第九話 炎獄と氷獄
二体のドラゴンが向かってくる。
俺達に目標を向けたようだった。
「炎弾を止められたはいいが、目を付けられたぞ! どうするつもりなのだ!」
ロズモンドはウルゾットルにしがみつきながら、ドラゴン達へと巨大な十字架を向けた。
相手を牽制したつもりなのかもしれない。
だが、ドラゴン達は、まるでペースを緩める様子がなかった。
とにかく都市ポロロックの近くにいるのはマズい。
戦いの余波で都市に被害が及びかねない。
逃走するにしても応戦するにしても、ここから離れなければならない。
「ウル、都市の遠くへお願いします!」
ウルゾットルは方向転換し、奴らに背を向けようとした。
だが、そのとき、バランスを崩したロズモンドが落ちそうになった。
片手で杖代わりの巨大十字架を抱えていたため、ウルゾットルの急な動きに身体が支えきれなくなったのだ。
フィリアが慌てて、彼女の腕をがっしりと掴む。
「す、すまぬ……」
ロズモンドはフィリアのお陰で無事だった。
だが、その一瞬の隙をつかれ、豪炎を纏ったドラゴンが、ウルゾットルの行く手へと回り込む。
『おっと、この俺から逃げられるとでも? よくも、俺の炎を掻き消してくれたなあ、ニンゲン如きが』
炎を纏ったドラゴンは、牙を軋ませて俺達を睨み付ける。
相手の思念が、頭の中に直接響いてきた。
『やれやれ……《炎獄竜ディーテ》の名も墜ちたものね、低俗なニンゲン如きに、ご自慢の炎を止められるだなんて』
氷を纏うドラゴンが、俺達の背で深く息を吐いた。
挟み込まれた……!
『なにぃ? 貴様の氷の身体を、俺の獄炎で蒸発させてやってもいいんだぜ? なぁ、《氷獄竜トロメア》よ。そうすりゃ、俺の炎が弱ってないことなんて、すぐにでもわかるだろうよ』
炎を纏うドラゴン……ディーテは、そう言って目を細めて眉間に皴を寄せ、苛立ちを露にする。
氷を纏うドラゴンであるトロメアは、呆れたように首を振った。
『ニンゲンの魔法に掻き消された程度の、へっぽこ炎で、ですか? 嘘でもいいから弱っていたと口にした方が、貴方の株が下がらずに済んだでしょうにねえ』
トロメアの挑発を受け、ディーテの巨体から炎が勢いを増して吹き荒れる。
『威力を抑えたからに、決まってんだろうがあ! それを証明するためにも、このニンゲン共を焼き殺してやるよ。光栄に思え、ニンゲン! 俺の、本気の炎を受けさせてやる。人の身にゃ、余る光栄だろうよぉ!』
凄まじい殺気を感じる……。
これが、ドラゴン。
ロークロアの力の象徴、世界の理の守護者。
これまでの敵とは決定的に異なる、気迫があった。
どうにか相手の隙を作って、この場から逃げなければならない。
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》をディーテへと向ける。
最悪ポメラ達だけでも逃がしてみせる。
《短距離転移》を連打すれば、俺一人でも空中で戦えるはずだ。
相手の図体が大きいため、身体の周囲を飛び回れば、格上相手でも時間を稼げるかもしれない。
まず俺は、敵のレベル確認を試みた。
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『ディーテ』
種族:ドラゴン
Lv :711
HP :4195/4195
MP :3484/3484
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……散々脅された割には、思ったより高くなかった。
「……もしかして、マザーとアリスって、滅茶苦茶強かったのか?」
ロズモンドはドラゴンは魔王などとは一線を画する存在だと言っていた。
しかし、魔王にも差がある。
最低クラスの魔王はレベル300程度だと聞いていたので、そういう魔王と比べての話だったのかもしれない。
『んん……? 黒髪の男に、金髪のハーフエルフ……貴様、まさかカナタ・カンバラか?』
ディーテは目を細め、それから大きく裂けた口を開き、笑みを浮かべた。
「俺のことを、知っているんですか?」
『ハッ! こいつは運がいい! ニンゲン共のつまらん地を延々飛び回る必要があるのかと、うんざりしてたんだよ! 《空界の支配者》様の命令だ! 貴様を殺して、忠誠を示せとなあ!』
《空界の支配者》……初めて聞いた名前だった。
まさか、ナイアロトプが絡んでいるのか?
「そいつは何者なんですか。いったい、何のために俺を……」
ディーテは、俺の問いには答えなかった。
ディーテの纏っている炎が、彼の口へと一気に集中していく。
炎が白い輝きを帯びたかと思えば、俺達へと放たれた。
『凄惨に焼け死ぬがいい! 矮小なるニンゲンよ、受けるがいい! これが我らドラゴンの力だ!』
そのとき、ポメラがディーテへ大杖を向けた。
「精霊魔法第八階位《火霊蜥蜴の一閃》!」
ディーテの放った光線が、炎の爪撃によって掻き消された。
それだけに留まらず、ディーテの胸部に大きな爪傷が走り、ごっそりと肉が抉れる。
衝撃のあまり、その巨体が綺麗にくの字に折れ曲がった。
ディーテの両翼が爪撃にへし折れ、切断される。
薄い翼は今の一撃に耐えきれなかったらしい。
「ンガァァァアアアア!」
ディーテが悲鳴を上げながら落下していった。
「え、えっと……ポメラ、少しでも隙を作れないかと思って、撃ったのですが……」
ポメラが戸惑い気味に口にする。
「修行の成果を実感できる、手頃な魔物がいないと思ってたんです。なので、丁度よかったのかもしれませんね」
俺は小さく頷き、ポメラへとそう言った。
「き、貴様……蜘蛛騒動のときには、こんな出鱈目な魔力は持っておらんかったではないか。いったい、何が……」
ロズモンドが困惑の声を上げた。
「もう一体いましたね」
俺が顔を上げると、トロメアの姿が消えていた。
どこにいったのかと遠くを見れば、トロメアが豪速で逃げていくところであった。
『聞いてない! 聞いてない! 聞いてない! こんな化け物がいるなんて聞いてない!』
「どんっ」
フィリアがトロメアへと腕を振るった。
トロメアの頭上に、大きな一つ目の付いた、白く巨大な正四面体が浮かび上がる。
謎の物体は急落してトロメアを殴りつける。
ドラゴンの巨体が真っすぐに落下し、地面へと派手に叩き付けられた。
「ありがとうございます、フィリアちゃん。あれって、生きてますか?」
二体のドラゴンには、聞いておかなければならないことがある。
『うん! ちゃんと手加減した! カナタ、褒めて褒めて!』
フィリアが得意げに胸を張る。
「……貴様ら、本当に何なのだ……?」
ロズモンドは地面に叩きつけられたトロメアを見下ろしながら、そう呟いた。