第三十七話 邪精霊の最期
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を持つ腕を伸ばし、レッドキングのばら撒いた立体の、最後の一つを破壊した。
どうにかレッドキングの都市への攻撃は防げた。
しかし、この調子だと、安易に上を取るのは危険だ。
これで都市部への攻撃が俺に対して有効だと判断しただろう。
「……追い込まれて、本性を出したか」
俺が刃を振り切ってレッドキングへと向き直ったとき、新たに展開された真紅の立体が、ウルゾットル目掛けて放たれていた。
都市への攻撃で俺達を動かし、そこに単発の攻撃を放って隙を突いてきた。
「ウル、後退してください!」
俺の叫びに、ウルが退く。
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》で刺突を放ち、立体を破壊した。
その立体の死角に、一回り小さな二発目が隠されていた。
急いで刃を戻すが、間に合わなかった。
俺の腹部に、赤の立体の、尖った角がめり込んできた。
吐き気が込み上げてくる。俺は血の混じった唾を吐き出した。
「ぐぅっ……!」
俺は立体を横に弾き、《英雄剣ギルガメッシュ》の刺突を当てて砕いた。
レッドキングは、徹底して都市を囮に俺の隙を拾う戦法に移行していた。
「クゥン……」
ウルゾットルが不安げに俺を見つめる。
「大丈夫です。大したダメージではありません」
都市に標的を向けられた時点で、こちらにあまり余裕はなくなった。
やはり、強引にでも一気に攻めて倒し切るしかない。
頑丈なレッドキングも、後一撃まともに《英雄剣ギルガメッシュ》の一撃を受ければ、耐えきれないはずだ。
「次に大量展開される前に終わらせましょう。発動しきる前に倒してしまえば、あの攻撃も中断させられるはずです」
ウルゾットルは俺の声に頷き、宙を蹴って一気にレッドキングへと肉薄する。
この方針は、次に都市を狙っても発動前に倒してやる、というレッドキングへの脅しでもあった。
レッドキングは一瞬迷いを見せた後、俺目掛け、単発の赤い立体を立て続けに放ってくる。
俺はそれを刃で破壊していく。
レッドキングの老翁の顔は、必死の形相だった。
俺はまた《超重力爆弾》を置き、レッドキングが逃げられないように動きを制限する。
もう少しで距離を詰められる……というところで、俺の進路に赤の立体を放たれた。
レッドキングの顔は、これで今回もやり過ごせる、と安堵していた。
「突っ込んでください、ウル! これ以上、長引かせるわけにはいきません!」
ウルゾットルが突進する。
俺は身体で自身より大きな赤の立体を受け止めた後、横へ弾いて刺突を放って破壊した。
胸骨が折れたような感覚があったが、今は気にしてはいられない。
レッドキングは歯を食い縛り、遥か下方に大量の魔法陣を展開させる。
魔法都市を破壊する、という脅しだった。
だが、今更間に合うわけがない。
隙を晒してくれたおかげで、全力の大振りが放てる。
「ウル、ありがとうございました」
俺はウルの背を蹴り、レッドキングへと飛び上がった。
「一撃で倒せないと分かれば早々に逃げて、それもできなければ第三者ばかり狙うだなんて……。キング、というほどの格ではなかったな、小悪党。お前には、ポーンがお似合いだ」
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》で、縦の一閃を放った。
レッドキングに縦の線が走り、左右がズレた。
老翁の顔面も、驚愕の表情のまま割れていた。
細かい罅が入り、レッドキングが砕け散っていく。
レッドキングの中央部から、真っ赤に輝く球体が姿を現した。
「レッドキングの、核……?」
球体は膨張した後、一気に収縮し、黒く変わっていく。
俺はそれを見てはっとした。
これは、《超重力爆弾》の爆発に似ていた。
道連れまで持っているのか……!
ナイアロトプが、わざわざ俺を始末するために用意した、というアリスの妄言にも、これで信憑性が出てきた。
「端から駒交換狙いだなんて、やっぱりキングのやることじゃないだろ」
俺は唇を噛んだ。
「クゥン……」
ウルゾットルが不安げに俺を見上げる。
「ありがとうございました、ウル。後は、どうにかしてみせます」
ウルゾットルが光に包まれ、姿が薄れていく。
身体が透け、俺は宙に投げ出された。
「クゥンッ!」
ウルゾットルは抗議するように鳴いて、その姿が消えた。
精霊界に送り返したのだ。
ウルゾットルは俺よりレベルが低い、巻き込まれたらまず助からないだろう。
俺ならば即死は免れるかもしれないし、それに対応策もないわけではない。
「時空魔法第十二階位《低速世界》」
魔法陣を展開する。
レッドキングの核が、紫の光に包み込まれる。
範囲内の時間の流れを遅くする魔法だ。
範囲内のもの全ての時間の流れを遅くするため、戦闘での使い勝手はそこまでよくないが、ひとまずこれで爆発が始まるまでの時間を稼ぐことはできる。
俺の残りの魔力をつぎ込むつもりで、最大出力で放った。
かなりの時間を遅らせられるはずだ。
この間に転移で距離を稼げば、爆発の範囲外まで逃げられる。
「上空で戦っていて幸いだった。下だったら、レッドキングの自爆でどれだけ被害が出ていたか……」
俺は双心法で時空魔法の《短距離転移》を連打し、下へと逃れていく。
《低速世界》でそれなりに時間は稼げるはずだが、いつ爆発するかはわからない。
長距離間用の転移を使うより、《短距離転移》を連発した方が安全だと判断したのだ。
「結界魔法第二十六階位《虚無返し》」
そのとき、どこからともなく、微かに男の声がした。
レッドキングの核に重なって黒い魔法陣が展開され、《低速世界》の紫の光が散らされた。
「えっ……」
何が起きたのか、わからなかった。
ただ、何者かが横槍を入れ、俺の《低速世界》を破壊したのだということは理解できた。
アリスなわけがない。
明らかに声が違ったし、この階位の魔法を使えるわけがない。
レッドキングだとも思えない。
あのルナエールでさえ、第二十六階位の魔法を使っているところは見たことがない。
レベル3000ぽっちのレッドキングが使えるわけがない。
いや、俺はあの声に、聞き覚えがあった。
レッドキングの核が一気に膨張した。
俺の視界を、赤黒い爆炎が覆い尽くしていく。