて語る。
「ラムエルさん……」
ラムエルはレベルが高いとは言えない。
実力不足を理由にパーティーで雑用を押し付けられていた、昔のポメラと同じくらいのレベルであった。
実力主義の竜人であれば、その意味はもっと重く圧し掛かってきていたことだろう。
「そうだったら、ニンゲンさんなんかの手を借りる必要もなかったのに……」
ラムエルは手の甲で目に浮かんだ涙を拭う。
「……本当に貴女はブレませんね」
俺は背後へちらりと目をやる。
またロズモンドが仮面の奥で歯軋りをしてラムエルを睨み、それをポメラが必死に諭していた。
「そうです、忘れていました。どうやって桃竜郷の存在を知ったのかは、ドラゴンを助けたとでも言っておくといいです。ボクは罪人扱いですし……それに、ボクと関りがあると知れれば、《空界の支配者》の手先から目を付けられるかもしれません。竜王様にだけ、直接全てを明かしてください」
「わかりましたラムエルさん、桃竜郷のことは任せてください」
「はい! ボクはまた、あのニンゲンさんの街に戻らせてもらいます」
「……でも、帰路はウルに任せられるとは言え、ラムエルさんを街に残すのも何だか怖いですね」
召喚精霊が召喚主から離れて活動するには限界がある。数時間も持たないだろう。
ラムエルを街に送り届けるくらいならばどうとでもなるが、ラムエルへと《空界の支配者》の追手が向かう可能性もないわけではないのだ。
「我が街に戻ろう。流れでここまで付いてはきたが、ハッ、元より貴様らの騒動にこれ以上巻き込まれるのはごめんである。命がいくつあっても足りん。マナラークへ連絡の手紙は出してあるが、貴様らの邪竜討伐についても、あの狸爺に直接教えてやった方がいいであろうからな」
ロズモンドがラムエルの肩を掴んでそう口にした。
狸爺、とはガネットのことだろう。
「おい、クソガキ。悪いがマナラークまで来てもらうぞ。貴様の子守りのためだ」
ラムエルがぽかんと口を開けてロズモンドを見上げ、自分を指で示す。
「ボクのためですか?」
「ロズモンドさん、口は悪いですけれど、結構世話焼きですからね。安心していいですよ、ラムエルさん」
ポメラの言葉に、ロズモンドがムッとしたように彼女を睨んだ。
ロズモンドは舌打ちをしてから、ラムエルへと顔を戻す。
「ちぃっ。なんだ、我では実力不足で不安だとでも言うか?」
「い、いえ、そんな。……ただ、少し意外だったので。ありがとうございます」
「フン、急に素直になるでない、気色の悪い。調子が狂うわ」
ロズモンドは照れを誤魔化すためか、敢えて乱暴にそう言い放ち、ラムエルから目線を外した。